1話・回想
コロシアムを揺るがすような歓声はコロシアムの地下まで届き、いつものことながら頭痛がする、と眉間に皺を寄せる。
「片目、今日はお前だ」
キィっと古びた鉄の檻が開き、手枷をしたまま引っ張り出された。
コロシアムでは、奴隷や犯罪を犯した者達が金持ちの道楽で1対1の時もあれば1対多数、酷いときにはドラゴンなんかの化けもんと戦わされる。
「(俺たちは、玩具だ)」
<片目>は文字通り片目の無くなった俺を指す呼称で勿論名前じゃない。
金持ちの道楽のための玩具でしかない俺たちに名前があったとしても意味がない。
自嘲して、数年前に戦闘で見えなくなった片目を手枷のついたまま指でなぞる。
これは、何時の頃からか死合いに行く前の習慣になってしまった呪いのようなものだ。
片目で済んで良かったのか、まだまだこの腐った世界から、虫唾の走るような世界から抜け出せ無いことを悲しめばいいのかそれすら分からない。
いつも胸の奥はグルグルとしていて気持ち悪いし頭は重たい。
重たい溜息を吐いて、コロシアムに入る扉の前に立った。手枷を外され、入場を促される。武器は決まって、コロシアムに入ってすぐ立て掛けられている。
愛用している武器は、長い槍。長身の自分には使い勝手の良い武器だ。
「このクソみてぇな世界から今日こそ解放されるかねぇ?」
片目を指でなぞり、武器を片手にコロシアムのステージに足を進めた。
「おいおい、本気か」
ざわりと周りが動揺しているのがわかる。いや、俺自身も動揺している。
今回の趣向は1対多数らしい。
俺は多数側。味方となるのは何度か顔を合わせた事のある奴等ばかりだ。
(今日は珍しく1人もブットんだ奴がいない・・・この世界、よくいるのだが敵味方関係ないので面倒なわけだ・・・と若干安心したのも束の間だ。
獅子でも出るかと身構えたのに)
対戦相手としてのんびり歩いて出てきた小さな人影。
「ん?こんにちは?」
注目されているのに気付いて、へらりと場違いに笑ったのは女だった。いや少女といっても良い子供。
「おいおい、こんな子供を10人近くの男で嬲り殺せってか」
腐ってやがる、と小さく吐き捨てたのは病気の子供のために自らを奴隷に売った男だ。
子供は、艶やかな黒髪を肩口でそろえ、髪と同じ黒の瞳はアーモンドのような形で怯むことなく真っ直ぐ此方を見つめている。
肌はほとんど日に焼けていないし、線は細い。場違いにも程があった。
「くそったれ」
吐き捨てた。だが時間は待ってはくれない。
俺たちの戸惑いや混乱は響く銅鑼の音で無理矢理押さえ込まれた。
「迷子か・・・?
せめて、苦しませねぇように終わらせて(殺して)やる」
艶やかな髪から奴隷や、犯罪者には思えない子供に、聞こえないだろうが言い訳のように呟く。
愛槍を構え、きっと簡単に突き刺さるだろう心臓に照準を合わし、二度目の銅鑼を合図に走った、筈だった。
最後に確認したのは、確認できたのは、子供が拳を地面に振り下ろした事だけだった。
「レイヴンさん?」
「うお!!??」
ゴンっと鈍い音がした。
「あ、驚かせちゃいました??ごめんなさい」
晴天の空の下、船の甲板で一番の気に入りの場所で肘をついて寝そべり、うとうと微睡みながら昔を思い起こしていたら、突然昔より成長し、大人になった子供(もう子供とは呼べない見た目と年齢になった)が視界に入り驚いて体勢が崩れ倒れ込んでしまった。カッコワリィ。
「スズ、驚いたぜ」
「珍しく気配、読めなかったんだ?」
「まあな。どうした?なんか用かい?」
「んー。良い天気だから本でも読もうかと思って。そしたらレイヴンがいたから声を掛けただけよ。珍しく、無防備だったもの」
ケラケラと笑った子供・・・スズは、ひとしきり笑うと起き上がって胡座の体勢になった俺の横にちょこんと座った。
