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警告音


 自分になにが起こったのか。

 理解することも納得することも出来ないまま、日常は当然のように舞い戻る。

 こちらの事情などお構いなしに学校はあるし、授業は始まるし、時間は進む。

 気がつけば太陽は地平の近くにまで傾いていて、放課後を迎えていた。


「よう、コクト。お前どうしたんだ? 今日一日、ずっと上の空だったぞ」

「マルスか。いや、なんでもねーよ。よくある思春期の悩みだ」


 こんな悩みがよくあっては堪らないけれど。

 いまはそう誤魔化しておこう。


「なんだ? 恋煩いか?」

「そんな良いもんじゃないってことだけ言っておく」


 この胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。

 これがただの恋煩いだったなら、どれだけ良かったことだろう。

 言うなれば、これは喪失感だ。

 記憶とか、感情とか、いろんなモノがごっそりと無くなった。明確にどれを失ったと言語化することは出来ない。けれど、俺はたしかに何かを失ったのだと、確信を抱いている。

 昨晩、寝る間も惜しんで自身の記憶を探り、結果として何も欠如していないと判断したというのに、だ。

 俺という人間から、何かが失われた訳じゃあない。

 あの一瞬で何かを得て、そこから何かが失われたのだ。

 得たのは剣技と魔術。失ったのは、その過程だろうか。


「難しそうな顔をしてるな。まぁ、話したくないなら、無理には聞かないけどさ」

「そうしてくれ」


 こんなこと誰かに話せる訳もない。

 話したところで、何がどうなるわけでもないしな。


「じゃあ、これから何処か行こうぜ。ぱーっと遊べば、気分も晴れるだろ」

「うーん。まぁ、それもそうだな。よし、行くか」


 話はそんなに簡単じゃあないけれど、気遣いは嬉しい。

 バイトを初めてから金にも余裕が出来たことだし、今日は散財するとしよう。

 そう思い、乗り気になって席を立つ。

 その瞬間、見計らったように校内にけたたましい警告音が鳴り響く。


「アラート……ゲートが開いたのか?」


 この音は、校内にゲートが開いた際に鳴るものだ。

 生徒は、実技の授業で使われる訓練場に避難しなくてはならない。

 ことの対処に向かうのは、教師と生徒会のメンバーだ。


「まーた、パーティータイムの始まりか。今月でもう四回目だぞ」

「べつに珍しいことじゃあないだろ? ほら、残念だが避難だ」


 愚痴るマルスに避難を促し、二人して教室を後にする。

 廊下に出ると、すでに誰かが魔物と戦っているのか、戦闘音が反響して聞こえてきた。

 戦闘の邪魔にならないように、速やかに訓練場に向かうとしよう。


「どのくらいで終わるかねー。どう思う? コクト」

「さてな。いつも通りなら一時間くらいじゃあないか? 長引けば三時間くらい」

「うへー。学生の貴重な放課後を潰しやがってよー」

「ほんと、参ったもんだ」


 そう悪態をつきながら、階段を駆け下りていく。

 幸いなことに、近くに魔物の気配はない。ゲートが開く様子もない。

 このまま行けば無事に訓練場に避難することが出来るだろう。

 そう思った矢先のこと。


「――ん?」


 いま、たしかに誰かの声がした。


「どうした? コクト」

「いや。誰かの声が聞こえたような気がするんだ」

「逃げ遅れか? なら、生徒会か先生を呼びに行かないと」


 この場合、マルスの意見が正しい。

 非常時における戦闘行為は、基本的に教師と生徒会にしか認められていない。

 けれど、今から何処にいるとも知れない教師と生徒会を探して呼んでくるには、時間が掛かりすぎる。


「お、おい! どこ行く気だ」


 声がしたほうへと爪先を向けると、マルスが俺の手首を掴む。


「今からだと間に合わないかも知れない」

「お前が言ってどうにかなる訳でもないだろ! 実技はからっきしだろうが!」

「あぁ。そうだな。でも、盾くらいにはなる。お前も知ってるだろ。俺がバイトを始めたの。有り余ってるんだよ、生命力が」

「だからって。傷が治るからって、そんな」


 マルスは俺の身に起こったことを知らない。

 剣技のことも、魔術のことも、だ。

 だが、俺の固有能力のことは知っている。捕食して得た生命力が、傷の治癒に役立つことを知っている。そのお陰で易々とは死なないことは知っている。

