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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
15/58

小学4年――弾まぬリフティング

 健ちゃんが数日、教室を休んでいたので、おじさんにどうしたのか聞いてみると、やめた、と告げられた。

 その理由を聞けば、他にやりたいことが見つかったからという。


 次の日、適当な理由をつけて、いつもより早めに車で教室まで送ってもらった。そして、建物に入っていくふりをして、母ちゃんを見送り、サックスケースを抱えて別方向に走った。


 昔は健ちゃんの家に遊び行くことが何度もあった。場所は分かるし、そんなに遠くもない。



 チャイムを鳴らすと、おばさんがでてきた。


「あら、久しぶりねえ」


 楽し気に続けようとするが、僕はさえぎるように健ちゃんを呼んでもらった。



 階段を下りてきた健ちゃんは、サッカーボールを抱えている。一瞬、僕を見たが視線をそらし、おばさんに、


「ちょっと、練習してくるね」


 靴を履き、行こう、と言ってくる。

 健ちゃんは、そのまま玄関をでていってしまう。あ然とするおばさんに、僕は軽く頭を下げ、後に続いた。

 一拍遅れて、「いってらっしゃい」の声が追いかけてきた。




 近くの公園に着くと、健ちゃんは唐突にリフティングを始めた。でも、数回ですぐ落としてしまう。何度か繰り返すと、「まだまだだな」とボールを抱えた。


 そのボールを見れば、昨日今日買ったという感じで、いかにも真新しい。


 なんて、切り出せばいいか分からない。だから、


「健ちゃんのやりたいことって、それなの?」

「そうそう。実はずっとサッカーがやりたかったんだよね」


 こんな僕にだって分かる。健ちゃんが本気でそう言っていないことが。

 生まれくる静けさ。

 それを埋めるように、健ちゃんは言葉を続けた。


「来週からサッカー教室に通うから、今、練習中なんだよね」


 無理しているよね。無理に明るく言っているんだよね。

 みんなが僕だけじゃなく、健ちゃんにも冷たくなっていたことには気付いていた。


「僕のせいだよね……僕のせいで……」

「えっ? 何が?」健ちゃんは、わざととぼけるように言い、「ただ、サッカーのほうがやりたくなっただけだよ」


 うそだよね。そんなのうそだよね。

 みんなのことだけじゃない。僕のせいで、バンドのメンバーに選ばれるのだって……。


「ごめん。ごめんね」自然と涙がこみ上げてくる。「僕がやめればいいのに」

「何言ってんだよ!」


 強い声が飛んできた。

 健ちゃんの目が潤んでいる。


「大ちゃんは絶対やめちゃだめだ。大ちゃんのサックスは凄いんだ。誰がなんっていっても凄いんだ。だから、胸を張ってればいいんだ」


 健ちゃんは目をぬぐうと、ポンっとボールを手放した。そして、足を振り上げた。

 何度か蹴ると、ボールは大きく跳ね上がり、転がっていった。


 健ちゃんは追いかけていって拾い上げると、振り返り、「大ちゃん、ごめんな」、こくりと頭を下げた。

 そして、頭を上げると笑顔で、


「大ちゃんは負けるな。大ちゃんは」

「健ちゃん……」


 健ちゃんは、「早く行かないと遅刻するぞ」と言うと向きを変え、後ろ手を振って歩きだした。


 その背中に、また涙がこみ上げてくる。

 僕の知らないところでも、いろいろあったのかもしれない。僕に対しても、いろいろな思いがあるだろう。

 僕はどうすればいい。僕は……。


 サックスケースを抱えた。強く握りしめ歩きだした。


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