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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
21/58

祭りから遡ること1か月半前~2

 苦しかったあの時、誰にも話せなかったことを全て話した。もう何年も経っているのに、鮮明に残っている。途中で胸が苦しくなり、何度も言葉が詰まったが、それでも話し続けた。


 光喜は唇をかみしてめている。まるで、怒りを抑え込んでいるように。

 僕はそのまま、あの日のことも話した。




 ★


 いつもと同じランニングコースを、自転車の母ちゃんと走っていた。そして、いつものように神社の前にさしかかった。

 そこに20段ほどの石段があり、それを上がって、手を合わせるのが習慣になっている。


 僕は走ってきた勢いそのままに、上がっていく。母ちゃんは自転車を止めて、後から上がってくることになっている。


 その時、プッという短い音が聞こえてきた。

 7、8段上がったところで振り返ると、赤い軽自動車が止まっている。運転席の窓が開き、近寄った母ちゃんと何やら話し始めた。


 母ちゃんと同い年くらいに見える女性は、知り合いなのだろう。楽し気に話している。


 向きを変えて、足を踏み出そうとした。

 背後から聞こえてきた笑い声。

 ふと思う――笑えていない自分。


 心から笑うとか、そんなんじゃなくて、自然に笑うことさえできていない。母ちゃんや学校の友だちの前では、無理矢理笑顔を作っている自分を思い、胸が苦しくなる。


 もし、僕が大会にでるせいで、みんながでてくれなくなったら……。

 いくつもの悲しむ顔が浮かんでくる。おじさん、先生、がんばって練習してきたみんなだって、きっと……。


 前へと踏み出した足から、無意識のうちに力が抜けていた。


 一段上の石段を足は撫でるように滑り、体が揺れた。後ろに引っ張られるように崩れ、とっさに反転して、左腕をだしていた。


 その辺りのことは、はっきりとは覚えていない。


 ただ、石段を転げ落ちた僕は、左腕の痛みに声を上げていた。




 ★


「結局、左腕の骨折だった」

 僕がそう言うと、光喜は再び唇をかんだ。


「でも、あれでよかったんだよ。ちゃんと、バンドは大会にでれたしね」

「なんだよ、それ。おかしすぎるだろ。大地が怪我ででられないから、そいつらは大会に参加したっていうのか」

「まあ、俺がでると言っても、みんなだってでたかもしれないけどね。あんなの冗談だったかもしれないしね」

「冗談? ふざけるな。そんな冗談、あってたまるか」光喜の語気が強くなっている。「くそっ! そんなてでたって、ろくな成績じゃなかったんだろ?」

「まあね……」

「そいつらだって。思い知ったはずだよ。大地の事故さえなけりゃなって」


 光喜の言葉に、胸が波立っている。


「事故……事故なんかじゃない。俺は逃げたんだよ」


 光喜が目を見開いて見つめてくる。


「さっきも、そんなこと言ったけど、足を滑らせちゃったのは事故だろ。別に逃げたとか、そんなんじゃないだろ」

「事故……かもしれない。でも、心のどこかで、そうなることを願っていたのかもしれない」

「そんな……そんなことは……」

「自分でもよく分からないんだ。でも、逃げたのは確かだ。結局俺は」、笑顔を作って見せ、「その後、やめちまったからな」


 光喜は、かける言葉をさがしているのか、口をつぐんでいる。


「一応、怪我が治ってから、もう一度サックスを吹こうと手にはしたんだけど、指が何だか縮こまって動かなくてさ。きっと、心が逃げちまったんだな」

「いや、そんな……」


 光喜は口ごもっている。そして、視線を落とし、言葉を漏らした。


「ごめんな。俺はほんとバカだよ。小学生の時も、いつも顔を合わせていたのに、なんも気付いてやれなくて。それに、ずっとランニング続けているから、本当はサックスを吹きたいんだと思っちまって、吹奏楽部にも誘っちまって……ほんと、ごめん」


 頭を下げる姿が申し訳ない。光喜の気持ちはちゃんと分かってる。


「ありがとな。光喜のおかげで、吹奏楽部入ってよかったよ。本当は別にトランペットを吹きたかったわけじゃないだろ。俺を吹奏楽部に入れるために、そう言ってくれたんだよな」

 少しおどけた口調でいうと、光喜は、いやあ、言葉を濁した。


 何度も、サックスやれよ、と言われているうちに、もしかしたらとは思っていた。やっぱり、間違いなかったようだ。


「まあ、そうだとしても、トランペットやってよかったよ。楽しいし」

「なら、よかった。実をいうと、ちょっと気になってたんだよね」

「そうなの。それなら、早く言ってよ。気にし損だよ。もう今なんか、普門館へ一直線だからね」

「それは俺も同じ。普門館に向けて叩きまっせ」


 いつもの感じになっていた。

 でも、光喜の言葉は続いてこない。視線が下に落ち、ぼそりとつぶやくように、「俺、ポンタに余計なことを」

「どんなふに言ったかは知らないけど、今日で吹けないことは分かってもらえたと思うよ」


 顔を上げた光喜は、「指……やっぱりダメなのか」

「ごめんな、弱虫くんで。でも、パーカッションなら問題ないし。今はそっちで、めちゃくちゃ燃えているから。だから、そういうことで」


 なっ、と言いながら、笑顔を向けた。

 光喜は、もごもごと口元を動かしている。

 納得はできていないという感じだ。


 でも、ごめん。やっぱり、サックスは吹けないんだ。


 僕は子供じみたことをして見せる。


「普門館に向けて、エイ、エイ、オー!」


 光喜は、くすっと笑い、「ガキか」とつぶやいた。


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