太平洋の公海より
拝啓。
オトンとオカンへ。
手紙を送れとうるさいので、太平洋の公海から日本に手紙を送ります。
「あー、しんど」
インビジブル・ソサエティーは今日も絶好調。
相変わらず魔物が飛び出てくるイカしたゲートが四六時中、天空から便器の中までありとあらゆる場所に開いています。
用を足してたら一物を食いちぎられた、なんてことは日常茶飯時です。
あぁ、孫の顔はまだ見させられるから安心して。
「シフト入れすぎなんだよ、あのくそ変温生物が」
仕送りをいつもありがとう。
でも、買いたいものが山ほどあるので、バイトを始めました。
魔物の死体処理です。
生きている限りは食いっぱぐれない、安定感のある職場です。
ただ上司は蛇の頭をしたくそ変温動物です。嫌がらせの如く、キツい時間にシフトをぎちぎちに詰めてきます。あいつの家にゲートが開きまくればいいのに。
「あぁ、明日は学校か。サボれねーかなー。無理かなー。単位がなー」
学業はいたって順調です。
それはもう勤勉で授業は欠かしたことがありません。
でも、よく休校になります。主にゲートのせいで。
魔術の勉強も、怪異の解読も、順調そのもの。
まぁ、すこし上手くいかないことはあるけど。
世の中そういうものだと大目に見てください。
「これで、よし」
何はともあれ、俺は元気です。
無沙汰は無事の便りだと思って、安心してください。
足立剋人より。
敬具。
「さて、手紙も出したし、バイトいかねーと」
追伸。
今度、仕送りと一緒にスナック菓子を送ってください。
懐が潤います。
「今日は早めに終わるといいな」
かつかつと、足音を鳴らして道をあるく。
すれ違う者たちの半分は人間ではない異世界の住人だ。
頭に獣耳が生えた奴。やけに耳が長い奴。そもそも頭が動物な奴。人型じゃない奴。なんか得体の知れない奴。この街を歩いていると、だいたいいくつかの新種を発見できる。
はじめは驚いたものだが、住めば都だ。
もう慣れた。
ちなみに上司は頭が動物な奴に該当する。
いちいち舌を出し入れするのが最高にムカつく奴だ。
「――来たか。時間、ぎりぎりだぞ」
「すみません。ちょっと用事を済ましてたんで」
蛇人間。
この上司もはじめ見たときは面食らったっけな。
「もうすでに依頼が何件かきている。早速だが向かってくれ」
「はーい」
現地集合、現地解散。
割り当てられた仕事を聞いて、そちらへと向かうだけ。
現場につくと、大抵の場合は魔物の屍山血河が築かれている。
そのせいか、現場はいつも物静かだ。好んで死体に近づくものなどいない。
いや、正確にはいるのだけれど。
死体なら毎日のように、いくらでも、どこにでも量産されている。
現場が騒がしいなんてことは滅多にない。
バイトの内容は、この道ばたに空き缶みたく転がっている死体を片付けること。
俺にぴったりの仕事だった。
「さて、始めますか」
割り当てられた現場に到着し、魔物の死体どもを相手取る。
通常、この業務にはいろいろと道具が必要だが、俺だけはその限りではない。
俺が生まれ持った能力は、捕食を司る。
手で触れたモノを食らう性質を宿している。
と言っても、その対象は死体に限られるのだけれど。これが無差別だったなら、死体処理ではなく、魔物退治の立場にいたかも知れないな。まぁ、考えてもしようのないことだ。いまは目の前の死体を片付けることに専念しよう。
「しかし、派手にやったな」
身体が蜂の巣になった奴。焼け爛れた奴。潰された奴。砕かれた奴。干涸らびた奴。切り刻まれた奴。すり潰された奴。融かされた奴。その他もろもろ。
もうすこし、綺麗に倒せないものか。
「俺じゃなかったら大変だったろうな」
そう呟きつつ近くの死体に手を触れる。
それが捕食能力の発動条件。
意思を持って触れれば、この手は対象を貪り食らう。
