4番 内野手 堀井健太
最後はホリケン(堀井健太)。通称ミートのホリケンだ。とにかくバットに当てるのが上手い。しかも、頭脳派でもある。
バッタボックスに立つホリケンは、いつもと変わらず沈着冷静だ。顔からはみだしそうな大きな眼鏡によって俺の内面まで見透かされている気がする。
俺を見つめているのはそれだけじゃない。
ホームベース後ろのネット。その裏にビデオカメラがある。
ホリケンはそれを見直して、ノートに球種やコースを書き留めている。
こういうバッターには150キロの剛速球でもあればいいのだが、そんなもんない。こちとら武器といったらコントロールと変化球。
勝負はどう配球していくか。
この頃は授業中でも配球のことばかり考えている。あーだ、こうだとシミュレーションするのが、なかなか楽しいときてる。
だが、必死に作り出した配球で上手く抑えたとしても、また、すぐにやられてしまう。ホリケンもまたノートを見ながら対策を練っているのだ。
だから、ホリケンという存在は欠かせない。
俺は中学の頃は、ストレートとカーブ。それとスライダーしか球種がなかった。だが、こんなふうにホリケンと対決するようになってから、いくらコースぎりぎりに投げても、それだけでは通用しないと痛感した。
だから、本などから独学で球の握り方を勉強し、ネットに向かって何度も投げることで球種を増やしてきた。
ホリケンを倒すために。
とはいっても、球種にも限界があるし、配球にしたって同じこと。
近頃はいいところまでいっても、結局は点をとられてしまう状況が続いている。
左打者であるホリケンの内角高めにストレートを投げ込んだ。
ストライクシートを外れ、これで3ボール2ストライク。2アウトながら、満塁という状況だ。
あいかわらず今日も、ひりひりする状況になっている。
さあ、どうする?
内角高めのストレートを見せたから、外角にシュートを投げれば、引っ掛けてくれるだろうか。いや、速めのスライダーでもうひとつ内をつけば、つまってくれるだろうか。
どれもだめな気がしてくる。それらの(配球)パターンはどれも打たれたんじゃなかったけ?
悩んでいても仕方がない。
俺は覚悟を決めて、グローブの中にあるボールを握った。人差し指と中指を開き、挟むようにして。
振りかぶり、ネットめがけて腕を振るう。
バットを投げるように置いたホリケンが、飛ぶようにネット裏に回りこんでいる。
ビデオカメラを手に取り、画面へと目を落としながら指を動かしている。そして、俺へと向けてきた顔。そこには驚きの表情が浮かんでいる。
ホリケンの視線は再びビデオへと落ち、それを見ながら、近づいてくる。
目の前で足を止めると、つぶやくような声が、「シンカーか?」
俺が小さくうなずくと、驚き顔が柔らかな表情に変わった。また楽しみが増えた、そんな顔だ。
自分でも驚くほど上手くいった。
シンカーの本来の握りは中指と薬指で挟む感じだが、俺はフォークの握りで挟んだ。ただ、いつものオーバースローではなく、腕を下げ、サイドスローにして抜くようにて投げ込んだ。
投げ方を変えれば、同じ握りでも球種が増える。そんな単純な発想からだ。
だが、これがそんな簡単なもんじゃなかった。
球を放すポイントが変わるので、コントロールが定まらない。変化も一定せぜ、思ったところにいってくれない。
とにかくネットに向かって投げ続けた。誰もいない朝や、グランドが使えなかった時でも、ぬかるんでいないところにネットを置いて投げ続けてきた。
俺もヘーコたちのことをどうこういえない。秘密特訓ってやつだ。
それにしても、練習でも上手くいってはいなかったのに、まさか、こんなに上手くいくとは。
他のみんなも集まってきてビデオを見ている。
まるで浮かび上がるように、ふわりとした軌道のボールが左バッターの外角へ逃げるように沈んでいっている。
突然、投球フォームを変えたことにも驚いているようだ。
すげぇな、の連発に気恥ずかしくなってくる。だから、「今日は俺の勝ちだからな。後はよろしく」
そう言って、その場を後にした。
負けた者が球拾いやグランド整備といった後片づけをすることになっている。
今日は俺のひとり勝ちだ。
勝ったことはもちろんだが、まだまだ成長できる気がして、胸も足取りも弾んでいた。
部室に着くと、後ろから突然声をかけられた。
「あれ? 君だけ?」
振り向けば、〝話題だった人〟が立っている。




