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焔刀


 舞い上がる砂塵に紛れて、振り下ろされた大剣から距離を取る。


「無事か!?」


 砂埃を抜けてすぐ、雛の声が響く。

 どうやら自力で逃れたみたいだ。


「あぁ、なんとかな」


 透明度の高い視界を確保し、改めて巨人の全貌を視界に納める。

 巨人は、やはり復活していた。

 繋ぎ目もなければ痕もない。

 分かたれていた上半身と下半身は、ものの見事に接着されていた。


「真っ二つになっても死なないってなんだよ。本当に生物か、あれは」


 いや、そんなことを言い出したら切りがない。

 この街で起こることに疑問を抱いていたら切りがない。

 いまあるのはどうしようもない現実だ。諦めて、対策を講じるしかない。


「愚痴を言っている暇はない。どうにかして切り抜けるんだ」

「言われなくてもそのつもりだ」


 アライブは、すでにこちらに向かい、駆けだしている。

 一歩、足跡を刻むたびに地響きがする。それに相対するアライブの巨大さと、圧倒的な体格差を思い知らされる。

 けれど、四方を封じられ、上下ともに逃げ場がないのなら、戦うほかに道はない。


「今日は厄日だな」


 悪態をつき、こちらも地面を駆る。

 再び相対したアライブは、駆け抜ける俺を近づけさせるまいと得物を振るう。

 横へと薙ぎ払われた斧は、風圧を伴って迫りくる。

 だが、アライブと得物そのものが巨大すぎるためか、その狙いは大雑把も良いところ。体勢を低くすることで、刃は頭上を素通りした。


「ハッ、へたくそが」


 だが、すぐに次の一手が来る。

 振り下ろされる第三の得物、棍棒がまるで隕石のごとく落ちてくる。

 しかし、隕石はすでに先ほど見ている。見切れないほどの速度でもない。

 必要最低限の動きでこれを横方向へ、けれど前のめりに躱す。

 続けざま、迫りくるは第四の得物。

 長槍は降り注ぐ雨あられの如く、頭上から降り注いだ。

 一刺し繰り出されるごとに、アスファルトが砕け、瓦礫の数が著しく増殖した。

 僅かにでも接触すれば、たちまち身体がバラバラになる、必殺の威力を秘めた乱れ突き。

 だが、斧のときのように狙いは大雑把、大味だ。

 その突きには正確さがなく、必中にはほど遠い。

 ゆえに躱すことはそれほど難しいことではなく、最短ルートを通って穂先の雨を駆け抜けた。


「まずは右足からだ」


 数々の攻撃を掻いくぐり、懐に踏み入ってすぐ爪先は右足へと向かう。

 一息に近づいてアライブの右足を両断。

 夥しい量の血液があふれ出る最中、刎ねた右足に追撃をかける。

 斬っても再生すると言うのなら、捕食能力で食らってやればいい。

 刎ねた大質量の右足に手が触れる。


「――捕食できないッ!?」


 たしかに捕食の対象は死体のみだ。

 けれど、生命体から切り離した肉体の一部なら、本体が死んでいなかろうと捕食できたはず。なのに、捕食は発動しなかった。

 思惑は外れ、無意味な時間が過ぎる。

 与えられた猶予は無残にも過ぎ去り、アライブの反撃がくる。


「――なッ、跳ぶのかよ、その巨体で!」


 アライブはその巨体を、左足の一本で空中へと押し上げた。

 片足での跳躍により、重力を味方に付けた攻撃がくる。

 得物四本を無造作に叩き付けるだけの、驚異的な制圧攻撃。

 これを躱すために急いで地面を蹴って飛び退いた。

 衝撃の瞬間。アスファルトの道路は完全に破壊され、陥没し、その影響は周囲の建物にまで及ぶ。外壁に亀裂が走り、支柱を損傷した建物は、自らの重みに耐えきれずに崩壊した。


「あぁ、くそ。あんなのありかよ」


 降り注ぐ瓦礫の雨を掻いくぐり、なんとかアライブから距離を取る。

 すこし距離をおいて物陰から窺ったアライブは、舞い上げた砂塵からのっそりと上半身を覗かせていた。

 どうやら俺を探しているらしい。

 この砂埃がある程度の隠れ蓑になってくれているようだ。

 間抜けめ。すこし、休める。

 決して、事態が好転した訳じゃあないが。


「右足を捕食できなかった。どうしてだ?」

「捕食?」

「あぁ、俺の固有能力だよ。死体を喰って生命力に変換するんだ」


 変換した生命力は、疲労回復や、治癒能力向上にしようできる。

 俺が大した戦闘能力も持たずに、この危険な街で生き残れるのも、この固有能力のお陰だ。死体に生かされていると言うのも妙な話だけれど。


「なるほど。切り離した肉体も死体扱いか。なら、捕食はたぶん無理だろうな」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「奴の復元再生は初動が恐ろしく速い。斬って刎ねた直後には、もう再生が始まっている。だから死体って枠組みに、刎ねた右足は収まらなかったんだろうさ」

