20、無罪放免
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「な、なんと、ジェラルド様…!これは、どういうことだ!お主らは、このかたをどなたと心得る!うぬぅ、早く開けぬか!」
元気な爺さんが格子の向こうで大声を出して大騒ぎしている。
「…爺やだよ」
ジェンスが肩をすくめて俺に囁いた。苦笑いをしている。
格子の戸が開けられた。取調べをしていた男が青ざめて立っていた。
「ね。だから言ったでしょう?」
ジェンスが牢屋を出ながら男に言う。男は下を向く。
「爺や、ありがとう。おかげで助かったよ」
そう軽く言いながらジェンスが爺やの横をとおり過ぎようとすると、素早く爺やが立ちふさがった。
「若さま!お待ちなされぃ!そもそも、何ゆえ、このようなところにおられますか!あれほど勝手な行動はなさらぬようにと、申し上げましたではございませぬか!まぁだ、分かりませぬか!」
早口でツバを飛ばしながらの説教が始まる。
「爺や、怒ると身体に毒だよ」
「若さま!今日という今日は逃しませぬ!ささ、お戻りなされい」
そう言ってジェンスの腕をつかむ。
前から、この爺やのことは聞かされていた。いつもこの調子なのだろう。
「ねぇ、キミからも爺やに何とか言ってよ」
爺やに引っ張られながらジェンスは苦笑いで俺に助けを求めた。
別に、こいつがいようがいまいが、俺には関係ない。むしろ、この爺やさんに持ち帰ってもらったほうが助かる。
「お前は大事な身だからな。じゃあな」
俺はジェンスたちを尻目に、立ち去ることにした。
「キミがそんなに薄情だとは思わなかったよ~」
そんなジェンスの言葉を無視し、殺風景な長い廊下を抜けて建物を出た。薄情なのは今に始まったことじゃあないだろう。
冬にしてはよく晴れた青い空が広がり、風が高い空で鳴っている。久しぶりの外は、すがすがしい。
拘束されていたのは中央帝国領の西端、港町のヨッフェだと聞かされていた。オデツィアに一番近い港で、中央帝国首都のオデツィアへは北東へ七日の距離らしい。
あとのことを考えて、牢の中でも体を動かしていたおかげで足腰も言うほど弱っていなかった。
はるか彼方に森と低山が見えている。反対側は海とも河ともつかない水辺がある。地図によると、この河の上流にオデツィアがある。
「おーい」遠くから呼ぶ声が聞こえる。
振り返るとジェンスが遠くに見える。懸命に走っているのだろうか、走っているのか歩いているのか分からない速度だ。ヨロヨロとこちらに向かってくる。
やはりついてきた。爺やにつれて帰ってもらえば良かったのに。
「ちょっと待ってよ~。薄情なんだからぁ」
俺のそばまで来てしゃがみこみ、俺を見上げる。肩で息をしている。髪も乱れてバサバサだ。
「先を、急ぐのは、分かるけど…何も、僕を置いてかなくても、イイじゃないかぁ」
荷物を下ろしてクシを取り出し、髪を調えはじめた。
「イイだろ、男が髪くらい」
「僕に、このまま居ろと言うのかい?キミも残酷だなぁ」
無視して俺は歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよ」
髪を調えるのもそこそこに急いでついてきて並んで歩く。
「爺やさんは、どうしたんだ」
「どうしたと思う?」
面倒くさいヤツだな。どうせ走って逃げてきたんだろう。答えずに放っておく。
「今度から、うろつきません、って誓ってきたんだよ」
嘘つきめ。出歩かないわけがないだろ。
しばらく黙って歩いていた。河沿いの道は何もなく、短い草が茂る何の変哲もない草原だ。
「今ごろ、エアリアルはどうしてるんだろうね」
「さぁな。楽しく過ごしてるんじゃないか」
俺は平然とした態度を装い、裏腹のことを言った。




