3番 内野手 鳥山一太
こっちまで、風がくるんじゃないかという勢いで、バットを振り回しているのはヘーコ(鳥山一太)。
呼び名の由来を詳しくは知らないが、中学も同じのたっちゃんがそう呼んでいるので、俺たちもそう呼ぶようになった。
何か静まり返っている状況で、屁をこいたということらしい。屁っこきのヘーコだろうか。本人がそう呼ばれることを嫌がっていないし、好きなように呼んでくれとも言っていた。
とにかく、ウエイトトレーニングが好きな男だ。暇さえあれば、部室にあるバーベルを上げている。
まあ、それはいいとして、あれはやめてほしい。全身鏡を前に上半身裸で素振りをしてやがる。そして、何よりその後のボディビルダーさながらの筋肉ポーズの連打。いい加減にしろ、って感じだ。
そんなやつにはこれでどうだ。
落差の大きなカーブに、バットがうなった。だが、ボールは地面に転がっている。
もうひとつスローカーブ。そして、最後は外角に逃げていくスライダー。
「ふざけんな! 男なら正々堂々真っ向勝負してこいや」
「望むところだ!」
そう言い返し、籠から掴み上げたボールを握る。開いた指に挟むようにして。
フォークボールに対し、思いっ切りバットを振り回し、腰砕けになっている。
なにやら大声でわめいているが、あいつが望む真っ向勝負とやらをする気などない。
今日のフリーバッティングでも、ヘーコはフェンスネット直撃を連発していた。通常サイズの球場だったとしても、柵越え(ホームラン)するような打球もあった。
もちろん、フリーバッティングというのは、打つ感覚やタイミングをつかんでもらうために、打ちやすいところに投げるものだ。当然、他の連中にはそうしている。
だが、こいつの時だけは違う。さすがに変化球は投げないが、へなちょことはいえ、渾身のストレートを投げている。だが、いつも簡単に打ち返されていた。
高校に入ってから初めて野球をやったというやつにだ。
ヘーコは中学の時は帰宅部だったらしいが、初めてあった時から今ほどではないが筋肉野郎だった。
そのことを聞くと、にやりと卑し気な笑みを浮かべて、「いつかに備えて秘密特訓してたからな」
おそらく、やつの家のガレージが怪しいと睨んでいる。シャッターで閉まっていて見えないが、トレーニング器具でもあるんじゃないかと。
それにしても、たっちゃんもヘーコも、こいつらの中学辺りじゃ、秘密練習とやらが流行っているのか。
簡単に2アウトをとり、さらに2ストライクと追い込んでいる。
こんだけ変化球を見せた後なら、へなちょこストレートでも通用するかもしれない。
だが、そんなことを思ったのは一瞬だ。
ふと、こいつの才能はどれほどなんだと思うことがある。入部当時は俺のストレートでもかすりもしなかったのに。
でも、それは恵まれた才能があるからだけじゃない。
俺たちがたまに遊びに行くバッティングセンターがあるのだが、そこが改装中で、少し離れたところにある別のところに行ったことがあった。
じいちゃんと同じくらいの年齢の人がひとりでやっている古くて小さなところだ。バッティングボックスは4つしかなく、後はこじんまりとしたゲームコーナがあるだけだ。
だが、なめたらいかん。4つしかないが、80キロの球速から140キロまで違うスピードのピッチングマシーンになっていた。
★
俺たちが、「どの球速にする?」とわいわいやっていると、おじさんがにこやかな顔で声をかけてきた。
「今日は仲間と一緒かい?」
おじさんの声はヘーコに向かっていたが、何故だか何も答えることなく、顔をそらすようにしてネットの向こうのバッティングボックスへと入っていってしまう。
おじさんは、ヘーコのそんな態度にも、嫌な顔もせず、俺たちに「楽しんでいってよ」と声をかけて去っていった。
思えば、ヘーコは何かと言い訳して、このバッティングセンターに来るのを避けようとしていた。それを無理矢理連れてきた感じだ。
おじさんの、今日は、という言葉が引っかかる。俺たちもヘーコだって初めてのはずだが……。
思わず、4人で顔を見合わせていた。
まあ、それはそうと俺たちも楽しむことに。
それから数日後、夕食前にランニングにでも行こうとした時、ふと思い立って、いつもとは違うコースへと足を向けた。
小さなバッティングセンターに近づくと、打球音が聞こえてくる。
鋭い打球が次々飛んでいく。140キロのストレートが軽々打ち返されている。
バッティングボックスのネット越しに身振り手振りで何やら伝えているおじさんの姿がある。
俺はそのまま止まっていた足を動かした。
いつもより、ランニングに気合が入る。
★
「天才の俺がお前ごとき負けてたまるか」
今日も今日とて、同じようなことを叫んでいる。
あそこのバッティングセンターには変化球を投げるピッチングマシーンはない。だからこそ俺は変化球を投げ続ける。
心のどこかで、いつか打ち返されることを願いながら。
そんな日も近いのかもしれない。
ヘーコが打った球は高くは上がったが、ジュンのグローブにおさまった。
悔しさがあふれる叫びが大空へと飛んでいく。
さあ、最後の難敵に挑むとするか。右肩をぐるりと大きく回した。




