Human Error ③
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「どこに行った…?」
森は、不気味なほどに静かだった。
完全に逃げられたか、とわずかに考えたが、それはないと思い直す。
これほど静かなのだ。逃げる時に生じる枯れ葉を踏む音や鳥が飛ぶ音は、とても目立つ。
それを見逃す事などあり得ない。
ならば考えられることは一つだ。
隠れた。
これしかない。
あのゴブリンには生きているのが不思議なほどのダメージを与えている。
走って逃げるほどの体力ももう残されていないだろう。
ならば、あとは隠れてやり過ごすしか生き残る術を見出せなかった、と言ったところか。
探知系のスキルを持っていれば楽だったのだが、生憎オリビアは魔術師だ。
パーティー編成でいえば野伏や盗賊が担当するスキルであり、魔術師、とりわけ火力担当であるオリビアはそういった便利系スキルはほとんど持ち合わせていない。
知性を持たないゴブリンなどの魔物と違い、人族や魔族は意識的にスキルポイントを使ってスキルを取得していく事が出来る。
しかし、どのようなスキルを取得したかで進化する職業が変わってくるので、器用貧乏になりたくなければ、ある程度取捨選択していく必要があるのだ。
それでも一つくらいは探索系スキルを取っておけばよかった、と後悔しながら、オリビアは地面を注視する。
よく見れば、わずかに赤い液体がしみ込んだ跡が見えた。
「こっちね」
仕方なく、古風な方法でゴブリンの跡を追う。
ゴブリンが持っていた回復系スキルは〈休眠〉のみ。
即効性のあるものがない以上、血を止める事は出来ない。
故に、どこに隠れようともその血が居場所を教えてしまうのだ。
今のオリビアにとって、大切な事はもはやゴブリンを殺すことそのものではなくなっていた。
杖を取り戻し、姉の墓に添えること。
ゴブリンを討伐する事は、その過程に過ぎない。
ゴブリンは既に死に体。
攻撃力も皆無に等しく、例え強襲を受けても十分耐えられる。
気になる個所としては、少々クリティカルの値が高かったことか。
クリティカルの値は、発動すれば与えるダメージをその数値分乗算する。
あのゴブリンのクリティカル値は12。
つまり、一撃を12倍にしてしまう可能性がある。
しかし、発動するかどうかは双方の幸運値によって決まり、ゴブリンの幸運値はわずか3だ。
発動する可能性は極めて低く、そんなもの、街道で馬に轢かれるようなもの。
気にしても仕方がない。
「あれ?」
血の跡を追って歩き続けていると、突然その血が途切れていた。
辺りを見回しても、何もない。
まさか、この辺りの木葉の下に隠れているのか?
瞬時に緊張感を持って目を凝らし、数歩退く。
その、瞬間だった。
一瞬、オリビアの足元に影がかかり。
「まさかっ!?」
オリビアが上を見上げた時には既に、そこには大きな杖が振り下ろされていた。
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