祭りから遡ること1か月半前~4
次の日の朝、僕は職員室へと向かった。
そして、ポンタのところへと足を運んだ。
「俺……サックス吹いてみたいです」
ポンタは机へと視線を落としている。
回覧と赤い印のあるものを適当な感じでペラペラとめくっている。
「じゃあ、昼休みにサックス持って、ちょっと音楽室に来てみて」
回覧を見るのと同じような適当な感じ。
「これ回覧でーす」
僕への用件は終わったとばかりに、自分の判(回覧を見たという印)を押して隣りの先生へ声をかけている。
「あの……」
何か言おうとしたが、何を言ったらいいのか。それにポンタも次の回覧をペラペラめくり始めている。
僕のことより、自分のところで止まってしまっている回覧を処理にすることが大事らしい。
僕はひとつ頭を下げて、その場を後にした。
音楽準備室でポンタは腰かけ、楽譜を眺めながら、菓子パンをくわえている。
とりあえず吹いてみろ、と言われたのでサックスの準備に取りかかった。そして、
「何を吹けば?」
缶コーヒーを口に運んでいるポンタに、そう問いかけると、「とりあえず、それ」と指を差した先、そこには楽譜台がある。
戸惑いつつも言われるがままに、数歩横にある楽譜台へと向かった。
向かいつつも吹けるわけがない。
ただでさえ何年も吹いていないのに、初見でなんて無理!
そう思いで、ちらりと視界に入った文字。
楽譜にあったタイトルに、思わずポンタへと顔を向けていた。
ポンタは何喰わぬ顔で、もうひとつ菓子パンの袋を開けている。
この曲をなんで……。
昨日、河川敷から部屋に戻ってからも、サックスを手にしたまま、なんとなくこの曲に合わせて指を動かしていた。
体に染みついた曲。小学生の時のサックスのソロ大会で吹いたあの曲を。
「ほら、早く早く。こう見えても俺忙しんだから」
食べることに忙しいのか、勢いよくパクついている。
とにかくやってみるしかなさそうだ。
指を動かしてみる。昨日、気付けば何時間も指を動かしつづけていた。そのおかげか、だいぶ思いどおりに動くようになった。後は、思うように吹けるかだ。さすがに家では音をだせていない。
息を吹き込む。
音が割れている。
河川敷で吹いた時のように、じんわり吹き込んで音を安定させながら、ロングトーンを響かせていく。
なんとかなる。
楽譜へと目を落とした。急遽ネットから拾ってきてプリントアウトしたといった感じのA4用紙。
なぜという思いはあるが、今はそれどころではない。
ひとつ大きく深呼吸してから構え直した。そして、音符を追いながら吹き始めた。
音はでている。でも、自分でも分かるくらいぎこちない。
ちらりと視線を上げれば、ポンタは腕を組んで目を閉じている。
向かい合って、こうして吹いていることに、何かが胸の中で揺れている。懐かしさ? 思い出?
僕は視線を楽譜へと戻して吹き続けた。
頭に自然と浮かんでくる光景。
おじさんと僕。2人で無我夢中で練習してきた日々。大変だったけど……やっぱり楽しかった。
指が止まっていた。
気付けば、一曲吹ききっている。楽譜を見ることもなく思うがままに。
視線を前に向けると、ポンタが立ち上がっている。ニヤリと笑って、僕のほうへと向かってくる。でも、何も言わずに横を通り過ぎていく。
振り返れば、戸を開けて準備室から出て行こうとしている。
呼び止めると振り返り、「動画にはまだまだだが、なんとかいけるだろ」と、何度かうなずいて出て行った。
いける? これはサックスでいけるってことだよな。
ポンタはどこか楽し気な笑みを浮かべながら、うなずいていた。
ということは、やっぱり合格ってことだよな――「よっしゃ!」
ところで、動画でなんだ?
あっ! 「あいつか」
思い当るのはただひとつ。
ポンタにサックスをしていたことを言ってはいないとかいって、動画を見せやがったのか。大会のあの動画を。




