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4、隔たる心



 行きたくない気持ちと、行きたい気持ちが心の中で相談し合う前に、足は階段を上がりきっていた。

 そして、当たり前のように、目の前の少しだけ開いている戸を押し開けてしまっていた。



 寝とるのか、アイツはベッドでこっち向けに寝ころんどる。腰の上では黒猫のサンが丸まっていた。


 クェトルは俺の気配に目を開けた。あいかわらず涼しげな切れ長の目が俺を見た。


「…………」

 頭の中が真っ白になって、言葉が出なかった。


 いつもほとんど黒い、濃い翠玉色の瞳が窓からの明かりに照らされて、色味を増して見えた。

 俺は溜息がつっかえたみたいに息苦しくなって、胸の奥がジーンと熱くなる。


 寝起きの緩んで少しだけ穏やかな表情が、スッと鋭く尖る。引き結んだ口元、厳しい目、人を寄せつけたくないという意志が宿る。


 俺と目ぇが合ったらクェトルは、よそよそしいに目ぇそらして、寝返りを打って向こう向けになった。腰に乗って丸まってたサンが迷惑そうに床へ飛び降りた。



 窓の外は雨が降り続いてる。


「……なぁ……」


 俺の呼びかけに、もちろん返事なんかあらへん。



 バラバラバラと小屋根を打つ激しい雨の音だけが聞こえる。

 サンはドアの隙間から出て行った。


 俺はベッドを足元のほうから反対側へ回り込んだ。


「なぁー」

 呼びかけたら、鬱陶しそうに、また元のほうへ寝返りを打った。



 俺は、また足元を回って元のほうに走った。今度は顔の近くにしゃがんだ。


「な~あ~」

 上目遣いで、俺の中で一番甘えた、きしょいくらいの声と顔で言うた。


 そしたら、めっちゃイヤそうな顔してガバッと起き上がって、ベッドから両足を下ろした。どこかに逃げる気やな。


 俺は、しゃがんだまんま、すかさずクェトルの両膝に手ぇついて、身を乗り出して顔を覗き込んだ。



「なぁって。なんで、あれから、ずーっと俺を避けてるん?なんで?もしかして、俺がずっと、お前まで騙してきたんに怒っとるん?」


 目ぇ合わしてくれたかと思ったら、ほら、こうやってにらむことしかせぇへんやんか。



「それか、俺を信用してなかったくせに、って思って怒っとるん?誤解やん、それ。なぁ、話してくれへんどころか、目ぇも合わしてくれへんやんか。そんなに俺のこと嫌いになったん?……前みたいに一緒におるのんもアカンのん?友達以下なんか、俺ら。話ぐらい聞いてぇな」


 いかにも迷惑っていう顔して俺を見る。



「俺に触るな」

 低い声で、そう言い放った。


 その他人以下へ向ける蔑んだ冷たい顔も言葉も、俺の心を打ち砕くのには充分過ぎた。あふれる物を止められへんかった。



「……もう、エエわ!」


 悲しいもハラ立つんも、淋しいも惨めも滅茶苦茶に混ざり合う。



 もう、わけもわからず部屋を飛び出していた。



.

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― 新着の感想 ―
[良い点] クェ氏……(== あなたって人は……(悶々
[一言] アルの懸命さに泣けます。
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