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組織とエルフ


 アライブとの戦闘の際に助言をくれた少女、ミズキ。

 今日は使い魔を連れていないのか、雛の姿は見えなかった。


「よう、ミズキ……あー、やったのは俺じゃないからな?」


 この屍山血河の惨状をまえに、刀を携えた奴がいる。

 このシチュエーションは非常に不味い。

 あらぬ誤解を招いてしまっても、しようがないことだ。

 けれど、その心配は杞憂に終わる。


「知ってる。薄紅だろ? やったのは」

「薄紅?」

「あぁ、悪い。着物の女だよ、桜色のさ」


 それは紛れもなく、先ほど戦った彼女のことを指していた。


「知っているのか? あの女を」

「あぁ、いま私が追っている奴だよ。まぁ、見事に逃げられちまったけどな」


 あのとき、薄紅がここを離れたのは、ミズキの接近に気がついたからか。

 一対一でも俺が優勢になれていた。二対一では敵わないと思ったのだろう。

 もしくは乱戦になるのを避けたかったか。

 まぁ、いずれにせよ後の祭りだ。

 逃げた理由を知ったところで、どうにもならないか。


「追ってるってことは、それなりに知っているのか? 薄紅のこと」

「うん? まぁ、そりゃあ、それなりには?」

「それって口外していい奴か?」

「……ふーん、気になるのか。薄紅のこと」

「気になるって言うか。もう一度、会わないといけないんだよ」


 会って、問い質して、真実を知る。

 それが当面の目標で、達成には情報が不可欠だ。

 俺は薄紅という名前と、その剣技しか知らない。

 それ以外には、なにも彼女についての知識がない。

 このままでは目標達成など夢のまた夢。

 だから、聞き出さなければならない、ミズキから、薄紅の情報を。


「ふむ。考えてもいい」

「ほんとか?」

「その代わり」


 そう言ってミズキは問う。


「理由次第だ。どう言うつもりで、なんのために情報が必要なのか。包み隠さず、嘘偽りなく、正直に話せ。それで話してもいいと私が思ったら、情報を提供してやるよ」


 嘘偽りなく、正直に。

 話していいものか。話したところで、信じてもらえるだろうか。

 真実を偽りだと判断されかねない。なら、あえて嘘をつくか。嘘をついて、偽って、真実のように見せかけるか。

 いや、無理だ。

 前々からこの時のために入念な準備をしていたのならともかく、この即興でそんな上手い言い訳が見つかるとは思えない。

 それにミズキはすでに俺が話すことへの疑心を抱いている。

 嘘を話す可能性があると承知した者に、薄っぺらな嘘は通じないだろう。

 それで薄紅の情報を逃すのだけは、避けなければならない。

 結局のところ、俺は真実を話すしかないのだ。

 包み隠さず、嘘偽りなく、正直に。


「――実は」


 話をした。

 これまでに起こった一連の不可思議を。

 この特異な街ですら、荒唐無稽だと思えてしまう事実を明かした。


「――にわかには信じがたい話だな」

「だと思った」


 反応は予想通りだった。


「けれど。到底、信じられるような話じゃあなかったけれど。あんたに嘘をついている様子はなかった。すこしもだ。だから、私は私の感を信じることにする」

「つまり?」

「ついて来なよ。歩きながら話をしよう。仏の側は居心地が悪い」


 それは情報提供への協力を意味していた。


「違いないな」


 先に歩き出したミズキの背中を追うようにして、この場を後にする。


「まず薄紅は危険人物だってことを先に言っておく」

「あぁ、その辺は理解してる。一度、刃を交えているしな」


 なにかを殺すということに、一切の躊躇がない。

 その剣技に揺らぎはなく、迷いもなく、乱れすらもない。

 徹頭徹尾、相手を殺すことだけを突き詰めた剣技。その性質ゆえに薄紅は、剣技で劣りながらも、俺との打ち合いにああも食らい付いてこれた。

 執拗で、執念深い、念の宿った剣だった。

 そう言う意味では、俺が身に宿した空虚な剣とは真逆なのかも知れない。


「奴が現れたのはつい最近だが、登場は派手だった」

「派手?」

「とある金持ちが子飼いにしてる自慢の傭兵を三桁ほど斬り殺したんだよ。刀一振りで、驚くほど鮮やかに、皆殺しにした」

「そいつはまた」


 三桁もの傭兵をか。

 いったいどう言うことが起これば、そんな事態に発展するのだろうか。


「面目を潰された金持ちは、顔を真っ赤にして薄紅に賞金をかけたんだ」

「どれくらい?」

「揺り籠から墓場までを遊んで暮らせるくらいの額――を七倍したくらいだよ」

「札束に殺されそうな額だな」


 下敷きになった圧殺されるだろうな。


「そんなもんだから、みんな薄紅狩りに躍起になってる。私らみたいな組織に依頼までしたさ。これが私が薄紅を追っていた理由な」

「なるほど」


 思っていたよりも重大な人物だった。

 そんな中に入り込んで、薄紅を追わなくちゃあならないのか。

 それも誰かに殺されないうちに。

 まぁ、あの薄紅がそうやすやすと殺されるとは思えないが。


「ほかには?」

「ない」


 ない?


