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35、御前

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 手ェを引かれて真っ直ぐ歩き続ける。

 その人が、いきなり止まったから前が見えない俺も止まることになる。それから、繋いでた手ェをすっと離されたかと思たら、俺の後ろに回った気配がした。すぐに頭の辺りを触られたから、どうやら目隠しを取ってくれると分かった。


 ハラリと目隠しの外れた瞬間、空間が目の前にひらけた。


 真っ正面には天蓋のついた大きいベッド。高い天井には絵が描かれてる。シンプルやのに豪華なシャンデリアに照らされたそれは、めっちゃでっかい鷹の絵で、ちょうど翼で部屋を囲い込んでいるかのよう。

 床は赤い絨毯で金色の模様がある。フチは金糸に飾られてた。



 促されて、やっと前に進んだ。ベッドの横の椅子にはバナロスが座っていた。バナロスを直視したくなく、目線をずらす。


 そのそばには存在感を消し気味な背の低いおじいさんが立っている。おじいさんは黒い礼服みたいな格好で、頭の上は剥げていて真っ白な毛が両耳の上辺りだけ残ってる。



 俺をつれてきた人に優しく手ェを引かれて、バナロスから2メートルぐらいの所まで強制的につれて来られた。

 すると、その人は一歩下がって、丁寧な礼をしてから去って行った。いなくなると、すごく心細くなった。



 俺はバナロスの前に一人取り残された。

 生け贄の気分って、こんな感じなんかな…今なら分かる気がする。あまりにも不安で、足や手、指先さえも固まったみたいに思える。


 ふと、女官に詰め込まれた『知識』が頭の中でぐるぐる回る。嫌やけど、ただひたすら、時が過ぎるのを待つしかないんや。

 結局、俺には…女には抗うことが出来ない。しょせん、奪い取られる側なんやなぁと思う。拒んで死ぬか、生きるために我慢をするか…どちらにしても、不公平なことに、自分にとって良いことは一つもない。



 目線だけ動かして周りを見たら、絵ぇか置物かと思ってたけど、部屋の壁際に何人もの人が横並びに立っとった。男の人も女の人もおるように見える。護衛の人とかなんやろか。

 と、自然とディーザスさんを目で探してる自分に気づく。今ここにディーザスさんが居たら嫌やなと瞬間的に思ったのか。でも、幸い、居ないように見えた。なんとなく、『良かった』という気持ちになる。



 俺は目線を前に戻して、バナロスを見る。来いってゆう感じでチョイっと指先で俺を呼んだ。どうしようかと迷ってると、バナロスは椅子から立ち上がって俺の方へ来た。


 長い髪は無造作に高い所で束ねてある。

 血のように深い赤をした簡素な服装をしてる。少し衣服の開いた胸元には傷一つなくて、そこに鳥の翼の先が覗いてる。直感やけど、体の左側に鷹の刺青があると思った。俺みたいに隠れ棲むわけでもなく、何のために?という考えが浮かんだ。と、同時に、なぜか、きっと美しい、見てみたいってゆう思いも浮かんだ。


 近づかれると、めっちゃ背ェが高くて怖い。

 畏れるものが何もない全身からあふれ出る傲慢さで、余計に大きく見えるんや。



 俺は目線を逸らした。そばには高価そうなテーブルがあって、その上に白い香炉が置いてあるのが目に入った。煙が出てるのを見るともなしに見る。灰色でもなく、紫でもないような煙。煙って色がついてるものだったかなと何となく思う。甘いにおいがするけど、この煙のにおいなんやろか。



 と、無意識だったのか、再び俺はバナロスに視線を戻して、上目遣いで見ていた。

 生身の人間とは思えんぐらい綺麗な顔。翠色の瞳と目ェが合う。その瞬間、目を合わしたらダメ!と、心が叫んでいたのに、ぜんぜん体が命令に従わんかった。

 視線が合うだけで、瞳の窓から俺の心の奥底を覗き込まれ、すーっと自分が頭のほうから抜けていって連れ去られるみたいな感覚に襲われる。その瞳に魂を奪い獲られてしまいそうで、身体にとどめておくのが精一杯や。


 なぜか胸がバクバクと音を立てて、呼吸がおかしくなり始めた。リズムが狂って吸うタイミングが分からんようになる。呼吸の仕方を忘れたのか?息が出来へん。


 不快で叫び出したい…!体の中をたくさんの熱い蟲が這い回ってるみたいな感じがするのに、なぜか体の表面は寒気がするぐらい冷たい。厭な汗が滲み出てきて、全身が震え出してた。

 怖い、不安で仕方がない…!体の芯が溶けるような甘く痺れる快感に、足腰から力が取られてしもて立ってるのがツラくなって、気がついたら皇帝の服に、しがみついてた。



「そなたは、命ぜねば衣も脱げぬのか」と、言われて、一瞬、意味がわからんかった。そうや、唯一の隔たりを奪われるということ。


 俺は体を離した。それから、何かが乗り移ったみたいに、自分で胸元の簡単な紐をほどき、たった一枚の衣を脱ぎ落とした。

 それはあきらめなのか。それか、体の奥底から涌いてくる高ぶりを閉じ込めておけずに解き放ちたかったのか。



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