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31、探すべきか




 沈黙が続き、ペンを走らせている音だけが聞こえている。何も言わないが、無言の圧迫というか、早々に立ち去れと静かに言われているように感じられる。帰れとも言われないが、ルカスは、どうするつもりなのだろうか。ここで執務を眺めていても仕方がない。



 いっそのこと、この部屋から出て、アルを探すことは不可能だろうか。慣れているルカスでさえ、城の内部をまだ把握できないらしい。



「ところで、父上や、お祖父様じいさまは健在か?」

 ペンを走らせていた兄貴が顔も上げずにそう尋ねた。


 一瞬、おじいさまって誰だ?と思ったが、そういや、うちにじいさんがいたことを思い出した。あまりにも改まって言われると誰のことだか分からない。


 親父のことを聞くってことは、親父が死んだことも、まだ知らないわけか。



「じっちゃんは元気に生きているが、親父は昨年、死んだ」

 そう答えると、しばしの沈黙があった。ただ、沈黙を自分が長く感じただけかも知れない。



「そうか」

 兄貴は短く無感情にそう答えた。


 まったく感情が量れなかった。



「どうしてここへ来た?」

 声調の端々が親父にそっくりで、何だか複雑な心持ちになることは否めない。それは、ある種の懐古なのか、不快感なのか。


「ここへつれてこられた親友を探しに来た」

 努めて平淡に答えた。


「誰のことだ?」


「ティティスの王女だ。いるだろう」



 兄貴は顔を上げ、自身の額に手を当て、しかめっ面をした。


「お前は王女と親友なのか」

 疑問とも皮肉ともつかない言葉が返ってきた。



「無理なことだと思うが、会うことはできないか?」

 俺が問うと、兄貴は鼻で笑うようにため息をついた。


「下手な動きをしないというのなら、計らってやらないこともないが……」

 ひときわ厳しい目線で俺を射る。


 その、下手な動きとやらをすれば結末は分かっていた。しかし、その場になってみないと、自分が何をしようとしているのかは分からない。





…………



 兄貴は親父のすすめるままに中央帝国の兵に志願し、雑兵から始めたと思うのだが、よくこの地位にまでなれたものだ。よほど腕がたつのか、狡猾なのか。取り立てられる理由は分からない。


 しかし、よく皇帝なんかに仕えられるものだ。帝国の謀略に加担しているということに何の疑問も呵責もないのだろうか。それとも、バナロスの為すことに心底、陶酔しているとでもいうのだろうか。そうでもなけりゃ、うわべだけつくろっても、これだけの信頼を受けることはできないだろう。



 ……と、考えて歩いているが、今の状況は不本意としか言いようがない。

 前には兄貴の気配がある。俺は、その後ろをルカスに支えられながら歩いている。なぜなら、目隠しをされ目深にフードを被らされているのだから、もはや罪人扱いだ。


 念の入れように感心するしかない。そこまで信用がないか、とも思うし、この国が存続している理由わけだとも思える。




 目を覆う布から漏れ込む光量の差、寒暖の繰り返し。外を歩いているのが分かる。すれ違う人の気配、流れる水音。今度は、暗い螺旋階段を延々と上っているようだ。同じ所を回っているんじゃないか、というくらい、城の内部は広いようだ。


 見えない状態で人に手を引かれて歩くのは、けっこう不安だ。なにしろ足下の少しの出っ張りも予測ができない。ルカスが気遣って歩いてくれているのが伝わってくる。



 かなりの距離を歩かされ、立ち止まったかと思うと、ようやく目隠しを解かれた。広く閑散とした廊下が見える。数メートルほど向こうの扉が開け放たれ、室内の光が廊下に差し込んでいた。



 もちろん、こちらの存在を知られず、近づかず、話さず、という条件を突きつけられてはいたが、計らいでアルを見せてくれるらしい。

 しかし、決して信頼とか、情の上の計らいでないことは明らかだ。兄貴の左手は腰に佩いた剣の鯉口に添えられている。この人ならば、容赦なくやるだろう。




「あちらにおられる」


 兄貴の向く先を見る。





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