34、夜伽
一年以上放置してましたが、勢いに乗って頑張って更新します。これまでのあらすじは……これまでをお読みくださいませ(笑)。
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自分の部屋の絨毯に仰向けに寝転び、窓の月を見上げる。今日は白くてキレイな満月や。たぶん、ぜんぜん欠けてるとこはない。真ん丸のお月さん。
ふと思いついて、バナロスから貰ったブカブカの指輪を外してつまむ。
片目をつぶって指輪を満月に重ねてみる。輪の中に月を捕まえた。
月って遠く離れた所でも同じのんが見えるんやろな。今ごろクェトルも同じ月を見とるんやろか。アイツのことやから、とっくに寝とるかも知れんけど。俺のことも忘れて。なんせ、救いようがないぐらい超薄情なヤツやからなァ。俺なんか道端の石ころとかゴミみたいに思ってそう。
そやけど、俺は、ちっともお前を忘れたことなんかないし。こんなに想ってても、もう会われへんのやろけどな。
男前の無駄遣いとしか言いようのないクソ偏屈野郎。ぶっきらぼうな人格破綻者。でも、無愛想で冷たい顔つきで投げかけられる言葉には優しさがあったんを俺は知ってる。意志の強い、涼やかな瞳を思い出して、胸の奥が熱くなる。
あんな朴念仁でも、いつかは誰かの勧めで嫁を取るかも知れない。そう考えただけで、化けて出たいほどの怨めしさが募って、全身の血がたぎる。あの人は別に俺のモノでも何でもないのに、もどかしくて、嫉妬の炎が身を焼く。
俺はと言うと、大好きな人の側で暮らすことも出来ず、好きでもない、むしろ憎しみしかない男の側で一生を終えんとイカンなんて、運命なんかクソ喰らえや。
でも、俺はホンマにバナロスが憎いのかな…確かに父様や国の人たちが殺されたりしたけど、それを俺は知らん。ここで生きていくには、バナロスを愛する努力をせんとダメなのかとも思う。
自分に向けられたバナロスの優しげな表情を思い出して、何とも言えん気持ちになる。自分は、バナロスをどう思っているんやろか…?
…と、つまんでた指輪が指先からスルッと逃げた。落としてしまって、どっかに行ってしもた。身体を起こして絨毯の上を探したけど、なぜか見当たらんかった。そんなに転がっていくハズないんやけどな。
暗くてよくわからんから、しゃーない、また明るくなってからでも探したらエエか。
もう一回、床に大の字に寝転んだ。大きく息を吸うて、思いっきり大っきいため息をつく。ため息ついたら幸せが逃げるって言うけど、すでに幸せちゃうから、ため息つきまくってもエエやろ。
かすかに、鈴の音が聞こえた。聞こえない日ィもあるし、遠くで聞こえる日ィもある。うちの部屋の前を通っていってドキッとすることもあった。
今夜も、ここに住む誰かが、バナロスの夜伽につれて行かれる。まあ、つれて行かれるっていう被害的な言い方も合ってないんやろうけど。普通なら、皇帝に呼んでもらったら名誉なんやろうし、こどもでも産まれたら権力みたいなモノを手にすることができるんやろ。
そやけど、皇帝の権力が強すぎるから、側室らも誰も、もはや権力争いなんか考えへんレベルなんやとは、さすがの俺でも感じてる。ようは、何もかもバナロスに従うしかない、変なことを考えても自分の寿命が縮むだけってことや。
鈴の音は、だんだん近づいてきた。かと思うと音がしなくなった。というか、止まった…まさか、ここの部屋の前で?
バッと絨毯から飛び起きた。
え?え?気のせいやろな。むしろ、空耳やったんと違うかな。
沈黙が、すっごい長く感じられた。耳をすますっていうか、動きも息も止める。永遠って言えるぐらい、その時間が長い。
コンコンと戸を叩く音がする。すーっと身体中の血が冷えていくみたいになる。背筋から始まって、手足の先に向かって血が抜けていってるような感覚。
カチャリと戸が静かに開いた。そこから人影が覗いた。
「トゥルーラ様。皇帝陛下がお呼びでございます」と、性別が判らん静かな声でそう言うた。
ついに、恐れてたことが目の前に迫ってきた。
部屋に入ってきたその人は、何かの物語に出てくる妖精みたいやった。長い銀髪に細い身体。服装も中性的で特徴もなくて、男か女か、子供なんか大人なんかも分からん。美しすぎて、ちょっと気持ち悪いぐらい。誇張やなくて、ほんまに肌が陶器みたいにスベスベしてて、お人形みたいや。
まず、ネックレスとかを外されて、結われた髪も何故か全部ほどかれた。それから丁寧な手つきで素っ裸にされて、白くて薄い絹の簡単なドレス一枚に着替えさせられた。宝飾品だけじゃなくて、下着さえも着けることを許されんみたいやった。
それから、ひざまずくように促されたから、床にしゃがんだ。すると、包帯みたいな物で眼を塞がれた。
その人は、眼を塞いだ俺の手をそっとにぎって俺を立ち上がらせた。その手は、めちゃくちゃスベスベしとった。
なんか気持ちも身体もふわふわしてて、まるで夢の中の出来事。きっとこれは夢なんや、と思うことにする。穏やかな悪夢。
優しく手を引かれながら、長い長い廊下を歩く。部屋の前は何回も行き来したことのある廊下やったから知ってるのに、まるで知らない場所や。
その人は定期的に鈴を鳴らし続けてた。小さい音やけど、夜の空気を震わせて凛とした音色を響かせてる。
廊下を無言で歩き続ける。まるで、言葉を発したらアカン儀式。不安で苦痛な沈黙。だからといって、なんか話しかけようとも思わんし、話しかける言葉も見つからんかった。
胸の中は不安しかない。恐くないと言えば嘘になる。何回も何回も考えてたことやけど、それが自分に迫ってくると、不安で押し潰されそうや。
階段を何回か上がったり、真っ直ぐな道を進んだり、しばらく歩き続ける。目隠ししたり回りくどいことせんでも、城の中は広くて自由に目的地には着かれへんのに。
よく分からんまま歩き続けて、ようやく止まった。鈴の音が二、三回聞こえて、それから、大きい扉を引き開けたようなガガッっという重たい音がした。




