30/58
君と僕らの桜
「――」
悲しげな顔が何か言葉を刻んだ。声は聞こえなかったが、胸が苦しくなる。なんだかとても切ない。
体が自然と動き出す。駆け寄ると、目の前には唇を噛みしめる姿がある。
「ごめん」
なんで、すぐにここに来なかったんだ。なんで、君が来ることなんてないと思っちまったんだ。なんで……なんで……なんで。
ばかやろう!
自分に向かって怒鳴っていた。
彼女の悲し気な顔がゆがんでいき、「桜が散っちゃう」
彼女の切ない声が胸に染みてくる。
花びらが舞い続けている。
「君達の桜も散っちゃう。見られなくなっちゃう」
震える声ごと彼女を抱きしめた。
「見に行こう。俺達の桜」
顔を上げた彼女に、もうひとつ言葉を送る。
「そして、君の桜を」
「私の……桜」
戸惑ったようにつぶやく彼女の手を掴んで歩き出した。
「俺達の桜を見に行こう! ビワちゃん」
幼稚園の遠足でビワ狩りに行った時、音が似ているから、なんとなくそう呼び始めた名。
いつのまにか馴染み、卒園する時まで呼び続けていた名。
引っ越しのトラックの窓からのぞく泣き顔に叫んだ名。
振り向いた視線の先にゆっくりと微笑みが広がっていく。
「大ちゃん……」つぶくような声。続いた声は弾けた。「行こう! 私達の桜へ!」




