ランチの女神
学校がない土日は部活もない。ということもあって、靴屋を手伝うのが日課になっている。
今日も今日とてお客は少なかったので、じいちゃんたちでは大変な棚の入れ替えをしていた。
それも一段落し、お昼にでもしようか、と奥に向かうと声が聞こえてきた。店に戻ろうとするじいちゃんを制して、俺が店へと足を向けた。
部活帰りだろうか。店には制服姿のユイが。
「ちょっといい? 喫茶店に――」
どうやら喫茶店で俺を待っている人がいるらしい。それが小桃先生だという。途中で会ってとか、喫茶店に行ってもらったとか、そんなことはどうでもいい。なんで先生が、わざわざここに。しかも、俺を待っているってどういうことだ。
とにかく行ってみるしかない。じいちゃんにひと声かけ、ユイとともに喫茶店へと向かった。
喫茶店には入ると、相変わらず客はちらほら。ユイのおじさんが言うには、平日はおじさん目当てに多くのマダムが集まり、おいしいコーヒーを飲みながら午後のひと時を楽しんでいるそうだ。
嘘くさいが、やっていけているのだから、それなりにお客は入っているのだろう。
そんなに広い店じゃない。少し奥のテーブル席にスプーンを握って、楽し気にほほ笑む姿がある。
そんな姿を見つめながら近づいていく。
先生は、おじさん自慢のふわとろオムライスをひと口食べるとにっこり笑顔になった。
なんだか、こっちまでふんわりとろけそうになる。そんな笑顔だ。
声をかけると、座って、といった感じで、手のひらを向かいの椅子に向けたので、俺もとりあえず腰を下ろした。
そして、待ってみる。先生が何か言ってくるのを。
先生の口は開くが、ただオムライスが入っていくだけだ。
早く言うなら言ってほしい。考えられるのは顧問をやめるってことだろう。名前だけの顧問でさえも嫌ということだろう。
俺が、「あのう」と声をかけると、手で制された。
先生はオムライスを食べ続けている。楽しそうに。嬉しそうに。幸せそうに。こっちまでそんな気持ちになれる笑顔で。
いつのまにか、エプロンを付けたユイが俺の横に立っていたが、ユイも幸せそうな顔でその姿を見つめていた。
食べ終わると両手を合わせ、「美味しいランチって、ほんと幸せになれるよね」
そこでやっと、俺へと顔が向いた。
ごめんなさい、の後、「キャプテン。お昼は?」
いっときますが、俺はキャプテンなんかじゃない。そもそも、試合にでるわけでもないし、俺たちにそんなものなどない。だが、いつからか、あいつらが勝手に俺をそう呼びやがる。
そうしたら先生までも。そんなんじゃないと言ったのに。
完全にキャプテンだと思われているのだろう。だから、今日もまずは俺に伝えに来たのだろう。
だとしても、学校で言えばよさそうなものだが……。
とりあえず、聞かれたことに答える「いえ、まだです」
「じゃあ、おごるから好きなもの注文して。池田さんも、よかったら」
そこでのにっこり笑顔は反則だ。きっと、うしろめたさがあるからだ。
ユイの野郎は、ありがとうございます、って無邪気に頭を下げてやがる。だから、俺もつい同じことをしてしまった。
ユイは俺の意見など聞くことなく、「から揚げカレー2つ」とおじさんに声をかけている。確かにいつもはそれを注文しているが、今日は先生のあの顔を見ていたら、オムライスが食べたかったのに。
待っている間に話を聞こうとしていたのに、ユイが俺の隣に座って話しこみ始めてしまっていた。
手伝いはいいのかよ、と声をかけたが、スールされて吹奏楽の話。先生は高校時代に普門館に行けたらしく、ユイからの質問攻めに合っている。
から揚げカレーに間違いはない。おじさんのカレーとから揚げ屋ナガイの相性はばっちりだ。さすが商店街生まれ、商店街育ちの幼馴染。
おすそ分けで、ユイが先生にから揚げをひとつ上げたのだが、「次回のランチはこれにする」と笑顔が爆発していた。
楽しい楽しいランチだったで終わりたいところだが、そうもいかなそうだ。俺たちの、ごちそうさまでした、の声の後、先生の顔が急に曇った。
大丈夫ですよ。そんな声をかけたくなる。
もし、顧問が誰もいなくなって、部じゃなくなったとしても、俺たちは俺たちで楽しくやりますから。元々あってないようなものですから。
先生の視線は下へと落ちている。そして、重そうに口を開いた。




