幼馴染
ボクがいる高台のここからは住宅街が見える。そこにある大きな公園には仲間たちの姿も見える。
きっと、この強い風と雨で多くの花びらを舞わせていたことだろう。そうして誰もが次の緑の季節へと進んでいく。
だけど、ボクはまだ進むわけにはいかない。
自分でも理由なんて分からない。でも、進んじゃだめなんだ。まだ花びらを手放すわけにはいかないんだ。
だから、踏ん張り続けた。
絶対に放してたまるか――そんな思いで。
風に乗って、木々の間から声が聞こえてくる。そして、ひとりの少女が姿を現した。
見たことは……ない? いや、なんとなく見覚えが……。
彼女を追いかけるように現れたのは……君?。
そう。君じゃないか。
久しぶり!
もちろん、声など届かないが心の中で声を上げてしまう。
年に一度、いや、最近は何年も会っていなかった。それでも、顔を見れば蘇ってくる。たくさんの思い出が。
彼の背が縮んでいき、顔も幼くなっていく。
よく、ここで缶蹴りしていたよね。ボクの後ろに隠れて、一瞬の隙を狙って、缶を蹴るのが得意だったよね。
それに小学生の頃、サックスの練習をしたりもしてたよね。
そういえば、もっとちっちゃい頃から、ラッパが好きだったもんね。そうそう、おもちゃだから、適当に指を動かしながら、口で歌うように吹いていたっけ。
あの歌なんだったかな?
君のお母さんが好きで、君も大好きだっていってた曲。
ほら、君が吹いて、女の子が歌ってたあれ……。
その時、心がポンッと跳ねた。
今、彼の横にいる彼女が縮んでいく。顔も幼くなっていく。
ボクは知っている。アナタのことを。
曲も思い出したよ。
このお寺の夏祭りで、君がここに遊びに来て吹いたんだよ。それで彼女が、「なんて曲って?」聞いて、それからはお寺のアイツも一緒に3人で歌うようになっていたよね。
アナタがいなくなってしまうその日まで。
溢れてくる思い出に、心が跳ね続けている。
体も揺れて、思わず手放しそうになる。
ボクは慌てて力を込めた。
一枚だって散らしてなるものか。
「ちっちゃいだろ?」
「うん。ちっちゃい。でも、大きくなった」
そんな声が聞こえ、彼女が近づいてくる。そして、彼女の手がボクに触れ、
「君に会えてうれしい」
昔と同じように、優しい手がここにある。
あの頃と変わらぬ温かさが。
ボクの体が震えている。涙のように花びらがこぼれ落ちそうになる。
それでも絶対に手放さない。
今のボクを胸にとどめて置いてもらいたいから。満開に咲くこの姿を。
「久しぶりだね」
ボクを抱きしめ、嬉し気な声をかけてくれる。友達に出会ったかのように。
そう、アイツが言ってくれたんだ。
アイツも君も、そして、アナタも、ボクらは友達だって。大切な大切な幼馴染だって。
ボクから腕をはなした彼女の目が、自分の手へと向かっている。
彼女は君のほうへ向き、両手を後ろにした。
ボクの目の前に見える手が、固く握りしめれれている。その手が、どんどんと……。
「そうだ。えーっと……そう、そう、このお寺の光ちゃんとは――」
そんなことを言う彼女の声も、答える君の声も、ボクには届いてこない。
彼女の……彼女の手が……。
気付けば、君が走りだしている。木々に入る手前で足を止め、手を振っている。
彼女は手を振り返している。その手の向こうに走り去る君が見える。
「さよなら大ちゃん」
そう言った彼女が振り返った。その目には涙が浮かんでいる。
ボクを見つめ、
「よかった。君を見ることができた」
ボクの体に腕を回し、
「ありがとう。がんばってくれたんだね。花を咲かせた君に会えてうれしいよ」
花びらが……落ちてしまう。どんなにこらえても、涙のようにこぼれ落ちてしまう。
彼女は回していた腕をほどき、ボクからはなれていく。
舞い散るボクの涙を見つめる姿がぼんやり薄れていく。
必死に花びらを手放すまいとこらえた。でも、溢れる涙が止まらない。
「バイバイ」
手を振る彼女は花びらに包まれ、その中に溶け込んでいく。