肉を食み、骨を咬み、血を啜る。地面にべっとりと張り付いた血肉すらも吸い上げて、後には綺麗になった地面だけが残る。デッキブラシもホースもゴミ箱も焼却施設も必要ない。
まさに天職。
まぁ、その適正の高さからシフトを入れまくられるのだけれど。
というか、死体処理が天職って言うのも、考えてみれば嬉しくともなんともないな。
「次次っと」
手早く済ませて速く帰ろう。
時給ではなく歩合なのも、このバイトのいいところだ。
「――あれで最後かな」
死屍累々としていた街の一角も随分と綺麗になった。
血のにおいも、死臭もかなり薄くなった。
残す死体はあと一体。それに近づき、今までそうしてきたように手を伸ばす。
手で触れて、捕食能力を発動させ、その身を食らう。
「――あれ?」
いま、一瞬だけ意識が飛んだような。
「んんん? なんだったんだ? いまの」
とても、とても妙な感覚がする。
なんだ? この感じ。
なにかとても大事なことを、忘れてしまったような。
「――ん?」
思考の渦に捕らわれていると、地面が震えたような感覚がした。
続いて間を置かずに視界の明度が一段さがる。暗くなる。太陽に雲でもかかったのかと見上げた先に空は見えなかった。代わりにそれを覆い尽くす、巨大な生物の姿をみる。
「なッ!?」
それは夜空に煌めく流星のごとく、落ちてきた。
「――げほッ、げほッ」
凄まじい衝撃が走り、夥しい量の砂塵が舞う。
まるで台風にでも身を晒しているかのような感覚に陥りながらも、なんとかその場に踏ん張りを聞かせて強風に耐える。そうして十数秒ほどが経ち、強風もそよ風になった頃になってようやく事態の把握に努めることが出来た。
「うそだろ、なんだあのデカブツはッ」
見上げるほどの巨躯。
人の形をした、淡い緑色の巨人。
その背丈は建物の屋根に肘がつけるほどだ。
この街に住んで決して日が浅い訳じゃあない。だが、それでもあんな巨大な生物は、見たことがなかった。どうしてあんな生き物が、空から降ってくるんだ。
「とりあえず、逃げ――」
そう判断して歩幅一歩分ほど後ずさった直後に射貫かれる。
巨人の視線に、捉えられる。
逃げ場などなかった。
奴が頭上を跳び越えたとき、すでに俺を目視していたんだ。
そうでなければ、ちっぽけな俺の存在など気がつきもしない。
「くそっ、どうするッ」
走って逃げるか? いや、無理だ。歩幅が違いすぎる。
どれだけ必死に足を動かしたところで、数歩で追いつかれてしまう。
なら、どこかに隠れるか? いや、それもダメだ。あの巨人が建築物に敬意を払う訳がない。隠れたと知った瞬間、あいつは見境なく周囲の建物を破壊するに違いない。いま踏み潰し、打ち砕いた道路のように。
瓦礫に押し潰されるのが落ちだ。
「たたかう? 戦えるのか? 俺が、あの巨人と?」
逃走できないなら、闘争するしかない。
だが、敵わないのは目に見えていた。
「無理だ。どうしようも……」
うだうだと、悩んでいるうちに巨人は行動を映していた。
ずしん、ずしんと、足音が鳴る。近づいてくる。それは死へのカウントダウンのように聞こえ、数カウントほどで途絶える。
目の前に、巨人がきた。
「ちく、しょう」
抵抗することすら、出来なかった。
近づいてくる巨人から逃げることすら叶わない。
四つ腕の巨人は、それぞれの腕に握った得物の中から、大剣を選択する。
それは天に掲げられ、そして振り下ろされる。
死を覚悟した。
「……あれ?」
耳を覆いたくなるほどの破壊音が鳴り響く。
大気を揺らすほどの衝撃が、体表を駆け抜けていく。
だが、それだけだ。それだけで、痛くない。
気がつけば、俺は大剣を振り下ろした巨人を見ていた。
視線の先には砕かれた地面がある。
あそこに立っていたはずなのに、いま俺はそこから離れた位置にいる。
移動している。
これはいったい、どう言うことだ? 俺はいま何をした?
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