表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
PR
22/58

祭りから遡ること1か月半前~3

 その日の夕方、僕はベッドに寝転がっていた。


 久しぶりに(学校で押し付けられるように)手にしたアルトサックス。

 もしあの時、息を吹き込んでいたら、音はでただろうか。指を動かすことはできただろうか。


 ふと思う。


 僕が(小学生の時)放り出したサックスは、どうしたのだろう。また、物置きに戻っただろうか。それとも、もう二度と吹かない、と言ったから、捨ててしまっただろうか。


 そんなことを思っていると、小さなノック音が聞こえてきた。

 そして、意外な顔が姿を現した。

 それより、手にしているものに、胸の中が激しく揺れている。


 父ちゃんは、「ちょっと、いいか」と部屋に入ってきて、手にしているものを床に置いた。そして、その横にどかりと、腰を下ろした。


「お前、母さんに弟がいたことは知っているか」


 僕は半身起こしながら、あぁ、と答えた。


 ばあちゃんの家に行けば、仏壇にじいちゃんと、もう一枚写真があった。制服姿で今の僕と同じ高校生だと聞いていた。

 小学校の低学年くらいだったので、あまり詳しくは聞いていないが、事故だということは確かだ。

 事故だと聞いて、深く聞くのをやめた気がする。


 今でも、ばあちゃんの家に行けば、仏壇の前で手は合わせるが、それだけだ。


「俺も会ったことはないし、話を聞いただけだが、直也くんが亡くなったは、高校3年の夏、お前と同い年だな」


 父ちゃんの言葉に小さくうなずいて、話の先を待った。


「直也くんがサックスをやっていたのは知っているか?」


 思わず、父ちゃんのほうへと上半身が傾く。

 サックスを……。

 視線が父ちゃんの横へと向かっていく。


 父ちゃんがおもむろに立ち上がった。そして、手ぶらのまま、向きを変えた。


「あの、俺……」


 背中へと投げかけた言葉が続かない。自分でも、何を言おうとしているのか、何を言いたいのか、分からない。


 父ちゃんは部屋から半分でた状態で振り返り、


「だからといって、別にどうこう言う気はないし、お前の好きにすればいい。誰かのためとか関係なく、もう一度手に取って、お前自身に聞いてみろ」


 言葉だけ置いて、そのままでていってしまった。


 どうすればいいんだ、どうしろっていうんだ。


 僕はベッドから下り、黒いケースの前であぐらをかいた。

 何も変わっていない。埃もかぶっていないし、あの時のままだ。

 ケースを開けると、アルトサックスがある。その姿に唇をかみしめた。


 輝いている。何年も経っているのに。


 手にすれば、そのことがはっきりと分かる。毎日のように磨き込まれていたんだと。


 母ちゃん……。


 そして、今頃になって気付いた。

 僕が最初に、サックスを手にした時、母ちゃんは物置きの奥からでてきたと言っていたが、あの時も今と同じように輝いていた。


 形見――そんな言葉が、頭をよぎる。


 サックスを始めた時のうれしそうな顔、優勝した時の喜んでくれた顔、やめるといった時の悲しそうな顔、全てがつながり、胸に溶け込んでいく。


 大切なもの――サックスがずしりと重い。でも、なんだろ。なんだろ……。


 指を構えた。

 一本、一本沈めていく。


 確かな感触。

 少しリズムをとって、動かしてみた。


 僕は、サックスを握り持つと、一緒にあったストラップをポケットに押し込み、部屋を飛び出した。階段を駆け下り、居間に向かって、「ちょっと、でてくる」




 向かったのは河川敷。

 人の姿はあるが、気にすることなく、川のほうに向かって、サックスを構えた。そして、息を吹き込んだ。

 指も動かす。

 強張り、思うように動かない。

 一度、ピースから口をはなした。


 サックスを見つめ、父ちゃんが言ったように問うてみる――俺はどうしたい?




 ポケットからストラップをだした。首にかけ、サックスを下げる。

 手をだらりと下げ、何度か拳を握った。そして、大きく深呼吸した。


 ピースに口を運び、息を吹き込んで、指を動かす。

 固い。

 だが、ほぐれていく。ぎこちないのはブランクのせいだ。


 大丈夫。吹ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