三、『幸野さんは予想通り固まってしまった』
唖然としている俺の前で、ひとしきり笑った幸野さんは、
「夜衣斗君。あなたが普通以下の高校生ってことはないわ。勿論、武霊を抜かしてもよ」
そんな意外なことを言う。
「……そうでしょうか?」
「あのね……普通の高校生が」
俺の否定の疑問に、幸野さんは若干呆れた顔をした後、タブレットケースが入った袋を持ち上げる。
「殺されるかもしれない戦闘中にこれに気付くこともないでしょうし、逆鬼ごっこを直ぐに始めようとは思わないでしょ? 圧倒的な不利だってわかっているのに……勿論、夜衣斗君のことだから、なにか考えがあってのことなんでしょうけどね」
幸野さんのその確信めいた言葉に、俺は少し躊躇って……まあ、もう既に幸野さんは部外者だからある程度は良いか……頷いた。
「やっぱりね」
そう言って幸野さんは微笑み、少し真面目な顔になる。
「ここ数日の夜衣斗君の活躍は……夜衣斗君は自分の武霊のおかげだと思っているかもしれないけど、決してそういうことではないわ。元々の素質や積み重ねがなければ、例えチャンスが回って来ても、活躍できないのはどんなことだって当たり前でしょ?」
それは……そうかもしれないが…………
最大級の困惑する俺に、幸野さんは苦笑。
「まあ、急に活躍できるようになったのだから、そうすぐに自分を信じられないのは無理もないだろうけど……それはそれでいいかもね。自分に対して自信を持たないことは、夜衣斗君の場合はかえって良い方面に働いているのかもしれないわ」
ん~それはどうなんだろうか? 自分自身のことだからか、少なくとも俺はこの自信のなさをデメリットにしか感じてはいないんだけどな……
「それにしても……ごめんなさい」
ごめんなさい?
唐突に申し訳なさそうに謝罪されたため、直前とは違う意味で困惑するしかない。
「夜衣斗君になにかしら考えがあろうと、あんな大変なイベントを作っちゃって」
そう言って苦笑する幸野さん。
そういえば、幸野さんが作ったイベントだったけ……ん~……
「……別に構いませんよ……表にしている理由以外の、裏の理由を考えれば、ああいうイベントは必要でしょうからね」
その俺の言葉に、幸野さんは面白そうに笑った。
「ほら、普通じゃない。裏の理由に気付く学生なんて、そうそういないわよ?」
そうなのか? ……普通に考えれば直ぐにでも思い付きそうな物なんだが……
「っで、夜衣斗君はどんな裏の理由があると思ったの?」
「……多分ですが……逆鬼ごっこ中に、対象となった新たな武霊使いの行動を確認して、その武霊使いの性格や危険性などを調べるためなんじゃないんでしょうか? 武霊によって起きる様々な変化は、普段の生活からでは見えにくいでしょうからね。だから、あえて武霊戦を早い段階で行うことで、それを見極めようと考案したんじゃないですか?」
俺の問いに、幸野さんは小さな拍手で肯定した。
「夜衣斗君の言う通り、武霊使いになった子の中には、その影響で性格が変わってしまう子がいるわ。表だってそれがわかる子なら、対処の打ちようがあるけど、中には表向きはなんの変化もない子がいるの」
「……だから、わざと興奮状態にさせるために、強制的に武霊戦を行うと?」
「そういうこと。あえて非日常に叩き込めば、非日常によってもたらされた変化が表に出てきやすいと思わない?」
「……まあ、武霊のどれもが攻撃的になるのなら、戦いと関連付け易いでしょうからね」
「ええ、実際に今まであれのおかげか、学園で大きな事件は起きたことはないわ……とは言っても、他にも色々と試みているから、効果の一つってことかもしれないけどね」
他にも色々ね? まあ……多分、武霊使いのストレスを緩和する行事でもあるのかな? 使えるのに使わないっていうのは、多大にストレスを与えることがある。となると、安全に発散する場をどこかに用意しないと、変な爆発が起きる可能性だってあるしな。
「とりあえず、非公認武霊研究については、慎重に進めましょう」
そう言いながら、赤いショルダーバックに入れる幸野さん。
異論はないので頷くと、幸野さんは若干力なく微笑む。
「誰かを疑うのはよくないことだとは思うけど……そうも言っていられないのは辛いわね……」
つい数日前にこの町に来た俺と違って、ずっと町にいる幸野さんには、かなりの葛藤と辛さがあるのはわかる。が、それに対して気の利いたことを言えるほど、俺は人としてできておらず、思わず狼狽えてしまった。
「大丈夫よ」
俺の狼狽える様子に気付いたのか、幸野さんはクスッと笑った。
「とりあえず、私の方で他にも非公認武霊研究をしている者の活動痕跡がないか、過去の武霊事件を洗ってみるわ」
ん~それはちょっとな……
「……いえ、今の段階でそういうことはしない方が良いと思います」
「そう?」
俺の制止に、幸野さんは不思議そうな顔になる。
「……はい、相手が個人であろうと団体であろうと、向こうが様々な面でこちらより上である以上、相対するなら二人では危険過ぎます。調べるにしても、俺が未成年である以上、できることが限られますし……そもそも、町一つ、学園一つを手分けするにしても対象が広すぎるでしょう……加えて言えば、俺はこの町に来たばかりです。どこをどう調べるにしても、町在住の人と比べれば何倍もの手間になるでしょうし、その分ミスも犯しやすい」