「期待させておいて悪いが、私たちもわかっているのはこれくらいだ。実際、なんで薄紅が傭兵を三桁も殺したのか、とか。たったそれしきのことで、なぜ不釣り合いなほど多額の金を用意したのか、とか。なにももわかってない」


 わかっていない。


「金に目が眩んだ連中は、そんなことなんて気にも止めないからな。今回の依頼主だってそうだ。必要最低限の情報しか教えてくれなかった。いや、知らなかったのか」

「……そうか」


 結局、薄紅については、なにもわからないままか。

 やはり、直接会って話すしかない。

 今回は、競争相手がいるという事実が知れただけでも収穫だ。

 ことを予想以上にはやく進める必要が出てきたし、うだうだしている時間はない。


「薄紅を捜したいか? コクト」

「あぁ。是が非でも見つけ出したい」

「そうか。なら、いい案があるぜ?」

「いい案?」


 ミズキは、そして振り返り、視線を合わせる。


「うちの組織に来い、コクト。そうすれば薄紅の情報だって手に入りやすいだろ?」


 組織の一員になる。

 それが薄紅にたどり着く、いい案。


「まてまて。組織って言ったって、いったいなんの組織だよ」


 一括りに組織と言ってもいろいろある。

 非合法、非人道、非倫理を煮詰めたような組織だって、この街では珍しくない。

 薄紅の情報を得たいのはたしかだけれど。だからと言って、そんな組織に身を置くつもりはない。


「そう言えば話してなかったか。まぁ、この街に特化した何でも屋だよ。護衛。討伐。採集。人捜し。なんでも御座れだ。薄紅と打ち合って、かすり傷一つないあんただ。腕っぷしには文句なし。どうだ?」


 一応、比較的まともな組織ではあるみたいだ。

 あくまでもこの街に限っての話ではあるけれど。


「……俺がここで頷いたとして、そう簡単に入れるものじゃあないだろ。組織って」

「なら、会ってみるか? ボスに」

「会うって、今からか?」

「あぁ、ちょうどそこにいるからな」


 ミズキが指さした方向には、立派な日本屋敷があった。

 明らかに街の景観から浮いた、異様な建造物。

 なぜ、場違いも良いところな建物が、こんなところに。


「ここが私たちの拠点だ。ボスがエルフでさ、周りに木がないと落ち着かないんだって」

「だから、木造建築の日本屋敷に? それにしたって」


 組織の拠点とは思えないほど目立っている。

 悪目立ちしている。

 ショートケーキにトマトが乗ってるくらい、違和感がある。

 いいのか? それで。


「――というか、立ち止まったのが、これの目の前ってことは」

「あぁ、もともと勧誘する気まんまんだった。はやくしないと余所に取られると思ってさ」

「まんまと誘導されてきたって訳か」


 意外としたたかな女だった。

 まぁ、ここまでされて、帰るわけにもいかない。


「わかった。連れて行ってくれ、そのボスのエルフのところに」


 そう言って、俺たちは日本屋敷へと足を踏み入れる。

 敷地内には古めかしい景色が広がり、庭には鯉が泳ぐ池がある。

 立派な松も立っていて、岩には苔がむしている。ここがインビジブル・ソサエティーなのだと、一瞬だけ忘れそうになるほど日本的な場所たった。


「ここだ」


 室内に入って枯山水を望める風情ある廊下を渡り、俺はとある一室に通された。


「やあ、キミがミズキくんの言っていた。凄腕の剣士かい?」


 そこにいたのは、和装を身に纏う耳の長いエルフの青年だった。

 いや、青年なのは外見だけだろう。人間よりも遙かに長いときを生きるかの種族は、人間の尺度では測れない。

 恐らく、自分の何十倍ものときを生きているに違いない。

 そんな風格を、彼から感じ取った。


「まぁまぁ、そこに座って。すこし、話をしよう」


 そう促されて、ゆっくりと座布団へと向かい、そこへ腰掛ける。

 そうして漆塗りの机を挟んだ向こう側に座るエルフと視線を合わせる。


「うん。合格。申し分ない戦力だ。ミズキくんの紹介だし、問題ないだろう」

「え?」


 急に、合格を言い渡された。

 訳がわからず視線は自然とミズキに向かう。


「ボスは見ただけで、そいつがどれほどの者か計れるんだよ」

「見ただけで?」


 刃を交えずとも、言葉を交わさずとも、見るだけで力量を知ることが出来る。


「そう。僕は、こう見えて結構長生きなんだ。ありとあらゆる戦士をこの目に納めてきた。ゆえにわかるんだ。キミが無意識化でおこなう所作には、微塵の隙も無駄もない。洗練されていて、研ぎ澄まされていて、完成されている。この僕が、驚くほどにね」


 なら。

 隙も無駄もないと言うのなら、この身に宿った技量がそうさせるのだろう。

 薄紅に言わせれば、空虚なのだろうけれど。

 以前の俺とは、いったいどう言う奴だったのだろうか。


「早速、明日からキミに仕事を任せることにしよう。対価は相応の金額と、薄紅の情報。異論はあるかい?」


 いつの間にか、薄紅のことまで把握されている。

 ミズキはここの敷居を跨いでから、一言も薄紅のことを話していないのに、だ。

 恐らく、この屋敷のまえでの会話を、このエルフは聞いていた。

 長生きな上に耳もいいらしい。まったく、末恐ろしい種族だな。


「ありません。これからよろしくお願いします」


 こうして、俺は組織の一員となった。

 薄紅を追い、問い質し、真実を突き止めるために。

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