「なぁに、ちょいっとばっかし、昔を思い起こしていたのさ」
「昔?」
「スズと会ったときの事だ。
・・・全く、あン時は驚いた。なにせスズが拳を振り下ろしたと思ったら地面が割れて寝てる(気絶して)んだもんなぁ」
そう、あの日一瞬で終わると思った死合は確かに一瞬で終わった。
・・・・・・俺たちの負けという形で。
子供が振り下ろした拳は固い地面を割り、コロシアムを破壊し、コロシアムにいた俺たちは全員例外なく盛り上がった地面や崩された足場で頭を打ち意識を飛ばした。
頭には全員瘤があったのはご愛敬って奴だろ。
「その節はどうも失礼しました」
あははーと笑うスズに、俺はニヤリと笑う。
「いいさ。瘤程度、安いモンだしな。
あの日、スズが俺たちを、俺をあのクソみてぇな世界から救ってくれたんだぜ。
俺たちの世界を塗り替えて、こうして海の上で自由に生きているのはお前のおかげだ」
コロシアムの瓦礫だらけの中で、子供は手を差し出した。
「私、迷子なの。見知らぬところで彷徨っていたら、胡散臭いオッさんに攫われて気付いたら此処だったわ。
ねえ、おじさん達私とこの薄暗い不気味な建物から出ません?で、あわよくば私にこの世界を教えてくれない?」
「迷子って、マジか」
「マジ。序でに言えば、なんでこんなに馬鹿みたいな力を使えるのかもサッパリ」
へらりと笑った子供に、周囲の破壊されたコロシアムに、遠くに聞こえる金持ちの悲鳴や怒号に俺は、俺たちは笑った。
・・・笑って、差し出されたその手を取った。
「勿論付き合うぜ、お嬢ちゃん。お前さんが何者でも、何が待っていても、此処で暮らすより幸せだろうさ」
幸せ、という単語がスルリと出てきたことに驚いた。一生使うことは無いだろうと思っていた単語だ。
「ありがとう。私、鈴よ。よろしくね」
まずは、脱出ね!!そう言って、笑顔のまま子供、スズは手近な俺の身の丈の半分ほどの瓦礫を掴み、まるで重さを感じないような躊躇いのない動作で放り投げた・・・!
ギャー!!!???
瓦礫は放物線を描いて此方に捕縛のために向かってきていた兵士に直撃した
「じゃ、行こう!ゴー!!」
しゅっぱーつ!!と笑ったスズの声に背中を押されるように、俺たちは駆け出した。
頬が緩んでいるのを自覚して・・・・・・・・これからを考えると、心が躍る。
「そんな大したこと、してないけど。自由というか、むしろめっちゃ追われているけど」
コロシアムから抜け出して得た自由と引き替えに、俺たちは見事にお尋ね者になった。
じゃあ、丁度良い!とたまたま港に停泊していた船を頂戴して、海に出た。
肩書きも、海賊となった・・・勿論船長はスズだ。
真剣で誠実な争い(じゃんけん)の結果、俺が副船長の座を勝ち取ったのは良い思い出だ。
困ったように笑うスズは、分かっていない。
何ヶ月経っても、1年経っても、3年経っても、5年経った今も、分かっていない。
スズがどれだけ俺たちにとって凄い事をしたのか。
どれだけ救ってくれたのか、分かってくれやしない。困ったお姫様だ。
「なあ、スズ」
「なぁに?」
コテンと小首を傾げるスズに、俺は笑う。俺たちのお姫様。大切な大切な宝。
「御前さんのおかげで、黴臭い牢から出た。
金持ちの玩具からも解放された。腕の枷はもうないから肩も凝らねぇし、飯は美味い。
何より毎日陽気で楽しい。
これ以上なく、俺は幸せさ。追われるのも、退屈しなくて良いからな」
ガハハと笑えば、スズは擽ったそうに笑った。
ああ、幸せだ。
<あー!!!??レイヴンがスズを独占してる!!??>
<ンだと!!??>
・・・たまには独占させてくれよ。
ドタドタと足音立てて駆けてくる邪魔虫たちに溜息を吐いた。




