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39、忘れじの 後編

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 何て言ってるか分からんけど、誰かが何か怒鳴ってる声が聞こえた。



 (カラス)みたいな人は俺が繋がれてる縄を剣で切った。片手が自由になる。

 それが合図やったみたいに、周りで警備してたヤツらが剣を手に黒い人に襲いかかった。


 そやけど何故か、黒い人は剣を鞘に納めてから構え直した。よう知らんけど、剣って、そうやって使うもんやっけ?



 兵士の一人が細剣(レイピア)で黒い人に突き込む。

 それを黒い人は片腕に手繰って持つマントで払い上げた。

 そして、大きく空いた兵士の脇腹に、握った(つか)の先で突くように体当たりをして舞台から突き落とす。



 目をつぶったらアカンと思うのに、なぜか全て無かったことにしたくて目ぇをつぶる。

 ヒュッと風を切る鋭い音、かすれた悲鳴にも似た金属の擦れ合う音が、怒声や、どよめきに混じって聞こえてくる。


 ってか、目を閉じてるほうが怖いし!

 そう気づいて目を開ける。当然、無かったことにはなってへん。さっきと何も状況は変わらず、激しい攻防ってゆーのが繰り広げられてた。


 黒い人は、片手に持った鞘のまんまの剣で相手の刃を受けながら、反対の手で胸ぐらをつかんで足払いを食らわす。そのまま背負うようにして舞台下へ投げ落とした。


 多勢に無勢という、意味を説明できん難しげな言葉が頭に浮かぶ。狭い階段下から兵士が次々と襲いかかってきた。こんなに相手がぎょうさんやったら勝ち目がないんと違うか?



 ……それを、処刑台の上に寝ころんだまんま見てるから、俺の上や周りでこれ(・・)をやられてて、まさに生きた心地がしないとは、このことやった。いつ、とばっちりで何かが刺さってくるかも知れん。



 せや!俺、逃げなアカンのかな?

 起き上がろうとすると、なぜか体が引き戻された……って、片手だけ自由になっても動けへんやないか!いったい、どないせぇゆうねん。


 俺は仕方なく、左手の縄を意味もなく触りながら、ただ見上げた。

 一度、死んだ気になると、人は強くなれる。もはやヤケクソやで。どうにでもなれ!



 ほぼ黒一色やのに、なんとなく派手という、黒い人の見た目は不気味さしかなかった。もしかして、カラスの化け物なんかな?

 けど、きっと、俺を助けてくれるんやんね??悪い人やないよね、たぶん!そう信じよう!


 顔の上半分を隠す、ツヤツヤした黒い仮面が、動きに合わせて鈍く光る。

 ちょっと怪しく、インチキ感があるピンと()ねた黒い口ひげ。

 歯を食いしばった口元は歯並びが良くて美しい。けっこうイケメンかも知れない。スタイルも悪くないし。


 いつの間にか、自分がポカーンと口を開けてしもてることに気づく。



 てか、俺、何でフツーに観察なんかしとるんやろか?吹っ切れて、頭がおかしいんかも。



 と、ぼんやり考えてると、ガッと俺の顔のすぐ真横に踏み込む靴が見えた。剣を弾き飛ばされたっぽいヤツの顎を黒い人が頑丈そうなブーツで蹴り上げた。もちろん、そいつは後ろへとぶっ飛んだ。


 いやいやいや、もう少しで顔を踏まれるとこですよ!分かってます?足元に寝転んでる人がいること!?ここにいると怖いんですけど!……だからと言って逃げ場はないけどね!



 黒い人は処刑台から後ろへ下りて、剣を抜く。一、二、三……手足の残り三本の縄を切り、刃を再び鞘へと納めた。

 自由になった俺は、とっさに飛び起きた。


 黒い人がマントの衿に付いた飾り金具を口にすると、呼笛らしい鋭い音がした。何の合図なんやろか?



 その、ほとんど黒一色の男を見上げる。見上げるほど大きい。ド派手な黒い羽根飾りが付いた鍔の広い帽子。仮面で顔も分からん。


「…誰、ですか……?」


 俺が独り言のようにつぶやいたら、その答えの代わりに、俺はヒョイとその肩に担ぎ上げられた。


 思わず小さく声が出た。手荒く触られると服の下の水ぶくれが破れてしもて、焼け付くようでいて、ズクズクと湿ったそれは瞬時に冷たく感じられた。皮膚が毟り取られるように痛い。

 けど、そんなこと思ってられへん。それに耐えて身を任せる。



 この人は誰なんやろ。めっちゃ懐かしい匂いがする。

 知ってる。自分は、きっとこの人を知ってる。でも、思い出されへん。

 記憶の、その部分だけが色のない透明な色に塗りつぶされたみたいに抜け落ちてる感じがする。無理に思い出そうとすると、それを邪魔するように頭がキリキリと痛む。



 と、向こうの方から大きな黒いモノが近づいて来るのが見えた。黒い馬?


