十話 最後の暗号
叶と熊野実は、暗号研究部の部室に入る。恋人つなぎをしたままで。
友人たちにも当然気付かれたので報告する。
「えー……俺と熊野実は、付き合うことになった」
「叶君と付き合うの! みんな、色々ありがとう!」
世羅と久我はまだしも、妹の望にまで報告するのは恥ずかしかったが、協力してくれたのだし無下にはできない。
報告を済ませれば、三人から祝福してもらえた。
「やっとうまくいったわね。一年近くもモタモタしてくれちゃって。お互いに好きなのは見ていれば分かるから、じれったかったわよ」
「俺はそこまで分かりやすかったか?」
「自覚なかったの? 紅羽と話す時だけ、声が凄く優しくなるのよ。ねえ」
世羅が話を振れば、久我も望も頷いていた。バレバレだったらしい。
「兄さんも分かりやすいし、熊野実先輩も分かりやすいんですよね。私が兄さんの話をしたら食いつきよかったですから」
「望ちゃんがブラコンだから、叶君の話をしてたのかと思った」
「熊野実先輩のためです。お二人とも、おめでとうございます」
「僕たちも一安心だ。この際、小坂君も暗号研究部に入部すれば? 熊野実さんと一緒にいられるよ」
「考えておく。つうか、久我。熊野実の呼び方」
久我は「紅羽さん」と呼んでいたはずだ。親しい女子は下の名前で呼ぶので、これもモテる一因かもしれない。
誰にでもできるかというと違い、イケメン限定だが。
「小坂君に悪いから、今後は『熊野実さん』にしようかなって。逆に、小坂君はいつまで『熊野実さん』なの? 下の名前で呼びなよ」
「紅羽は『叶君』になっていたわよね。どこまでヘタれれば気が済むのかしら」
「いいだろ。俺たちは俺たちのペースでやっていくんだ」
「そのペースに任せていたら、いつまでたっても進展しないからこそ、今回は私たちが一肌脱いだのよ。自覚ある?」
世羅に痛いところを突かれてしまった。
それでも、下の名前で呼ぶのは気恥ずかしい。熊野実は期待のこもった眼差しを向けてくるが、人目もあるし無理だ。
「しょうがないわねえ。望ちゃん、例の物を」
「了解です、部長」
世羅に言われ、望は一枚の紙を叶に渡す。
「テストは終わったけど、これが最後の暗号ね。解いてみて」
紙にはこう書かれている。
『ラブラブアンブレラをしよう 紅羽右、叶左』
相合傘と言いたいのだろうか。相合と愛々をかけているのだ。
文章の下には相合傘の絵も描かれている。ただし、名前は記載されていない。
「これ考えたの、久我か?」
「よく分かったね」
「いつもの親父ギャグだからな。んで、どこが暗号なんだよ。熊野実の名前を右に書いて、俺の名前を左に書けと?」
「答えを言っちゃつまらないし、小坂君たちで考えて。僕たちは帰るよ」
「兄さんが大人になっちゃうんだね。妹として応援するから」
「○○○○ついてるなら、思い切ってヤりなさい!」
世羅は本日も下品であった。いくら美人でもこれはない。
三人が帰宅し、暗号研究部の部室では恋人になりたての二人だけになる。
世羅はああ言っていたが、いきなり変な真似をする気はない。熊野実と一緒に暗号を解く。
「名前、書いてみるか?」
「うん! 左が叶君だよね。小坂叶っと」
一文字一文字を丁寧に、想いを込めるように書き込んでくれた。丸っこい字で「小坂叶」の三文字を。
字が綺麗とか汚いとかではなく、丁寧に書いてくれたところに熊野実の気持ちを感じられる。
「じゃあ俺は、熊野実紅羽」
叶も熊野実の名前を書き込んだ。
相合傘の下に二人分の名前がある。これはこれで嬉しいが、暗号の答えにはなっていない。
「名前を書いたらどうなるってんだ? 熊野実、分かるか?」
「全然。ヒントが少な過ぎるよ」
熊野実の言う通り、あまりにもヒントが少ない。
これまでの経緯を考えると、世羅たちの言葉がヒントになるのだろうか。
暗号を渡されたのは、下の名前で呼ぶかどうかという話の時だ。
「下の名前を書けばいい? 叶と紅羽?」
「まだ分からないよ。下の名前でどうなるの?」
「俺たちの名前に限定してるんだし、他の奴らじゃダメなんだろ」
「私たちのためだけに作ってくれたんだね。みんな優しい」
「紅羽右、叶左……ん?」
二人の名前を眺めていて、気付いた。
ラブラブアンブレラをしよう。そして、望や世羅のあのセリフ。
「ア……」
「あって何?」
「な、なんでもない」
叶は「アホか!」と叫びそうになったが、ギリギリでこらえた。
熊野実に言えるわけがない。考えたのが久我だとはいえ、軽蔑されてしまう。
これは酷い。酷過ぎる。
紅羽の紅の文字。この右にあるのは「エ」だ。さらに、叶の左は「ロ」である。
合わせると「エロ」だ。ラブラブでエロい行為でもしろと言いたいのだ。
感謝していたが一瞬で台無しになった。暗号にもなっていないし、こんな物を暗号と言い張った日には苦情が殺到してしまう。
止めなかった望も同罪だ。変態二人に常識人二人の部活ではない。変態三人に常識人一人の部活である。
唯一の常識人にして叶の好きな人、熊野実紅羽を変態に染めてはいけない。気持ちを新たにするのだった。
「こんな暗号は無視しよう。考えるだけ時間の無駄だ」
「でも気になるよ。答えはなんだろうね」
「気にしなくていいって。俺たちの名前が相合傘の下にあるし、これでいいじゃないか。俺と……紅羽の名前が」
暗号の話題から逸らしたくて、熊野実を下の名前で呼んだ。
もしもこれを狙ったのだとすれば、あの三人は凄い。ただの変態である可能性が大だが。
「紅羽かあ。いいねいいね。もっと呼んで」
「これからもよろしく、紅羽」
変態的な暗号は置いておくとしても、二人の関係に偽りはない。
せっかくのゴールデンウィークだし、二人でデートでもしようか。叶は楽しい想像を膨らませるのだった。




