12、幻術師おそるべし!?
廊下は単純な一本道やったから(その代わり、長い&遠いけど)、俺は一人で、かなり早足で、ってゆーか、むしろ全速力で元の部屋に帰ってきた。
明日の朝には鞘をくれるっていうのをクェトルに早く伝えたかった。っていうよりも、ただ単に真っ暗な廊下が怖かっただけというのは、内緒の話で。
さっきの部屋に入る。まず、真っ正面に暖かそうな暖炉の火。それから、すっかり片づいたテーブル。そのテーブルに突っ伏したクェトルの黒髪が見えた。
「って、寝てるんかーい」
俺はテーブルを回り込んで肩をつかんでゆすった。ホンマに寝てるみたいやった。
「どこででも寝るやっちゃなー。おーい、起きんかいな。そんなとこで寝ぇなや。風邪ひくで~」
耳元で大きい声出しても起きる気配あらへん。疲れきっとるんか、普段より手ごわそうや。うたたねは良くないゾ。よーし!
「ダメですよ」
いきなり声が聞こえたもんやから、俺はビックリして顔上げて声の主のほうを見た。いつの間にか入り口のところにマダンが立っとった。
「無理に起こしてはダメですよ。夢の世界に心を忘れてきてしまう」
「えー、どういうことですか?!」
思わず聞き返したけど、マダンはニタニタ笑とるだけやった。
「クェトルに何したんですか?!」
そう口に出してからハッとした。そうや!忘れとった!この男は幻術師やった!しもた、油断しとった!
「いやー、言い忘れてましたが、この部屋には眠りの妖精が住んでいましてね、時々お客様にイタズラをするのですよ」
マダンは嬉しそうに笑いながら言うた。
ふざけとる!
俺はハラ立ってマダンをにらみつけた。
「いつ起きるんですか!」
「さあて、いつのことなのやら」
明らかにとぼける。
「まあ、起こさずに起こすことですな」
マダンはそう言い残して部屋を出ていこうとする。
「待ってください!どないしたらイイんですか?!」
あわてて入り口までマダンを追っかけて食い下がる。マダンに振り向きざま人差し指を突きつけられる。
「アナタは鞘でしょう?刀身を護らないのですか」
ニッと笑って部屋を出ていってしまった。
長~い沈黙…。
…と、とりあえず、何とかしよか。
起こしたらアカンと言われても、このまんまにしとくわけにはイカン。考えたあげく、床に寝かすことにした。
と言うても…重い!何て重いんや!非力な俺の渾身の力でイスから下ろす。もう、引きずるしかあらへん。
「うーん…!」
あまりの重労働に身体がバラバラになりそうや!
何とか温度がちょうど良さげなところまで引っぱってきた。コイツ、中身がギッシリ詰まっとるんか知らんけど、見た目は細いくせに、めっちゃ重たいなぁ!
荷物から毛布を引っぱり出してきて、かけてやったころには、俺はもうヘトヘト。寒い季節やのに、額には苦労の結晶の汗が流れておるわ。
俺がこんなに苦労しとるのに、当の本人は平和そうに口を開けて寝てはる。ハラ立つわぁ。口の中に蜘蛛でも入れたろかしら。
せやけど、コイツも寝てる時だけは、しかめた眉とか引き結んだ口とかが少しゆるんで、ちょっとだけ穏やかな顔に見える。普段、いかに隙なく油断なく気ぃ張っとるんかが分かる。騎士の息子やからか知らんけど、負けず嫌いでプライドの高い人は疲れるやろなぁ。
しかーし、問題は解決してへん。まったく起きる気配なし。てか、起きたとしても心を置き忘れてきたらアカンと言うてたな。
心を置き忘れたら、どうなるんか考えてみた。と、さっきお茶を出してくれた兄ちゃんを思い出した。変な人やと思ってたけど、ひょっとしたら術で心を置き忘れた人なんやろか?!
いったい、どうやって起こしたらイイんやろか。これがあのオッサンの術なんやとしたら、術を解かん限り、ずーっと起きんのやろか。
気のせいか、さっきより部屋が暗くなったように感じられる。気分が重い。それはもう、目に見えん牢獄にでも閉じ込められた気分や。
いっつも人に頼ってばっかりな俺やけど、今は頼れる物は何もない。逃げて帰ることも許されへんし、逃げて帰ることもできひんやろ。助けは誰もおらん。大事な刀身を護れるのんは鞘しかおらん。俺は逃げるわけにはいかへん。
クェトルの枕元に正座する。座ったところで何の知恵があるわけやないんやけど。とりあえず。
頭の中でマダンのセリフがグルグルと回る。起こさんと起こす、起こさんと起こす…なぞなぞみたいやな。俺、なぞなぞ好きやねんけどな。なんでやろか、答えが思い浮かばん。
なんか、俺が眠たなってきたわ。もしかして、俺も術にかかっとるんやろか? だとしたら、お手上げですぜ、奥さん。
しかし、考えれば考えるほど、泥沼に沈んでいくみたいな気ぃしてきた。もしや、哲学的命題か?!
アホみたいにグーグーよう寝とるわ。口に蜘蛛が巣ぅを張っても気づかへんのと違うかな。
起こしたらアカンねんけど、いたずらしたんねん。こんなに苦労しとんねんから見返りとしてエエやろ。よいしょ、まぶた引っぱったんねん。あーあ、白目やがな。あっ、まぶたに目描いたら起きてるように見えるかな…って、見せかけてどないすんねん。俺の自己満で終わっとるがな。
次は鼻に指突っ込むで~、しかも両方やで~。
…虚しくなってきた。
ふ~。平和そうに寝とるけど、どんな夢を見とるんやろか。起きとるんよりも、何かオモロイことでもあるんやろか。すみませんね~、俺のオモロさも夢には負けましたわ。
…
…
夢…?そうや!俺が夢の中に入ったら起こせる!
聞いたことがあった。頭同士くっつけて寝ると同じ夢が見られるって。これしかないわ!
さっそく俺はクェトルの頭に自分の頭を寄せて、言うなれば一直線になって寝ることにしたのだが…寝れん!眠たいのに頭だけ冴えちゃって寝られん状態。まさにそれ。心を落ち着かせようとガンバっても頭はどんどん冴えるばかり。
眠くなれー
眠くなれ…