「……つまり打つ手なしってことか」


 すべては徒労だ。

 この謎めいた剣技でも、決定打にはなり得ない。

 いくら殺しても蘇るなら、斬る意味も失われる。


「いま私たちが結界破りを試みてる。それまで何とか耐えてくれ」

「耐えるって、その結界破りとやらはいつになるんだ?」

「……すべてが順調にいったとして、一晩くらいかかる」

「はっ、最高」


 殺意を帯びた巨人と一夜限りの鬼ごっこか。

 思わず口をついて悪態が飛び出るくらいには、最悪だった。


「だから、身を隠せって言ったんだ。まぁ、あれを見た以上、もうそれも安全とは言えなくなったけれどな」

「この辺が更地になるまで続けるだろうな」


 もぐら叩きでもする感覚で。

 まぁ、隠れるなんて選択肢は、元からなかったけれど。


「……案外、急所を突けば殺せるとか、ないか?」

「ない。奴の復元再生は心臓だろうが脳だろうが、お構いなしだ。奴は基本的に外的要因で死ぬことはない」

「基本的に?」

「もちろん、例外はあるさ。たとえば――」


 だが、その続きは中断される。

 こちらに気がついたアライブが、斧を団扇のようにして扇いだからだ。

 斧の側面から発生する突風が砂塵を吹き飛ばし、側面で弾かれた瓦礫が飛来する。ものの見事に物陰から炙り出され、静かに話を聞いている時間は終わりを迎えた。


「話の続きだけど。たとえば、何らかの機械に誘導してすり潰すとか」

「練り物にするってことか。さぞ食べ応えのあるカマボコになるだろうな」


 その肝心の機械がこの場にないのが、致命的だ。

 無い物ねだりをしてもしようがない。現状は好転しない。

 斬っても再生し、戦闘は徒労に終わる。

 だが、だからと言って逃げに徹して一晩、生き残れるかと聞かれれば、それもまた難しい。結界の範囲は動き回れるほど広いが、逃げ回れるほどではない。

 周囲の建築物を更地にされたが最後、逃げ場がなくなる。

 結局のところアライブに対する有効打を模索しなければ生き残れない。


「――い」


 学校でならった魔術に、事態を解決できるものはあるか?

 いや、ざっと思い浮かべてみたが該当するものはない。

 というか、不真面目が祟って選択肢そのものが極端に狭かった。

 こんなことなら真面目に授業を受けるんだったな。


「――おいって!」


 思考の渦に陥っていると、雛の声で現実に引き戻される。


「いま打開策を考えてるんだから、静かにしてくれ」

「答えならもう出てるだろ」

「なに?」


 なにを言っている?


「その魔術があればいける。アライブを焼き切れるぞ」


 魔術? 焼き切る? なんのことだ?

