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32、隔たる思い




 広間の絨毯敷きの上に絵札がばらまかれ、着飾った若い女たちが囲んでいた。その中にアルを探す。


 少し目を凝らしはしたが、すぐに見つける。青紫のショールを羽織り、こちらへ体を向けて座っている。顔が見える。化粧を施されているが、間違いない。


 黒く長い髪は、飾りの紐や宝飾と共に結い上げられている。大きな窓から差し込む陽光に照らされた首筋は白く細い。涼しげな目元に、あまり高くない鼻。飛びっきりの容姿でもないが、見れないこともない。



 頭では理解していたはずだが、やはり実際に目の当たりにすると、その姿には違和感を覚える。馴染めるはずがない。



 装いだけではない。ちょっとした仕草なども、女になっている。たかだか、ひと月ほど見なかっただけなのだが、変わってしまった。




「確認したか?」

 俺の横で兄貴が言った。


 俺は「分かった」と答えたが、何が分かったのか、自分でも返事の意味が分からなかった。


 あの探し続けてきたアルが、声を出せば届き、手を伸ばせば触れられそうな距離にいる。


 声を出すべきか?……声をかけ、アルの手を引き、あるいは担いで逃げたとする。いや、声を出すと同時に、動くと同時に斬り捨てられるに違いない。兄貴を振り切り、逃げおおせたとしても、この広大な城から無事に出られるとは到底思えない。また、逃げることができたとしても、どこへ行けばいいのだ?帝国が存続する限り、安息はないのではないか。


 自分のフードが視界を遮り、兄貴の顔のすべては見えないが、よい結果にならないことは伝わってくる。




 アルは意外にも元気で楽しそうにしていた。見た限り、眼前に差し迫る危機があるわけでもなさそうだ。

 改めてアルを見る。あんなにも落ち着いた表情をしている。俺の知るアルと何ら変わりがない。抑圧されているわけでもなく、また、取り繕っているわけでもなく、自然なのが分かる。絵札を手にし、側の女に笑顔を見せている。




 疑問がわく。果たして、救い出す意味があるのだろうか?そもそも救い出す、というのが、身勝手で一方的な考えなのかも知れないという結論がよぎる。連れ戻そうというのは、独善だったのか?



 急に何とも言えない空虚が胸を埋め、気が抜けるのを感じた。何だか、自分で自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。




「兄貴、もうイイ」

 そう言葉を絞り出したような気もするが、自分が言ったのか、誰が発した言葉なのか、もう興味も失せていた。






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