13、追憶の微睡
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川の岸にいた。
舟が見える。
乗ると親父がいた。
さあ、家で母さんが待っている、と言う。
目の前にはベッドで眠るように死んでいる母さんがいた。
振り返ると食事の用意をする母さんがいた。
食事の用意ができましたよ、と言って、ベッドで横になって動かなくなった。
親父は戸を開けて出て行くところだった。
親父、母さんは放っておいてイイのか、と言うと、国王陛下のおおせでな、来年の夏には帰る。と言って舟で家を出た。
黄色い砂の道を長い間歩いている。真っすぐのようで、曲がりくねっていた。
道の両側には店が数知れず並ぶ。
親父が前を歩いていた。
親父は店に入っていった。
ビンが無数に並んでいる。
親父は、こっちを向いて、これで母さんは元気になる、と言った。
国王の用事はイイのか、と聞くと、お前もやっと騎士になったか、と言われ、騎士だったことを思い出した。
今日は登城の日だった。
母さんと親父が並んで見送ってくれた。
街を馬で駆けていると、馬が何かにつまずいた。
人を踏んだらしく、見るとアルが倒れていた。
何してるんだ、と抱き起こすと、いきなり拳で殴りつけられた。
ハッとして見ると、ケラケラ笑い始めた。
どうやら笑い薬を飲んだらしい。
あんまり笑うから、鳩が口から顔を出している。
そのまま鳩がツルリと逃げ出したから、あせって追った。
追っている内に母さんが一緒に走っていた。
振り返った時にはアルが走っていた。
アルが、俺は必要ないか、と聞いてきた。
いや、助けてくれ、と答えると、ニヤニヤしているだけだった。
助けてくれ、と、もう一度言うと、肩をつかまれて激しく揺すられた。
寝てる場合と違うだろう、と言う。
お前のほうこそ寝てるじゃないか、と言うと、目の前で母さんが静かに眠っている。
手を触れると、薄暗い俺の部屋にいた。
アルが窓から入ってきた。
確か二階だったような気がするが、気にならなくなった。
今日は何か用か、と聞くと、抱きついてきて、頬や額や、あらゆるところに接吻された。
あまりにも不気味で突き放すと、アルは泣き始めた。
何だか悪いことをしてような気がしてアルの肩を抱くと、袋を手渡された。
開くと、黒い蜘蛛がゾロゾロと這い出した。
何を思ったのか、俺は這い出す蜘蛛をつまんでは口に入れ始めた。
噛むと懐かしい味がした。
雨が降っていたから外に出てみると、鳩が一羽、足元を歩いていた。
ついて行くと虹のかかる川が見えた。
…
……
…おい、アル!
何かクェトルの声が聞こえたような気ぃしたけど、気にせいやろ。アイツはグーグー寝っぱなしやんか。
「おい、起きろ」
お前が、はよ起きんかい。
と、パチンと音がしたかと思うと、ほっぺたが痛くなった。
目を開けたら、クェトルが見下ろしとった。夢やろか?
「いつまでも寝やがって」
それは、こっちのセリフやで!思い出したわ。お前のせいで、えらい苦労したことを。この人、知っとるんかいな。
「いつの間に起きたんや」
俺が言うと、クェトルは目線で窓のほうをしめす。すっかり外は明るくなっとる。
辺りを見回す。窓からの明かりが差し込む以外は昨日と何も変わりがない部屋。もっとも、あれが昨日のことやっていう確証もないけど。ひょっとしたら、二、三日寝とったんかも知れんし。
確か、マダンの術かなんか分からんねんけど、寝てしもたコイツを起こすのんに必死になってたんやな。
ゆっくり身体を起こす。頭が痛い。ズキズキしとる。
「お目覚めですかな」
マダンが部屋に入ってきた。その手には布の包みがある。
「さあ、お約束どおり」
そう言うてマダンは包みを俺に差し出した。受け取ると、ズッシリ重い。こんなに重いものやったとは。
開くと、メリサの鞘が顔を出した。ろうそくの薄明かりで見たよりも、もっと輝いて見えた。
「お代はいりませんから、差し上げますよ」
俺がマダンの顔を見ると、ニッと笑った。
……
屋敷を出ようとすると、見送ってくれてたマダンが俺だけを呼び止めた。クェトルはゆっくりと歩き出した。
これだけは言っておきたかった、とマダンは前置きをした。
「負けましたよ、アナタの愛には」
そう言うてマダンは微笑んだ。
この人、幻術師マダンにはバレたんかと、内心ギクリとした。いや、いくら何でも分からんやろ。
「おっと、ぼやぼやしてると、アナタの半分が行ってしまいますよ」
マダンは俺の背中をトンっと押した。軽く押しただけなんやろけど、バランスを崩した俺は前にコケとった。とっさについた手に砂利が何個か刺さった。痛!!
まあ、痛いほうが夢とちゃうからエエか。
『追憶の微睡』おわり
《第7話へ、つづく》




