第二十話 絶対に幸せになる
……「シールド」が破れた瞬間、ゆっくりと大砲が迫ってきた。
動こうにも動けないし、そもそも間に合わない。
すぐに別の魔法を使えなくて、どうしようもない。
「死んだな」と思った。
すると、次々と大好きな人の顔が頭に浮かんでくる。
お父さん、お母さん。
楓、雪奈。
ゆかり、綾花。
かなちゃん、マリリン。
友菜ちゃん、リーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃん。
桜空、桜月。
そして、裕樹。
出逢ってからの大切な思い出や、何気ない日常とともに。
でも、雲のように遠くて、つかめない。
どんどん離れていった気がした。
……ああ、そっか。
わたしは苦笑しながら納得する。
……これは、走馬灯だ。
死ぬ間際に見るって聞いたことがある。
ということは、やっぱり死ぬんだね……。
……。
……嫌。
嫌だよ。
絶対に嫌だ。
もうちょっとで幸せになれるのに。
こんな簡単に手放したくない。
諦めたくない。
みんな信じてくれているのに。
リベカからのバトンのアンカーなのに。
負けるわけにはいかないじゃないか。
どうすればいい?
体は動かない。
魔力も足りない。
――だったら、動けるように、魔力を作れるようにすればいい。
どうやって?
わたしは必死に今までの軌跡をたどる。
勉強したこと、友達との思い出、陸上、魔法。
そのすべて。
すると、ずっとそばにいてくれた、姉であり、母であり、ご先祖様である桜空の話を思い出した。
――「ライジング」。
禁忌とされる魔法で、魔力や身体機能を亢進させることができる。
桜月が何回も使った、火事場の馬鹿力だ。
使ったら、ただでは済まない。
……それでも、死ぬよりはましだ。
生きて帰るんだ。
そう思うと、体の中にある魔力が先ほどよりも使えるようになったことに気付く。
極限な状態がそうさせているのかはわからない。
それでも関係ない。
「絶対に幸せになる」ために、絶対、生きて帰るんだ!
「ライジング!」
その瞬間、体が燃えるように熱くなる。
どんどん魔力が生まれて、体が羽のように軽いのに、どんどん疲れていく。
それでも関係ない。
今は、桜空と桜月とともに、この攻撃を回避しなくては。
「ゲート!」
わたしたちの足元に空間魔法を使った瞬間、景色が変わる。
そして、振り返れば、先ほどまでいた場所から爆発が起こり、轟音が上がった。
※
「……え?」
桜空と桜月が気付いた時には、背後から凄まじい音が聞こえただけだった。
にわかに信じられない。
直前までの攻撃を防ぎきれなかったのだ。
正直、死んだとさえ思っていたのだが、実際には生きている。
まるで夢のようだったが、疲れを感じたことから、現実なのは間違いなかった。
「大丈夫?」
そこに、五月の声がする。
茫然としながら見上げると、凄まじい魔力を感じ、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
しかし、それにかまう余裕はなかった。
「ライジングを使ったの。わたしが一旦ケセフ・ヘレヴを食い止めるから、ご先祖様、桜襲の切り札をお願いします」
「う、うん……」
すっかり腰を抜かしてしまっていたが、言われるがままに桜月は魔力を集める。
それをよそに、五月は体の奥底から、マグマのようにあふれ出る魔力を根こそぎ叩き出した。
「カノン・ブレイカー!!」
すると、先ほどのケセフ・ヘレヴが使った、超新鋭爆発のような威力の数多の大砲が、ケセフ・ヘレヴ目がけて一直線に襲い掛かる。
切り札を使っていないとはいえ、「ライジング」を使っているのだから、まるで切り札のようだと桜空は直感する。
自身も魔力を集め、衝撃に備えた。
そして、五月が放った大砲は、空気を切り裂かんばかりにけたたましい音を立てながら進み。
ケセフ・ヘレヴを飲み込んだ。
その瞬間、光ったかと思うと、まるで火炙りをしたかのような灼熱を感じる。
「ネヴァー・ブレイキング・シールド!」
とっさに桜空は全員を守る空間魔法を使う。
すると、目の前に大きな雲のようなものが広がる。
それは大きすぎて、全体を見ることができない。
あっという間に予め張っておいた結界内を飲み込むが、三人はなんとか無事な状態だ。
しかし、すでに「ネヴァー・ブレイキング・シールド」は軋みを上げていて、先ほどのように破れるかもしれないし、絶対に外に逃がさないように施した結界もついに破れてしまうかもしれない。
「……アウェイキング・オブ・サクラガサネ」
ただ、なにも対策していなかったわけではない。
先ほどから魔力を集めていた桜月が一気に魔力を解き放ち、桜襲の切り札を使った。
