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九話 愛してる

『天のグループが存在する。あるグループは一つの顔を持ち、あるグループは二つの顔を、またあるグループは三つの顔を持つ。

 しかし、実は隠された小さな顔を持つグループも存在する。

 隠された小さきを()()。小さき四天王を。さすれば答えが()()であろう。

 ※答えが分かればパートナーに伝えること。Good Luck』


 (かなう)熊野実(くまのみ)と向かい合って、中庭に立っている。他の生徒はいない。

 春の日差しが二人を照らしてくれている。爽やかな風も吹き、気持ちのいい陽気だ。これ以上のシチュエーションはない。


「焦らして悪かった。暗号の答えを教える」


 不安な気持ちはあるが、後戻りはできない。


「天のグループの天は、英語のtenだ。つまり十のグループになる」

「最後にある『Good Luck』は、英語ってヒントなの? 分かりにくいよ」

「分かりにくいな。あいつらも素人だし仕方ない。さて、十のグループで思い浮かべるものはないか? 昨日の俺が散々言ってたが」

「……ひらがなの五十音?」

「正解。あ行から、わ行までだ。五十音って部分が解ければ、残りは難しくない」


 一つの顔、二つの顔、三つの顔。直音、濁音、半濁音だ。

 あ行は直音のみなので一つの顔、か行は濁音があるので二つの顔、は行は濁音と半濁音があるので三つの顔、といった具合に。


「隠された小さな顔は、小さい文字だ。小文字とか捨て仮名とか言うんだっけ?」

「ああ、小さな『つ』とか!」

「隠された小さきを見よ。小さき四天王を。四天王は、昨日も言ってたように暗号研究部の四人だ。四人の名前に隠された小さきってなると?」


 熊野実紅羽、世羅亜子、小坂望、久我玲兎。

 ひらがなにすれば、くまのみくれは、せらあこ、こさかのぞみ、くがれいと。

 これらの中に、小文字はない。だから「隠された」だ。

 小文字になり得る文字を考えればいい。「ぁぃぅぇぉっゃゅょゎ」の十文字だ。


「あれ? 『ヵ』と『ヶ』もなかった?」

「その二つは特殊だし、抜きってことじゃないか? 十のグループは、五十音のグループ以外に十文字の小文字を意味しているとも考えられるが、ぶっちゃけ俺もよく分からん。世羅たちが勘違いしてる可能性もあるしな」


 一ヶ月や一ヵ月と使われるが、ひらがなとみなしていいものかどうか。


「そんなのでいいの? 暗号になってないような」

「いいんだよ。これは、本番で使うための暗号じゃない。俺たちのために用意された暗号だ」

「私たちのため? よく分かんないけど納得しておく。小さな文字になれるひらがななら、世羅亜子の『あ』と、久我玲兎の『い』だね」

「ここでもうひとひねりする。傍点がついていて、いかにも重要ですよって主張してる『見よ』と『照る』。『見よ』を英語にして『see』、『照る』はそのまま」


 あいsee照る。

 愛してる。


 世羅たちは、叶と熊野実のどちらかに告白をさせようとしたのだ。

 とんでもなく回りくどいし、お節介だ。暗号もいまいち分かりにくい。

 だが、友人たちの心遣いを感じる。

 さらに、今日追加してもらった前半の暗号、「小坂叶は、熊野実紅羽を」と合わせれば。


「小坂叶は、熊野実紅羽を愛してる」


 ずっと言いたかった言葉。勇気がなくて言えなかった言葉を告げた。

 何を言われているか分からないという表情になっている熊野実のために、もう少し捕捉しておく。


「言っとくが、暗号の答えってだけじゃないぞ。俺の素直な気持ちだ。俺は熊野実が好きだ。去年からずっと好きだった」

「え……と……こ、告白? 私に?」

「告白だ。返事を聞かせてもらえないか?」

「ま、待ってよ! 心の準備ができてない! 何これ何これ? ドッキリ? みんなが仕組んだの? どこかに隠れてて、ビデオカメラとか回してる?」


 疑心暗鬼に陥ったのか、中庭をグルグル見回している。

 さすがに、隠れて見ているような真似はしていないだろう。変態が二人いるが、決して悪趣味ではない。


「昨日は世羅たちが仕組んでたな。俺か熊野実が暗号を解けば、告白する形になってた。俺は解けたが告白できなかったから、今日改めて頼んだんだ。前半を追加してもらって、今度こそ告白しようって」

「ドッキリじゃない……の?」

「俺の素直な気持ちだって言ったろ。小坂叶は、熊野実紅羽を愛してる」


 何度も言い聞かせれば、熊野実もようやく呑み込めてきたようだ。


「も、もう一回。もう一回、聞かせて」

「俺も恥ずかしいんだが」

「お願い、小坂君」

「小坂叶は、熊野実紅羽を愛してる」

「熊野実紅羽も、小坂叶を愛してます」

「……告白の返事って受け取っても?」

「いいよ」


 叶から告白しておいてなんだが、こうもあっさりとオッケーしてもらえるとは思わなかった。

 信じられなくて呆然としてしまう。夢を見ているみたいな気持だった。


「ねえ、小坂君はいつから私を好きだったの?」


 熊野実に聞かれて、ようやく現実に戻ってくる。


「入学後、割とすぐに。クラスで一番可愛いと思ってた。一番好みだった」

「亜子ちゃんがいたのに?」

「世羅も確かに美人だが、俺の好みは熊野実なんだよ」

「そっか、小さい女の子が好きなんだっけ」

「その言い方は誤解を与えるって。ロリコンじゃないぞ。断じて違うぞ。あと、好きになったきっかけは外見だが、話してて楽しかったから余計に好きになったのもあってだな」


 ロリコンだとは思われたくないし、小柄な女子なら誰でもいいとも思われたくない。あくまでも熊野実だから好きなのだと伝えたかったが、妙に言い訳臭くなってしまった。


「小坂君は、私を好きじゃないのかと思ってたよ。部活に入ってくれなかったし。私ね、亜子ちゃんが小坂君を誘うって聞いたから暗号研究部に入ったんだよ。それなのに、肝心の小坂君がいないんだもん」

「久我が目当てじゃなくて?」

「なんで久我君が出てくるの?」

「あいつ、イケメンだしさ。部活に入って、久我と勝負したくなかった。熊野実が久我を好きになっていく様子を、傍で眺めるだけになるのは嫌だった」

「好きにならないよ。久我君には亜子ちゃんがいるよね」

「恋人がいようと、好きになる時は好きになると思うが」


 倫理に反することは理解していても、感情は簡単に割り切れるものではない。

 現に、久我はちょくちょく女子から告白されている。しかも可愛い子ばかりだ。

 世羅という美人と久我を取り合おうとするのだから、自分に自信のある人間でなければ告白もできないのだろう。


「私が久我君を好きにならないように、小坂君……叶君が私を捕まえておいてくれるんだよね?」

「い、一応は」

「頼りないなあ。自信持って『誰にも渡さん!』って言って欲しいのに」

「善処する」

「やっぱり頼りない。叶君らしいけどね。でも、告白してくれて嬉しかったよ」

「癪だが世羅たちのおかげだ。お膳立てをしてくれなかったら、告白もできなかった」

「部室に行こっか。みんなにお礼言わないと」


 熊野実が叶の手を取り、指を絡め合う。いわゆる恋人つなぎをする。

 無事に告白が成功した二人は、友人たちが待つ部室へと向かうのだった。

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