……考えてみると、どう足掻こうと、俺ができることってそんなにないんだよな……未成年だし、できることはどう考えても、星波町在住の大人の幸野さんに比べれば、断然少ない。
「つまり、まずは仲間集めってこと?」
「……ええ、できれば少数精鋭で、メンバーは疑いようのない人物が良いですね」
「疑いようがない人物ね……」
俺の提案に、幸野さんは困ったような表情になった。
「それは……難しいわね……さっき言った奴だって、正直に言えば、疑念を挟む余地はないとは言えないし……もっと言えば、それは私達だって言えることでしょ?」
「……確かにその通りですね。現段階では誰しもが怪しく、誰も信頼できないと言えるでしょうけど……」
「疑心暗鬼になりそうな話ね」
「……今の状況じゃそれは仕方ないでしょう……一つの案としては、決定的なことを伝えず、間接的に周囲に調べて貰う方法を取るとか」
「みんなを騙すってこと?」
「……伏せるだけです。必要とあらば嘘を吐くのも良いとは思いますが、嘘は真実と齟齬があればあるほど、ばれ易く、それが発覚した時には無用な信頼の喪失が起きてしまうでしょう。ですので、それを極力回避するためにも、なるべく嘘は使わない方が良いと思います」
「ん~でも、それだと慎重過ぎない? 間接的に調べるってことは、直接的な手掛かりをわざわざ遠回りして見付けるような物よ? ……そうなると、ようやく尻尾を掴んだのに、下手をすれば尻尾どころか姿すら見えなくならない?」
「……それは問題ないと思います……多分ですが、ここ数日の急激な変化や、実験体として使われていたと思わしき高神麗華が今なお放置されている……つまり、あっさり切り捨てられたことを鑑みれば、向こうの実験は次のステップに進んでいると考えられますから」
「次のステップ?」
俺の予測に幸野さんは少し困惑したが、頷いて肯定する。
「それって、つまり……近い内にまた高神麗華のような子が現れるってこと?」
「……ええ……そして、その実験体の相手に選ばれる可能性が高いのは……」
「自分である可能性が高いって、夜衣斗君は思っているのね?」
再び頷く俺に、幸野さんはため息を吐く。
「さっき私が夜衣斗君に言ったことだものね……研究対象にしても十分価値のある存在って」
「……そうなる可能性が高く、回避できそうにないのなら、逆にその状況を利用すべきでしょう……現れたその実験体を捕まえるか、実験体を観察している者を捕まえることができれば、タブレットケースを調べるより早く確実にことが進むはずです」
その俺の提案に、幸野さんは眉を顰めた。
「なんだか夜衣斗君を囮に使うみたいで嫌ね……」
「……別に俺は構いませんよ。結果的に囮になってるだけですからね……もしかしたら、そうならない可能性だってある」
もっとも、死の運命のことを考えれば、そうならない可能性ってのはない気がするが……まあ、今はそのことを気にしている場合じゃないな……
「……そもそも、タブレットケースを調べるだけでは、手掛かりが少な過ぎますし、それが隠ぺい可能な物であったのなら、向こうがこっちの動きに気付いた途端に、使えない手掛かりになってしまうでしょう」
「そんなことあるのかしら?」
「……今はまだ、向こうがどれほどの規模で、どれだけのことができるのか、まだ非公認武霊研究をしている者もしくは者達がいるってだけしか確定していない状態です……そんな状態で、甘く見るのは危険過ぎると思いますし……少なくとも、弱者同盟ぐらいの規模をそう……てい……」
そこまで語って、俺はふと心に中になにか引っ掛かりを感じた。
「夜衣斗君?」
「……ちょっと待ってください」
「ええ」
俺の唐突な黙りに不思議そうな困惑する幸野さんを尻目に、俺は腕を組み、片手で口を覆い、鼻だけでゆっくり深呼吸。
自称最後の敵は、肯定はしなかったが、俺の児童買春という言葉を否定はしなかった。
そして、様々な人格というか性格か? になった高神麗華の中に、それを連想させるものも幾つかあるようにみえる。
更に思い出せば、ペットスライムに取り込まれていた時、彼女の心が反映されたと思わしき空間内には、彼女に似せられた大量の人形があった。
本当にあそこが彼女の心の中とイコールであるのなら、似せられた人形は彼女の経験・記憶を反映していると考えるべきなんじゃないか?
人形……児童買春……ん? 人形と児童買春? ああ、だから、弱者同盟って言葉に引っ掛かりを覚えたのか。
俺はノートパソコンを取り出し、インターネットに繋いで、思い出した単語を検索してみた。
「……幸野さん。高神姉弟が星波町にやってきたのって、何年前ですか?」
「三年前よ」
やっぱりそうか……ん~完全な確証を得るためには、一つ調べて貰わないといけないんだが……
「どうしたの? 急に顔を赤らめて」
「へ? あ、その」
うっ! 顔に出ていたか……し、仕方がない。覚悟を決めて……
「…………一つ、調べて貰いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「え? ええ、いいわよ。なに?」
「……高神麗華の身体に関することなんですが……」
「ええ? まだなにかあるの?」
「……お」
「お?」
「……乙女であるかどうか調べてくれませんか?」
「はい?」
その俺のお願いに、幸野さんは予想通り固まってしまった。