それは、全ての病気や傷、疲れ、魔法から回復し、たとえ魔力消費性疲労症になろうと、体がちぎれようと、元通りに回復する。
つまり、魔力の回復にもなるのだ。
他の神器とは一線を画すものだが、神器本体の魔力を大量に使うため、連発はできるが、使える回数に限りがあるのが欠点だ。
いずれにしろ、三人の傷や魔力が元通りに回復する。
五月も「ライジング」や今の「カノン・ブレイカー」のために息が絶え絶えだったが、戦闘前のような体調に戻った。
ただ、そのためなのかはわからないが、体の中で燃え上がるように生まれていた魔力が、落ち着いている。
どうやら、「ライジング」の効果が切れたようだ。
それでも、今は三人で協力して、この衝撃波を乗り切らないといけない。
それほどすさまじい威力だった。
桜月と五月も魔力を「ネヴァー・ブレイキング・シールド」に集め、落ち着くまで耐える。
それに、守りの外が見えない状態なのだ。
もし外に出られたとしても、いくら「アナライズ」を使っているとはいえ、危険だ。
不意打ちされたらひとたまりもない。
しかし、その心配とは裏腹に、静寂が保たれたまま。
先ほどの魔法でケセフ・ヘレヴが破壊されたのだろうか。
一瞬そんな希望が頭に浮かぶが、すぐに打ち消す。
その前の魔法でも、これには及ばないものの、強力な魔法を何発も食らわせたのだ。
それでもこちらが追い込まれたのだから、なにがあるかわからない。
今は警戒しつつ、晴れるのを待つ時だ。
「……今のうちに確認します。魔力は大丈夫ですか?」
その隙に桜空が尋ねる。
魔力が足りなくては、大きな隙を生んでしまう。
「……今の防御で少し使っちゃいましたね」
「なら、今のうちに回復した方がいいね。……アウェイキング・オブ・サクラガサネ」
今の防御の魔法で、少なからず魔力を使ってしまっている。
それが命取りになってしまうかもしれない。
だからこそ、桜月は迷わず切り札を使った。
その途端、体が軽くなり、魔力も戻った。
しかし、問題がある。
桜襲の切り札は、他の神器よりもはるかに多くの魔力を自力で賄う。
そのため、神器本体の魔力がなくなりかねない。
そうなると、もう魔法が使えない、ただの服になってしまう。
その懸念があったので、桜空は桜月に尋ねた。
「桜月、あとどれくらい桜襲はもちそうですか?」
「……たぶん、あと一回です。何しろ切り札ですから、莫大な魔力が必要になります。いくら神器とはいえ、使える魔力量には限りがありますから。それで、桜襲にためられていた魔力量から考えると、あと一回程度の切り札の使用で駄目になってしまいます」
「……ということは、もう手段を選べませんね」
顔を曇らせながら答えた桜月の言葉を聞いて、桜空は迷いを振り切ったかのように顔を上げた。
「五月。私たちが隙を作りますから、今度は、『ライジング』とカノンの切り札の合成魔法を使ってください。……できますか?」
もはや、なりふり構っていられない。
体を壊してしまう魔法を合成魔法にするのだから、どうなるかわからない。
それでも、そうしなければ、後悔するかもしれない。
その覚悟はあるのかと、桜空は目で語っているように思えた。
ただ、もはやそれは愚問だ。
五月は決めたのだ。
リベカの願いを叶えるのだと。
全てを終わらせるのだと。
絶対に幸せになるのだと。
そのために全力を尽くさなければならない。
だからこそ、五月には首を縦に振る以外の選択肢はなかった。
「もちろん。もし、桜襲の切り札が使えなかったとしても、ね」
「……わかりました」
一瞬、桜空は顔をゆがめるが、すぐに元通りになる。
やはり、怖いのだ。
五月が帰ってこないかもしれない。
それでも、今ここで全力を尽くさないわけにはいかない。
「……衝撃波が」
桜月がつぶやく。
それは、五月と桜空も感じていた。
ようやく、先ほどの爆風が収まってきたのだ。
これで破壊できていればそれ以上のことはない。
ただ、相手は神の力を誇る神器だ。
簡単には消すことはできないはずだ。
現に、煙が収まってきたのだが、中に浮かぶ影が一つ。
少しずつ晴れていき、その姿が露になる。
銀色の刀身、赤色の柄、黒の勾玉。
「……やっぱりまだ駄目、ですか」
思わず桜空は歯ぎしりする。
それは、間違いなくケセフ・ヘレヴの姿だった。
まだ、破壊できていない。
あれほどの威力だったのに破壊できないのは、さすが神の力といったところか。
それでも、こちらには神の力を誇る器が、三つもあるのだ。
負けるわけにはいかない。
大切な人たちの想いもあるのだから。
「さあ! 決着をつけよう! これが、最後だよ!!」
「はい!!」
五月たちは魔力を集め、飛び出していった。
次回、第二十一話「魔女の約束」。明日投稿になります。お楽しみに。