 馬は群衆の間をすり抜けて舞台のすぐ横へ来て、そこで脚を止めた。

 担がれた俺は、投げ捨てるように馬に乗せられた。舞台よりちょっと低い、馬の首の後ろ辺りに、奇跡的に納まる。もう少しで落ちるとこで、ひやっと変な汗が全身に出た。


 バサッという布をひるがえす音と共に俺の後ろに飛び乗った黒い人は、俺を挟んで手綱を取った。後ろから抱き留められるような形になる。

 でも、足が宙ぶらりんのままで、不安定で、めっちゃ怖い!俺だけ落ちるで、これ。



「しっかり掴まってろ」


 黒い人は馬を走らせた。



 舞台の周りに倒れたり、うずくまってる人らが見えた。けっこう高い所から落ちてるから、全くの無傷ってことはないやろう。でも、死ぬほどでもないから、起き上がって追ってくるかも知れん。



 馬がブルルッと鼻を鳴らすと、うまく見物人が飛び退いた。その間を抜ける。


 軽快に()を進め始めた馬。何としても振り落とされんようにだけはせんと。服で片手ずつ手の平を拭いて、鞍の前面を握りしめる。それでも手の汗が止まらない。



 後ろをチラリと見る。ひるがえる黒いマントの合間に、後方から追ってくる騎兵が見えた。そうか!馬に乗ったヤツもおったんや!このままやと追いつかれる!


 こちらがスピードを上げると同時ぐらいに、後ろから、ガラーン!バタバタバタ!っと派手に何かが落ちたような音がした。

 めっちゃ気になって、体を屈めたまんま、精一杯、後ろを振り返ってガン見する。そこには長い材木や樽のような物が道いっぱいに散乱し、その後ろで追っ手が立ち往生していた。


 それが足止めになって、誰もすぐには追ってこれんようや。

 偶然?にしてはタイミングが良すぎる。



 何とか追っ手は撒けたんかな。

 手綱を操るその腕の内に入っているものの、鞍から自分の手が離れたら即アウト。ぜったい振り落とされるやろう。

 もう、生きた心地はしない。揺れる揺れる、上下に跳ねる上で体力を削られながら、ただひたすらしがみ付いてるしか生き残れないと思った。

 目に映るのは、たてがみと、手綱を握る黒い革手袋だけ。たてがみに白髪があるなぁ、とか、なぜかワケ分からんことを考えてしまう。



 もう無理!もう限界!と心の中で叫びながら、どんだけ走ったんか。手の力は、もう残ってない。それどころか、気を失いそうや。しかも、ポンポンポンポン跳ねて、尻が痛い。その勢いで手がスッポ抜けて転げ落ちそうや。



 限界を超える直前、やっと馬を止めてくれた。時間にしたら長かったんか、短かったんか。そやけど、何とか落とされずに踏ん張れたところをみると、そんなに長い時間やなかったように思える。


 先に黒い人が馬から降り、続いて俺を手伝って降ろしてくれた。

 それから、黒い人は馬をどこかに走り去らせた。もう不要なんかぁ、と何となく考えながら、見るともなしに馬を見送る。



 と、思う暇もなく、有無を言わせず、再び担ぎ上げられる。触られたら痛いし、自分で走るって言いたかったけど、足がガクガクしとる。たぶん立つことも出来ず、へたり込んで一歩も動けん気がしたから黙って痛みにだけ耐えた。



 葉っぱの上や石畳に白い物が薄っすらと積もり始めてるなぁと考えてる内に、どこかの建物の中へ入ったみたいや。

 戸を閉めると中は暗くて狭い。


 黒い人は、ようやく、ゆっくりと歩いた。



 進んでいくと、廊下が少し明るくなった。担がれながら振り返り、前のほうを見たら、廊下の先に明るい部屋が見えた。


 部屋に入ると、やっと俺は下ろされた。荷物でも置くようにポイッと、けっこう乱暴に。おかげで、その場にペチッと尻もちをつく。



「エアリアル、無事だったんだね」


 顔を上げると、目の前には笑顔のジェンスがいた。


 なんで?どうして?とか、疑問ばっかり浮かんでくる。



 ……と、自分を救い出してくれた黒い人を振り向けば、黒い帽子が外される。その下には短い黒髪。仮面を外し、口ひげをも外す。



 頭痛と共に、耳の奥で軋むように不快な音がする。めまいと痛みで目をつぶったら、暗闇の中で急速に色とりどりの線と線が結び合った。


 頭の中で、パァーンと、虹色に光るガラス細工のようなものが弾けた。

 そして、鮮明な何かが蘇る。



「なんや……お前か……」




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― 新着の感想 ―
[一言] 会いたいと思っていた人がこんな風に助けに来てくれたら、それはそれは素敵ですよねえ・・・でもちょっと扱いが雑なのが彼らしいでしょうか。(これで違う人だったらすみません) 無事だったとはいえこ…
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