17、貴鳩の降服
俺の本当の名前!
やっぱり、思ってたとおりやった。この男は皇帝バナロスや。
父様を殺して、ティティスを潰した、憎んでも憎みきれん男。とうとう見つかってしもた。悔しい。せやけど、俺をどうする気なんやろか?殺すんやろか?
俺が恨みを込めて上目遣いに睨むと、バナロスは俺を見下ろし、目を細めて冷たく笑う。背中のほうから身体が冷えていくような感覚。人間とは思えないぐらい綺麗や。
「トゥルーラ殿。身を捨て潔しとされるか、余につき自国を捨てられるか。己が身に問われよ」
バナロスは、そう無感情に言った。
難しい言い方やから、一瞬意味が分からんかった。
潔し…恨みを通して名誉を取る。…貴鳩が、朽ちた祖国が、心に眠る父様が、浮かんでは消えた。バナロスに最期まで抵抗して死んでいった人々。俺もあとに続かなアカンはずや…。せやけど、今ここには、名誉のほうが軽いと考える身勝手で汚れた自分がいる。
俺は自分で自分の心の卑しさがイヤになって、下を向いたまんま答えずにいた。
「いかがなされた。もしや、国を捨て、命乞いをされるおつもりか」
目線を上げると、バナロスが座ったまんま俺を見下ろして、自分の顎を指先で触りながら言うた。俺の心を見透かして、バカにしたように丁寧に、皮肉たっぷりで。
俺は反論できんかった。
バナロスが目ぇで合図したら、広間の端から女の人が二人、ネズミみたいに素早く走り寄ってきた。
「ご丁重にな」
バナロスは、そう言うと、ツッと立ち上がって去っていった。
今、ティティスは、皇帝バナロスに敗北した。
でも、かつて持ち続けていた憎しみが消え、どうでもエエと思えている自分がいた。
…………………
日ぃは暮れてしもとった。まずは風呂に入れられ、あてがわれた部屋に押し込められた。牢とはちゃうけど、押し込められたという表現が近いなぁ。
天蓋のついた、王様とかが寝そうな豪華なベッド。額縁みたいな金の透かし彫りの装飾がついた姿見。壁には俺の身長よりも大きい鷹の紋章の旗?がある。
窓は、めっちゃ大きい。外を覗くと爪の先ほどに痩せた月が見えた。
さっきから、ずっと心には重く、ドンヨリとした黒い雲がかかっとるみたいや。潔く処刑されとったほうが良かったんやろか。生きてて良かったんやろか。
俺って、そもそも誰なんやろう。トゥルーラ?エアリアル?
あの暗闇から出された時は何もかもまぶしかったけど、やっと目ぇも慣れたみたいや。両手を握ったり開いたりしてみる。さっき爪を切られた見慣れた俺の手ぇがある。
灯りを持って姿見の前に立ってみる。薄暗い夜に鏡を見るのは怖くて嫌いやけど、なんか見てみたかった。
結い上げられた髪には宝石のついたネックレスのような飾り。絹か何かで出来た、袖も裾もヒラヒラの綺麗な服。裾つかんで、少し持ち上げてヒラヒラさせてみる。足がスースーしてきしょい。
鏡の中におる奴は女のカッコに髪も服も顔も飾られとった。思わず、お前、誰やねん!と、心の中でツッコんでしまった。
ここが俺、トゥルーラ姫さんの住む部屋やそうや。俺はバナロスの側室の一人だか何だか。バナロスの女たちが、みんな住んどる、この建物の中だけやったら、どこ行ってもエエらしかった。まあ、自由な時間っていうのが決まってたけど。
もう、何か半分ぐらいヤケクソや。何もかもに嫌気がさす。自分自身にハラが立っとるんかも知れん。言い様のないイライラ感というか、焦りというか、感情がゴチャゴチャ押し寄せてきて、落ち着かない。
しばらく意味もなくウロウロと部屋の中を歩いてみる。が、結局は何もすることないから、ベッドに寝転んだ。




