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記憶の売人


「そう言えば……」


 サンと屋上で昼食を取り終え、今後の予定などを決めていたときのこと。

 ふと、脳裏に組織の仕事のことが過ぎる。

 そう言えば、こちらでも情報収集はしておけと、言われているんだった。

 学生しか知らないこと、わからないこともあるらしい。

 生憎と、俺はそう言うのに疎いが。


「なぁ、サン」

「なんですか? 先輩」

「記憶の売人って知ってるか?」


 記憶の売人。

 今回の仕事とは、そいつを生け捕りにすることだ。


「記憶の売人……あぁ、あの噂のことですかー。誰かから抜き取った記憶を、別の人に売っちゃうって言う」

「そう、それ」


 記憶を強奪し、それに値をつけ、人に売る。

 記憶とは個人が有する最大の財産だ。その価値は計り知れない。

 趣味、思考、感情、過去、秘密。

 特に秘密は決して誰にも明かしてはならないもの。そして誰もが知りたいと思うもの。

 記憶の売人は、それらの一切合切を強奪し、白日の下にさらし、他人に売りつけている。

 いまは小遣い稼ぎ程度のことしかしていない。

 けれど、もし記憶の悪用がより酷くなった場合、取り返しのつかないことになりかねない。

 それを未然に阻止するためにも、組織は動いているらしい。


「あっ、もしかしてさっきの冗談はこれのことですか? 気がついたら強くなってたって」

「うん? あ、あぁ、まぁな。達人の記憶でも入れれば強くなれるってな」


 意図せず話がかみ合ってしまった。

 まぁ、それはそれで都合がいい。

 訂正はしないでおこう。


「もう、わかりにくいですよー。でも、記憶の売人ですか。クラスの何人かは、実際に利用してたみたいですよ」

「本当か?」

「はい。なんでもそれで試験の解答がわかってた、とか。誰かと誰かが実は付き合ってた、とか。どこどこの誰それの趣味がヤバい、とか」

「随分とまぁ、平和な活用法だな」


 利用者が全員、そう言った大したことない活用をしてくれればいいのだがな。

 被害者にしてみれば、堪ったモノではないのだろうけれど。


「じゃあ、売人の居場所とかもわかるのか? 話じゃあ、毎日ころころ場所を変えているみたいだけれど」


 だからこそ、組織でも未だに足取りが掴めていない。

 いつどこで記憶を売っているのか。

 それが突き止められれば、ぐっと事態が進展する。


「それですけど。記憶を買った人しか知らないみたいなんですよ。いつの間にか、この日はここだなって、わかるみたいです。たぶん、買った記憶にこっそり日付を混ぜてるんじゃないかって噂です」

「なるほど。巧妙だな」


 情報の拡散を最小限に止めつつ、利用者の周囲にいる者を取り込める。

 そうして敵対組織に居場所がバレないように顧客を増やしている訳だ。

 どうやらこれから相手取るのは、かなり狡猾な奴らしい。


「なら、結局のところ居場所はわからないわけか」

「いえ。私、知ってますよ。次にどこに現れるのか」

「マジで?」

「マジです」


 そう言えば、クラスに利用者が何人かいたと言っていた。

 その生徒から情報を得たのだろう。

 まさか、こんな近くに手がかりを握る者がいたとは。


「それはどこなんだ?」

「……教えてもいいですけど。それを知ってどうするんですか?」

「それは……」


 そうか、そうだよな。

 知るには、知りたい理由がいる。

 本当のことは話せないし、どうするか。


「……それはさ。そこを避けるためだ。記憶の売人なんて明らかにヤバい奴だろ? 近づいたら記憶を抜かれちまうかも知れない。だから、その日はそこに近づかないようにしようと思って」