 だから、ゆっくりとマルスは手から力を抜いた。


「すぐに誰かを呼んでくる。それまで死ぬなよ」

「わかってる。じゃ、頼んだぞ。メッセンジャー」


 そう言って、声がしたほうへと走り出す。


「なんだろうな。この感情は」


 普段の俺なら、こんな行動には出なかった。

 当たり前だ。死にに行くようなものだし、治るとはいえ痛いのは嫌だ。

 だが、今はこうして走り出している。誰かを助けに行こうとしている。

 教師や生徒会を呼びに行くだけでも、できる限りのことはしたと言い訳することが出来たのに。自ら危険に飛び込もうとしている。

 きっと、これは身にあまる剣技と魔術を身につけてしまったからだ。

 分不相応な力を、なんの努力もなく、苦悩もなく、手に入れたことによる後ろめたさ。

 それを誰かを助けることで、払拭しようとしている。

 決して、善行をなしたいわけでも、見ず知らずの誰かを救いたい訳でもない。

 この行動はひどく自己中心的な独善だ。


「……なに考えてんだ。集中しろ」


 あらゆる感情や思考が錯綜する中、思い直したように頭を切り換えた。

 無人となった教室を横目に、廊下を駆け抜ける。室内にそれらしい生徒はいない。見つからないのなら、どこか別の場所にいるのだろう。

 どこだ? どこにいる?

 足を止めることなく進んでいると、廊下の奥に歪みが発生するのが見えた。

 空間の歪み、次元の歪み。それはゲートが開く予兆である。

 ここが異世界と融合してからと言うもの、不安定になった次元や空間の壁に穴が空くようになった。それを利用して魔物は異世界からこちらの世界にやってくる。

 この天敵のすくない、安全な地球へと。


「来るか」


 歪みが臨界に達し、空間に穴が開く。

 局地的に空いた通路を通り、魔物はこちらの世界に足を踏み入れた。

 現れたのは狼に姿をした魔物だ。数にして、計三体。

 それほど大きなゲートでもなかったのか。排出はそれだけに止まり、ゲートは世界の修正力によって閉じられた。

 この魔物たちも、その修正力で消し去ってほしいものだけれど、贅沢は言っていられない。


「AWoooOOOOoooOoOooOOooOoooooo!」


 雄叫びを上げ、魔物は廊下を駆る。

 相対する俺のほうは、得物を握るために魔術を唱えた。


「起源武装」


 自身の起源を投影し、武装する魔術。

 出身。環境。両親。友人。などなど。

 人格形成期において影響を受けたものが、その対象となる。もともと魔術師の家計にいた俺の起源となるのは、一振りの刀だった。

 いつかこの刀で妖魔を斬れるようになれ、と言われていたっけな。


「……意図せず、叶ったわけだ」


 身につけた憶えのない剣技であれど、妖魔――魔物を斬れるようにはなった。

 出来れば、自力で成したかったことではあるけれど。


「まぁ、それはそれとして、だ」


 先鋒を勤める魔物に対して、下方から刀の剣先を跳ね上げる。

 弧を描いた刃は、その過程にあった魔物の血肉を裂いて返り討ちとした。

 斬り裂かれた魔物は地に落ちるまえに命尽きて、硬く冷たい廊下に横たわる。

 まずは一体。

 続けざま、次鋒を勤める魔物に対応する。

 斜め上方向へと掲げた刀身を翻し、左方向から一閃を薙ぐ。

 廊下と水平に軌道をなぞった刀は、たやすく次鋒を裂いた。刀を介して命を断った独特の感触を得て、次鋒が死したことを確信する。

 これで二体。


「ラストッ」


 二体目の魔物の亡骸を跳び越えて、飛びかかる三体目の魔物。

 それに対してこちらが放ったのは、刺突だった。

 引き絞った矢を解き放つが如く、剣先は飛んで胴を突き破る。

 柔らかい腹部を貫いて、過程の諸々を串刺しにし、背中まで刀身は突き抜けた。

 短い断末魔が響き、最後の魔物は力尽きる。


「よし。戦える」


 どうやら一日限りの奇跡ではなかったようだ。

 刀を無造作に振るい、貫いた魔物の死体を脇に捨て、ついでに血も払う。

 これらの処理は、後回し。

 まずは声の主を見つけないと。


「急げっ」


 足下に広がった血の池を踏み散らし、飛沫が裾に付着するのも構わず駆ける。

 僅かな間といえ、時間を取られた。無事だといいが。

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