 辛うじてわかるのは、切るという言葉のみ。

 それから連想するのは、携えた刀。

 視線は自然と得物へと向かう。

 そして、気がつく。


「――焔」


 剣閃が引く残光であるかのように、それは燃えていた。

 携えた刀が燃え盛っている。いや、違う。そうじゃあない。燃えているのは、太刀筋だ。刀身が燃えているのではなく、刀身が斬ったものが燃えている。

 だから、残光のように尾を引いていた。


「傷口を焼いて塞げば、すこしの間だけ再生を阻める。殺し切ることは出来ないけど、肉体の大部分を失えば結界の維持も出来なくなるはずだ」

「つまり、勝てるってことか?」

「あぁ、その魔術でアライブの首を落とせ。それが唯一残された、生きるための手段だ」


 こんな焔の魔術を習得した憶えはない。

 憶えはないが、なぜだか扱えている。

 奇妙に思うし、気味が悪い。

 しかし、使えるものは何でも使うべきだ。

 死にたくなければ、使いこなせ。


「簡単に言ってくれるな。けど、希望が見えてきた」


 瓦礫の散弾を躱して滑るように勢いを殺す。

 立ち止まり、アライブを見据え、焔の魔術を携えて駆る。


「aAaAAaaaaAAaAaaAAAaaaAaAaAaaAaAaaa」


 咆吼は放たれ、大剣は振り下ろされる。

 地表を砕くその一撃を難なく躱し、逆にそれを足場として駆け上がる。

 大剣を伝って腕へといたり、そのまま首を目指す。

 しかし、それを容易く許してくれはしない。


「――マジかよ。自分の腕ごとッ」


 頭上から落ちてくるのは、斧だった。

 そのまま振り下ろせば、確実に自分の腕を切断するだろう。

 アライブは、その復元再生にものを言わせ、自傷をためらいなく実行に移した。


「くそったれがッ」


 駆け上る勢いのすべてを乗せて跳躍し、大剣の腕から棍棒の腕へと飛び移る。

 空中にあって一段高くなった視点から、斧が大剣の腕を切り落とす様を見た。そうして瞬く間に着地を成功させ、再びアライブの首を目指して体表を駆け上る。

 しかし、今度は棍棒の腕が動く。

 握った得物を投げ捨て、空手となり、腕を這う人間を天高く打ち上げた。

 足場が動けば、その上にいる者はどうしようもない。ただ勢いに身を攫われ、アライブの頭上に配される。それは恐らくは狙った位置。

 その証拠に、槍を握った腕は、その穂先を天へと向けて突き放ってきた。


「チィッ、なめんなよッ」


 迫りくる槍に、こちらは剣技と魔術をもって対抗する。

 穂先が突き放たれたのなら、その分だけ斬り崩してやればいい。

 一刀を振るうたび、長槍はその全長を縮めていく。落下の最中であっても、この剣技に衰えはなく、狂いもない。正確に太刀筋は描かれ、後になって焔が続く。

 そうして槍が機能しなくなるほど斬り崩し、この身体は槍の腕に着地する。

 二度と同じ轍は踏まない。

 直ぐさまアライブの首元へと跳躍する。


「aAAaaaaAAAaaaAaAAaaAAAaaaaaaaAAAaaaaaaaaa」


 この刀が届くまであとすこし。

 あとすこしと言うところで、分厚い壁が立ちはだかる。

 それは大剣と斧による二重の盾。

 重ね合わされたそれは、断崖絶壁のごとく行く手を阻む。


「無駄だ。押し通る」


 食い破り、斬り拓く。

 大剣も斧も一刀には敵わない。

 描いた太刀筋は鋼を断ち、あとに続く焔が融かす。

 二重の盾を超えて到達する、アライブの首元。

 復元再生の能力をもつ巨人に、この魔術は有効打になり得る。

 そうでなければ、自身の腕すら切り捨てるアライブが、得物を盾にしてまで身を守ろうとした理由がない。巨人は知っていたのだ、この刀から放たれる焔が、自身にとっての天敵であると。


「終いだ」


 狂いなく、首を断つ。

 剣先は弧をなぞり、皮も骨も血も肉も、一切を斬り裂いて過ぎる。

 刎ね上げたアライブの頭部は、後に続く焔に焼かれて再生を封じられた。

 それは僅かな間でしかないが、たしかに身体の大部分を失った。

 そして、結界は自壊する。

 まるで天窓が割れて破片が降ってくるように、膜は崩壊した。


「とりあえず、一段落ってところか」


 俺の仕事――というか、必死の抵抗はここまでだ。

 ここからは雛の仲間がどうにかするだろう。

 結界はすでにない。

 ここからは雛の仲間がどうにかするだろう。

 結界はすでにない。

 半透明に遮られて見えなかった風景も今でははっきりと目に映る。


「……まさか、この景色を愛おしく思う日がくるなんてな」


 いつも森の中で空を見上げたような気分になる。

 背の高い幾つもの樹木に覆われた景色。ここは、その樹木が背の高い人工物にすり替わったようなものだ。どこまでも高く積み上がるビル群に、明らかに耐震基準を満たしていないであろう奇抜なデザインの建築物。

 SF映画の馬鹿げたシーンをなぞるかのように、それはそこにあった。


「――封魔士ふうまし、急げ! またすぐに再生するぞ!」

「その前に封印しろ! 二度と首と身体をくっつけさせるな!」


 結界の崩壊によって、血相を欠いた何人かが俺の両隣をすり抜けていった。

 どうやらアライブの首に向かっているようで、あれが雛の仲間なのだろう。


「――よう、大手柄だな」


 ふと、雛と同じ声がして、振り返る。

 そこには同い年くらいの少女が立っていた。

 黒くて長い髪を靡かせた、この異形の街には似つかわしくない可憐な人。

 彼女が雛の先から、声を送っていた人物か。


「見ない顔だけど……まぁ、この街じゃあ珍しくもないか。せっかくだし名前、聞かせてくれよ。私はミズキだ」

「俺はコクト。足立剋人だ」


 そう自己紹介すると、ミズキは記憶を探るような仕草を見せた。


「コクト……コクト……うーん、やっぱり聞かない名前だな」

「そりゃ、しがない学生だからな」

「学生? 本当か? それ。一介の学生が身につけられるような剣技でも魔術でもなかったように見えたけどな」


 そう。たしかに、その通りだ。

 明らかに、身の丈にあっていない技量と魔術だった。

 俺が逆立ちしても習得できないような、異次元的な剣技と魔術。

 俺はどこで、それを手に入れたんだ?

 考えつくのは、やはりあの一瞬だ。

 意識を失ったほんの僅かな間に、俺の身に尋常ならざる何かが起こった。

 俺は、それを忘れてしまったのか?

 謎は、深まるばかりだ。

 

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