7、冷たい一夜
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何も話すことがなく…てか、話しかけても返事がありそうな気もせえへん。
何も言わんと堤防の階段から河原に降りる。川は水かさが増して砂地の面積が半分に減ってる。けど、河原が広い川やから、まだまだ流れる余裕があった。
ゴウゴウと音を立てている。川の音と雨の音が入り交じって、どっちがどっちか分からない。
辺りはだいぶ暗くなってきている。雨降りやから、余計に日が暮れるのんが早い。
河原を上流に歩き続けてると、街並みは途切れ、木の茂る大きい森が見えてきた。たしか墓地があるところや。真っ黒な木々は高いとこから覆いかぶさるように生えてて、なんか大きい、黒い生き物みたい。
クェトルは、そこで森の方向へ曲がり、何の躊躇いもなく薄暗い森に入って行った。森は少し斜面になっていて、ほとんど獣道みたいな道が続いている。
上がりきると視界が拓け、森のあちこちに、たくさんの墓石が見える。
…もしかして、お墓で夜を過ごすんか??
案の定、すぐそこにあった古い小屋の戸を開けて中に入って行った。俺も急いで後を追った。
もう日は、ほとんど暮れて、小屋の中は真っ暗やった。
「もしかして…ここで一晩過ごす気??」
「文句あるか」
「いや、はは……よ、良いと思います」
まぁ、たしかに意表をついてて、トースさんらもこんなとこまで探しには来ぇへんやろけど…でも…さすがにお墓はやめてほしいです。不気味やし、怖いとしか…!
と、思っているうちに、闇に乗じて服を脱いで、雨水を絞ってるのんが超薄暗がりに何となく見えた。
今まで、女だと知られてなかったことをいいことに、度々、ハダカ(全部じゃないよ!)を秘かに盗み見るという陰湿な変態っぷりを発揮して楽しんでた俺やのに、このシチュエーションには胸の高鳴りが止まらない!ああん……
と、人知れず身悶えしてたのに、さっさとクェトルは服を干して寝てました。ですよねー、そういう人ですよねー。
窓の外も暗く、部屋の中は、ほとんどシルエットしか見えない。
貼り付いた服が冷たくなってきたことに気づき、俺も服を脱いで乾かすことにする。
闇の中とはいえ、もし、体の傷を知られたら…と思うと躊躇いもする。背中の入れ墨にも胸にも、焼きごての醜い傷が残る。
この人は俺を嫌っているから愛してくれることはないと思ってても、やっぱり自分を卑下してしまう。こんな体では、もう誰にも愛してもらえないんかな、って。
土間の所まで行って、力の限り服を絞る。結構な水が出た。とりあえず、手探りで釘とかのでっぱりとか、干せそうな場所を探して服を吊るす。あーあ、生乾きにしかならんやろうなぁ。
小屋は狭く一部屋しかないっぽい。最近まで墓守の人が使っていたのか、まだ使ってるんかは知らんけど、カビや埃っぽくもなく、そんなに汚くはなさそうやった。
墓守の人のベッドもあるだろうに、クェトルは床でゴロ寝。きっと、俺にベッドで寝ろという無言の優しさなんやろうけど。
それにしても、いつでも、どこででも寝れる人やなぁと、つくづく感心する。暇があったら寝てるイメージしかない。旅をするのには向いてるとは思うけど。そら、枕が替わっただけで寝られんかったら、どこにも行かれへんもんな。
外は大雨が降り続いてる音が聞こえる。
そっと近づき、背中側に添い寝する。
死んだように眠る人。寝てたらホンマ無防備。それが弱点でもあり、その唯一の隙がたまらなく愛おしい。
背中から首筋を嗅ぐ。すごく好きな匂い。胸の奥底が痛いほど締め付けられ、甘く震える。
背中から肩、肩から腕、脇腹を撫でる。なめらかな肌。細身だけど、大きくてしっかりした躰。
腰骨から腹へ指を滑らせる。
さすがにそれ以上のお触りは犯罪なので、思い留まっておく。残念と言うべきか流石に素っ裸じゃなかった。
こんなん、起きてたら触らしてもくれんやろし、めっちゃキレられるかも知れん。寝てる時ばっかを狙ってて、俺って卑怯で陰湿やなぁ、と思う。
そう思いつつ、ここぞとばかりに抱きつき、自分の裸を密着させる。肌がひんやりしている。
俺の欲目でもなく、女性に優しく微笑みかけでもすれば何十人でもついてきそうな容姿。なのに、ド偏屈で、誰も寄せ付けたくないという気持ちが前面に押し出されてて、近づき難い。
でも、俺だけは知ってる。ひどく冷淡そうな見た目からは気づかれない優しさを。
抱かれてみたいと思った。
好きでもない相手じゃなく、心底好きな人に。
花のように、じっとして、肉体を開いて、ただ男性を受け入れるだけでイイって、帝国の女官に教わった。だから、それでイイんやと思う。
けど、抱かれるって、また乱暴なことをされるんやろか、痛い思いをするんやろか。
不意に涙が出てきた。皇帝を思い出して怖くなったのか。
いつもこんなに近くにいるのに、ずっとずっと片想いするだけで手が届かない人を想ってなのか。
自分が虚しくなったんか。
自分で自分が分からない。
さっき絞ったビタビタの服をもう一回羽織って、同じ場所に今度は背中を向けて寝る。
夜が長そうや。
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