表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/157

10、立往生


………………



 中央帝国は、ゲンブルン領から海峡を隔てた北の大陸にある。ゲンブルンから帝国へ向かう船は、クラの北東にある港町からしか今は出ていないらしい。その港町まではクラから二日の距離だ。



 海が見えるよりも先に、生臭いような潮のにおいがしてきた。あまり何もない街を抜け、港へ出る。

 視界はひらけ、鉛色の空の下、暗緑色の海原が広がっていた。停泊している大きな船舶が一隻見える。わりと広い港だが、船はその一隻しか停まっていないようだ。



 赤銅色のツヤがある顔をした人夫らが、忙しそうに桟橋を通り、何かを運び込み続けている。片や、船着き場の隅で木箱に老人が座っていた。髪は半分以上白かったが、日に灼けて若々しい。眉間にシワを寄せて気むずかしそうだ。


 帝国行きの便の有無を尋ねた。



「帝国に向かう船はある。だがな、人は運んでない」


「あの船は、どこへ行くのですか?」


 ジェンスはしゃがみ、木箱に座っている老人の顔を覗き込んで船を指差す。老人は深いシワの刻まれた顔を上げ、くわえたキセルに火を入れる。



「ああ。帝国へ行くが、皇帝様の荷物を運ぶんだ。人は乗せられん」


 老人はチラリとジェンスを見ただけで、遠くを見つめて煙を吐き出した。むっとするような煙のにおいがする。



「人が乗れる船はないのですか?」


「予定は無いな」



 停泊している船は、やはり帝国行きだったが、人を乗せていないなら話にならなかった。いくら頼み込んでも皇帝の船に乗せてくれなさそうだった。



 老人に一礼して、その場を離れた。




 波打ち際に立ってみた。砕けた波に白く煙っている。足元の断崖にびっしり貼りついた貝のたぐいを洗うように、止めどなく荒波が打ち寄せている。

 目線を上げると、海原の遥か彼方に霞む島影が見える。おそらく帝国のある大陸だ。アルは数日前、ここを通ったのだろう。もう帝国へ入ってしまっただろうか。




「どうするんだい?」


 ジェンスが同じく横に並び遠くを見つめる。冷たい潮風に服や長い髪がなびいている。



「お前は、泳げたか」


 ジェンスが超カナヅチなのを分かっていて、わざと聴く。俺がそう言うと、一瞬の沈黙があった。そして、目を丸くして俺の顔を見た。




「…もしかして、ここを泳いで渡るって言うんじゃないだろうね」

 うなずいてやると、ジェンスは苦笑いをする。


「ちょっと、それは無理なんじゃないかなぁ。大陸まで、どれだけ距離があると思っているのだい?第一、冬の海で泳いだりしたら、凍え死んでしまうよ」


「あきらめるのか」


「いや、そうじゃないけど…キミも無茶を言う人だなぁ」



 俺は泳ぎきる自信があった。凍え死んだなら、その時はその時だ。だが、そもそもコイツは泳げない。




「それなら、そこの板に乗るか」


「それも、イヤだよう。他に何か方法を考えようよ。乗せてもらえるように頼むとか」




 考えが甘い。頼んで乗せてもらえるのなら何も苦労はない。…いや、頼まずに乗ることはできるかも知れない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