24、しのぶれど
……………………………………
月も雲に隠れてしもて、灯りを持たんかったら全く何も見えん夜やった。
クェトルは今ごろ、俺のことなんか忘れて帰ってそうやな。でも、帰ったら、俺のこと、おばちゃんに何て説明するんやろか?ティティスから俺を託されたおばちゃん夫婦は、俺が中央帝国に見つからんように、隠して隠して育ててくれたのに、こうなってしもたら説明つかんやろ。
でもまあ、そもそも、俺なんか、おらんようになったほうが清々するって言うとったし、アイツは何とでも説明して、日常を楽しんでるに違いない……と、思うと、淋しいを通り越して虚しくなってきた。
あの鈴の音が聞こえる時間も過ぎてだいぶ経って、もうけっこう遅い時間や。
今ごろ、レイラ様の所に行くの非常識やろか?たぶん寝てはるし。
……と、思いつつも、すでにレイラ様の部屋の前へ着いていた。コンコンと戸を叩く。たいてい部屋の中から返事はないけど、勝手に開けて入るのであった。
そっと戸を開けて部屋に入る。静まり返っていた。もう寝てはるんやろな。
ドロボーの気分で、忍び足でベッドを回り込んで窓側へと進む。ベッドの辺りは燭台に火がともってるらしくて薄明るい。
ベッドの角を曲がった時、目ぇに飛び込んできた光景を見て、腰を抜かしそうになった。それはもう、幽霊見たほうがマシかもってゆーぐらい驚いた。
薄暗い灯りの中で、レイラ様が…背の高い、たぶん男の人?…に、抱きすくめられて、ちょうど熱いチューの真っ最中やった。俺は、めっちゃ恥ずかしなって、耳まで熱くなって、たぶん顔も真っ赤やと思う。暗いから分からんやろうけど。
俺に気づいて二人が、こっち向いた。もう、腰抜かしそうを通り越して、心臓が鼻から出そうになった。
さすがの俺も見間違えへん!お相手は、あの烏みたいに黒づくめの近衛師団長のなんやらさんや。俺は、あんまり関わることがないから名前は忘れてもたけど。
俺は今度は青くなってると思う。どえらいもんを見てしもうた!出来ることなら記憶を消してほしい!と願うけど、無理やろう。
「あら、いらっしゃい」
二人は体を離す。レイラ様は、まったく驚くふうもなく、笑顔でそう言うた。
「こ、おこ、こ、こ、こんばんは!」
とりあえず動揺を隠して、平気を装って挨拶をする。頭の中はパニックなんですけどね!
「あの、その……お、お邪魔しました」
頭を下げて後ずさる。
誰にも言いませんので!いや、むしろ忘れます!
…てか、見られた二人はまったく動じず、なんで俺だけ右往左往しとるんか?だんだんと分からんようになってきた。
「お待ちなさいよ」
帰ろうとしたら、レイラ様の声がかかる。ゆっくりと歩み寄って来はった。
「また淋しくて来たんでしょう?私たちはイイから、こちらにいらっしゃいな」
俺の肩にそっと手を添える。いつもと同じ、エエ香りがする。そのまま、俺の肩を抱くようにして、窓辺の近衛師団長の所へつれて行かれる。俺、この人、なんとなく苦手なんやけど…。
こわごわ上目遣いに顔を見る。皇帝の傍にいる時に比べたら、ちょっとは優しい顔。それでも油断のなさそうな鋭い目をしてる。でも、とてもキレイな顔。女子がキャーキャー言いそうな男前ってやつやな。
「私は近衛師団長ディーザス・ディベテットにございます」
師団長は俺に対して、恭しく礼をした。いや、俺ごときに、もったいない!
って………………今度は、危うく目玉が尻から飛び出すところやった。
この人は、帝国にいてると聞いてた、クェトルのお兄さんや。目つきの悪さ…もとい、鋭さ、雰囲気、諸々、似ていると言えば似ているような気がする。
バナロスにいっつもピッタリくっついてるくらい地位の高い人になってたんやな。
「どうかして?」
俺が考え込んどったら、レイラ様が心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
「奇遇にも、このかたも私もあなたもヴァーバル出身なのね」
「たぶん俺…いや、私、ディーザス様のご兄弟と知り合いなんですよね~。ヴァーバルにいますよね?お兄さんが帝国にいるって聞いてました。いや~、偶然ってあるもんですね~」
自分でも、まったく何を言ってるんか分からんかった。何か知らんけど、スラスラと何かしゃべってた。
「あ!俺、眠たいですから、戻って寝ます!おやすみなさい」
俺は二人の返事は待たず、自分で話を終わって去ることにする。
「あらそう?……このことはナイショにね?」
レイラ様は悪戯っぽく笑った。俺は大きくうなずいた。
自分の部屋に帰りながら考えた。ジェンスのお姉さんとクェトルのお兄さんかぁ。なんかすごい廻り合わせってゆーか、組み合わせってゆーか。
…たしか、前にレイラ様が『もう皇帝陛下の夜伽は務めていない』って言うてはったから……ってことは、レイラ様のおなかの子は……………いぃぃーー??!!それは、それはアカンやろ?!