「あぁ、そう言うことですか」


 言い訳は、成功した。

 納得してくれたようで、そこに疑心はない。


「私、てっきり先輩も利用しようとしてるのかと」

「するかよ、そんなもの。他人の記憶を頭に入れるなんて、気味が悪くてしようがない」

「私もそう思って、誘われたけど断ったんです。一緒ですね」


 自分の中に他人がいる。

 自分ではない記憶がある。

 それはとても気味が悪くて、実際、便利なのだろうけれど利用したいとは、これっぽっちも思わない。

 ただでさえ、自分のものではない剣技や魔術に振り回されているというのに。


「じゃあ、教えますね。えーっと、たしか――」


 こうしてサンから売人の出現位置とその日付を聞いた。

 その情報を抱えて放課後を迎えた俺は、真っ直ぐにミズキの元へと向かう。

 集合地点は、あの周りの景観から浮いた日本屋敷だ。たどり着くと敷居をまたぎ、とある一室でミズキと合流した。


「よう、お疲れさん。いまちょうど売人の居場所を絞ってたところなんだ。候補が三つあってさ」


 そう話すミズキの机上にはこの街の地図があった。

 複雑に入り組んだ迷路のようなそれに、チェスの駒のような置物が三つある。

 その地点が候補となる場所なのだろう。

 近づいて確認してみると、情報と合致するものがあった。


「どれもこれも捨てがたいんだ。コクトはどう思う?」

「これだよ。ここに売人は現れる」


 そう言うと、ミズキは不思議そうな顔をした。


「言い切るってことは、根拠があるのか?」

「後輩から聞いたんだ。今からその話をするよ」


 机を挟んで向かい合うようにして座布団に腰掛ける。

 そうして得られた情報を、ミズキにすべて話した。


「――なるほど。大手柄だ、コクト。これで居場所が絞り込めた」


 ミズキは駒を二つ取り除いた。

 残った駒の下にあるのは、学校近くの工業区域。

 稼働しているものもあれば、廃棄されたものもある。この場所は人目に付かず、人気もない。身を隠すには、後ろめたいことをするには、打って付けの場所だ。


「まさか、こうもあっさり特定できるとはな。びっくりだ」

「まぁ、今回はたまたまだよ。それに俺とミズキじゃ、調べ方の難易度がまったく違う。警戒されながら探ってたようなものだろ? ミズキは。対してこっちは無警戒もいいところだ」

「まぁ、裏から探るのと、表から探るのとでは、全然違うのは事実だけど。それでも手柄は手柄だ。こういうのは偶然でもなんでも、素直に喜んでおくものだぜ?」

「そうか。なら、そうしようかな」


 褒められたり、認められたり、頼りにされたり、そう言う経験が乏しいせいか。どうにも手柄だとか、そう言うものに謙遜してしまうきらいがある。

 まぁ、実際それらのほとんどは身に宿った剣技や魔術によるものだから、素直に喜べないところはある。

 けれど、これくらいのことなら喜んでもいいかも知れない。

 情報を聞き出したという、その一点だけは自分を褒めてもいいのかも知れない。


「よし。じゃあ、作戦会議をしよう。売人は狡猾な奴だ。襲撃に対する何かしらの防衛手段を常に持っているはずだ。真正面から挑んでも逃げられるのが落ち。だから、なにか策を講じる必要がある」

「そうだな……人数を用意して取り囲むとか?」

「いい案だが、生憎とそれに割ける人材はない。基本的に私とコクトだけだからな。この件に関与しているのは。組織の奴らも忙しい奴ばかりだし、援軍は期待できないと思ってくれ」

「二人だけで、か。そうなると色々と限られてくるな」


 組織が受けている仕事は、当然ながら一つではない。

 いくつもの仕事を平行して受けている。どれか一つを特別扱いして助力することは、基本的にしないのだろう。というか、忙しくて出来ないのだ。

 基本的に少人数でことにあたる以上、人数に頼った戦術は使えない。


「なら――」


 そうしてああでもない、こうでもないと策を講じていく。

 いくつか挙がった候補の中から、もっとも成功確率が高そうなものを選らび抜く。

 まぁ、結局はありがちな方法に頼ることになったのだけれど。

 そうして作戦も決まり、作戦決行の時がくる。

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