祭りから遡ること1か月半前~3
その日の夕方、僕はベッドに寝転がっていた。
久しぶりに(学校で押し付けられるように)手にしたアルトサックス。
もしあの時、息を吹き込んでいたら、音はでただろうか。指を動かすことはできただろうか。
ふと思う。
僕が(小学生の時)放り出したサックスは、どうしたのだろう。また、物置きに戻っただろうか。それとも、もう二度と吹かない、と言ったから、捨ててしまっただろうか。
そんなことを思っていると、小さなノック音が聞こえてきた。
そして、意外な顔が姿を現した。
それより、手にしているものに、胸の中が激しく揺れている。
父ちゃんは、「ちょっと、いいか」と部屋に入ってきて、手にしているものを床に置いた。そして、その横にどかりと、腰を下ろした。
「お前、母さんに弟がいたことは知っているか」
僕は半身起こしながら、あぁ、と答えた。
ばあちゃんの家に行けば、仏壇にじいちゃんと、もう一枚写真があった。制服姿で今の僕と同じ高校生だと聞いていた。
小学校の低学年くらいだったので、あまり詳しくは聞いていないが、事故だということは確かだ。
事故だと聞いて、深く聞くのをやめた気がする。
今でも、ばあちゃんの家に行けば、仏壇の前で手は合わせるが、それだけだ。
「俺も会ったことはないし、話を聞いただけだが、直也くんが亡くなったは、高校3年の夏、お前と同い年だな」
父ちゃんの言葉に小さくうなずいて、話の先を待った。
「直也くんがサックスをやっていたのは知っているか?」
思わず、父ちゃんのほうへと上半身が傾く。
サックスを……。
視線が父ちゃんの横へと向かっていく。
父ちゃんがおもむろに立ち上がった。そして、手ぶらのまま、向きを変えた。
「あの、俺……」
背中へと投げかけた言葉が続かない。自分でも、何を言おうとしているのか、何を言いたいのか、分からない。
父ちゃんは部屋から半分でた状態で振り返り、
「だからといって、別にどうこう言う気はないし、お前の好きにすればいい。誰かのためとか関係なく、もう一度手に取って、お前自身に聞いてみろ」
言葉だけ置いて、そのままでていってしまった。
どうすればいいんだ、どうしろっていうんだ。
僕はベッドから下り、黒いケースの前であぐらをかいた。
何も変わっていない。埃もかぶっていないし、あの時のままだ。
ケースを開けると、アルトサックスがある。その姿に唇をかみしめた。
輝いている。何年も経っているのに。
手にすれば、そのことがはっきりと分かる。毎日のように磨き込まれていたんだと。
母ちゃん……。
そして、今頃になって気付いた。
僕が最初に、サックスを手にした時、母ちゃんは物置きの奥からでてきたと言っていたが、あの時も今と同じように輝いていた。
形見――そんな言葉が、頭をよぎる。
サックスを始めた時のうれしそうな顔、優勝した時の喜んでくれた顔、やめるといった時の悲しそうな顔、全てがつながり、胸に溶け込んでいく。
大切なもの――サックスがずしりと重い。でも、なんだろ。なんだろ……。
指を構えた。
一本、一本沈めていく。
確かな感触。
少しリズムをとって、動かしてみた。
僕は、サックスを握り持つと、一緒にあったストラップをポケットに押し込み、部屋を飛び出した。階段を駆け下り、居間に向かって、「ちょっと、でてくる」
向かったのは河川敷。
人の姿はあるが、気にすることなく、川のほうに向かって、サックスを構えた。そして、息を吹き込んだ。
指も動かす。
強張り、思うように動かない。
一度、ピースから口をはなした。
サックスを見つめ、父ちゃんが言ったように問うてみる――俺はどうしたい?
ポケットからストラップをだした。首にかけ、サックスを下げる。
手をだらりと下げ、何度か拳を握った。そして、大きく深呼吸した。
ピースに口を運び、息を吹き込んで、指を動かす。
固い。
だが、ほぐれていく。ぎこちないのはブランクのせいだ。
大丈夫。吹ける。




