11、暗い暗い廊下《挿絵》
仕方なくマダンについて部屋を出る。不安やわぁ。
廊下の燭台には灯りはついてなかった。手渡された燭台で下のほうを照らしながら歩く。でも、なぜか俺の燭台だけロウソクが外れそうにグラグラしとる。やな感じや。
足元から照らしてるせいで、壁には大きい影が伸び上がって不気味この上ない。
俺はマダンを見失わんように早足でついていく。こういう時って、怖い相手でも闇の怖さよりかはマシで、一緒におると変に安心できる。喩えるならば、殺人鬼と一緒に狼の森を歩いてるような、そんな感じやろか?
「ところで、アナタ。夢は見ますか」
先に立つマダンは振り返らんと低い声で話し始めた。
質問の意味がイマイチ分からん。
「夢、ですか?将来の夢ですか。それか、寝てる時に見るヤツですか?」
「寝てる時の夢ですよ。夢の世界を自分で操れたら楽しいと思いませんか」
何が言いたいのんか、ぜんぜん解らんかった。
「ほら、例えば、夢が支配できたら、世界の王にもなれますし、魚や鳥になることができるのですよ」
「はぁ…」
そらそやろなぁ。確かに自由で面白いけど、そんなん、夢を思いどおりにするのんは難しいやろ。どうやってやるんやろか。寝てしもたら自分の意思では、どうにもできひんような気が。
灯り一つない真っ暗な廊下に二人分の足音だけがコツコツ響いとった。いつの間にか足音の人数が増えてたらどうしょーと思い始めたら背後が気になってしゃーない。肩から背中にかけてゾーッと妙な寒気がする。
「あのおかたは、一人で何でもやってしまい、一人で何でもできる人でしょう?」
「はぁ…?」
一瞬、意味が分からんかったけど、すぐクェトルのことやと気づく。
「アナタは、いつも行動を共にしているのでしょ?」
「そうですけど…」
何が言いたいんか、さっぱり読めんかった。マダンは前を向いたまんま、振り返らずにしゃべっている。
マダンの声は、隙があれば心の中に入って来られそうな、危険というわけやないんやけど、こう、言葉では言い表しにくい、危ない香りがする。喩えるならば、嗅いだら死ぬんやけど、思わず嗅いでしまうような誘惑に満ちた毒の花の香りみたいな、そんな感じやろか。
表現がヘタで、感情をそのまんま言葉にしにくいんやけど、俺の第六感なるモノが教えてきとる。俺の勘は馬鹿にできん。
「でもアナタは、いくら彼について回っても、一つも彼の役に立てていないと思っているのでしょう」
そやなぁ、俺はアイツの役には立っとらんのやろか。そら、確かにアイツは一人で何でもできるし、冷たいぐらい、人に頼ったりせんヤツや。俺は、してもらってばっかり。むしろ、足手まといの時があるのは自覚しとった。
せやけど、この人は俺らに会って何時間も経ってないのに、そんなことが何で判るんやろか。それに、何でそんなことを話題にするんかが分からんかった。
なんとも、広い屋敷や。だいぶ長いこと廊下を歩いた末、やっとこさ突き当たりに小さめの扉が見えたのであった。鳥アタマな俺は、もはや目的を忘れかけてた。
マダンは鍵を取り出して開ける。先に立って部屋に入った。俺も続いてお邪魔する。
マダンは持っている燭台の火を使って、真っ暗な部屋の燭台に灯りをともす。やっと部屋の中が少しだけ見えるようになった。
壁に武器や絵がキレイに整頓されてかけられ、ガラス張りの戸棚に陶器みたいなんがお行儀よく並んどった。
「剣はね、鞘あってこそ使えるのですよ。抜き身のままでは危なっかしい。ちょうど彼が刀身なら、アナタは鞘のような物ですかね」
マダンが灯りをともしながら背中で言うた。俺は、「はぁ」としか言いようがなかった。
でも、俺でもアイツの役に立ってるということやろか。
「卑猥な意味じゃないですよ」
マダンは肩をすくめて意味ありげに、やらしくヒヒっと笑った。
どういう意味やねん!めっちゃ気になる!
笑いながらマダンは奥の部屋に消えたみたいやった。俺も急いであとを追った。
やっと追いつくと、マダンは光沢のある白い布の包みを広げかけとった。はて?デジャヴか?どっかで同じような光景を見たような。あ、ラダのオッサンか。収集家ってゆーのは、みんな同じようなものやねんな。
「これでしょう?」
マダンは包みを開いた。黒い金属に金やら宝石やら、ぎょうさん散りばめた鞘が出てきた。灯りを反射してキラキラきれいや。
「これはね、昔、美しい女王様が愛する剣士に贈ったと言われる品なんですよ。どうです?美しいでしょう?」
そう言いながら俺の顔のほうへ鞘を近づける。
確かに、キレイや。ってゆーか、宝石もたくさんついてて高そうやなぁ。この宝石を二、三個、分からんように外して売っぱらったら儲かるやろな、と悪いことを考えてみる俺であった。
「明日の朝には差し上げますよ。今夜はもう遅い、泊まっておゆきなさい」