信じられないでしょうけど、予想外です!
[ぬ、ぬぐぐ……]
今現在、お店に迷惑をかけることを懸念しているマスターのために、イッシキさんを外に放り出しから行なっていた戦闘が停止した。
イッシキさんは全身の甲冑から煙を上げ、ところどころボロボロになりながらボクの目の前で片膝をついていた。
あそこまでやってそれでも倒れないとか素直に不気味である。
《イッシキさん? まだやる?》
[愚問である。『一閃』!]
《『万能薬』》
片膝をつき、それでもなおボクへと放たれる高速の剣閃は。
何事もなくボクの体を通過した。
[ぬお!]
《はい、6本目》
その結果として、僕のHPはビタ1変わらずイッシキさんの刀最後の一本がどろりと溶けて形を失った。
[む、無念……]
《ごめんね? ボクの『薬』は触れば銀だって溶かしちゃうんだ。イッシキさんは正直驚くほど力は強いけど、相性が悪かったね》
一撃一撃が非常に重く鋭い攻撃だった。
ふり抜かれた剣線は大地をえぐり家を切りとばす。
当たればボクのヤワなHPくらい、直ぐにでも消えてしまうと思う。
ただしそれは、当たればだ。
《ボクの体に触れる前になにもかも溶かせばいい。今のボクにはそれができる。ただ毒を体にまとうのではなく、座標位置に毒を固定する、とかね》
[くっ……『通過する一撃』!]
《うわお》
[なっ!]
飛んできた斬撃が毒の盾を通り抜けた。
防御貫通系のアビリティかな?
[な、何故……ダメージを食らわぬ]
《うーん。イッシキさんのアビリティ、多分だけど相手の防御を無視できても、『何度も』は無理なんじゃないかな? だからボクの体に『何重』にして貼ってある毒の守りを途中で抜けなくなったんだと思うよ》
いやいや、そんな驚いたような顔しないでよ。
むしろ当然だからね? こうでもしなきゃ直ぐに死んじゃうくらいボクって弱っちいからね?
警戒に警戒を重ねて、それでも足りないくらいなんだ。
でも弱音を言えないからこうやって、いかにも『強そうに』自分を見せている。
ようやく、ようやくマスターがボクを一つの戦力として、アオちゃんと同列に見てくれたんだ。
ボク一人にこの戦いを任せてくれている。初めてだ。
ずっと悔しかった。
どうしようもなく嫉妬した。
弱っちくて、そのくせ頑張って強くなって今の立場を手に入れたアオちゃんに嫉妬して。まだなにもしていないくせに、ただ妬ましく思う。心も体も弱いボク。
そんな自分が心底嫌だった。
だからボクは強くならなくちゃいけない。
他でもないマスターのために、ボクがボクの理想のボクになるために。
……やれやれ、ミルクちゃんも少しはこっちに配慮してほしいよね。
いきなり領域を張り替えるんだもん。
領域さえあればどれだけ楽だったことか。
[ぐ……万策尽きたとはまさにこのこと……我が六刀『華丸』を全て無に帰すそのリキ。末恐ろしいものよ、未だ成長途中なりてそこまでの高みにいるミドリ殿の到達する場所とはいかようなものか。これ以上『成長』せぬ我には眩しい限りよな]
《降参してくれるのかな? ならボクはマスターのところに行かなくちゃいけないんだけど》
[見くびらないでいただきたい。万策尽きた、武器を失った、それでも生きている限り、我に諦めるの文字はない]
《……嫌だな。やめてよ。損だって思わない? そういうの。ボク、自己犠牲って、虫唾が走るほど大嫌いなんだ》
あ、領域が張り直せない。はぁ、参ったなぁ。
死に物狂いで来られたら、流石にボクも手加減できないよ。
[ふむ。若いのに随分凝り固まった考えをしているな。とはいえ、ミドリ殿とて、主人のためならば命を賭して戦うという気も分かるであろう?]
《わからないね》
[なんじゃと?]
何度聞かれようと答えは即答できるし内容も変わらない。さっぱり理解できないししたくもない。
《ああ、勘違いしないでね。ボクはマスターの命令だったら何だって喜んで従うつもりさ。それが『マスターの求めること』ならね》
マスターは決して、ボクたちがマスターのために命をかけることを望まない。
そんなことをすれば、ボクたちを烈火のごとく怒るだろう。ボクたちがわからないことを言えば、いつまでも時には涙を流して、それでもわかるまで何度でも叱りつけてくれるだろう。
マスターは、ボクたちが自分のせいで傷つくことを絶対に許さない。
誰よりも、ボクたちよりも、強く深く心に傷をつける。
そんなマスターだから、ボクたちはマスターが大好きで
《マスターのことが『大好き』だからこそ、そんなことは断じてしない》
ボクたちはマスターの帰る場所で。
マスターはボクたちの居場所で。
共にあるべき存在だ。
《ボクたちは、マスターの『家族』だから》
[…………天晴れ……成る程、それがミドリ殿の……いや、許してほしい。未だ我には慢心が残っていたらしい。貴殿程の相手を前にして、よもや『本気を出さず』に勝利を収められるなどと戯けたことを考えていたとは……己が恥ずかしいばかりである。我が貴殿、ひいては主人につけてしまった汚点は己自身で拭わせていただこう]
はっは。よく喋るねイッシキさん。
でも本気なのが凄い伝われてくる。そういうのは嫌いじゃない。
さっきまでとは比べものにならない程のプレッシャーを感じる。
《うんうん。切腹だーとか言ってたら流石のボクもブチ切れるところだったよ。わかってくれたようでなにより》
[先ほどまでの醜態のため言い逃れ出来んが……我もそこまで恥知らずではない。それと一つ言わせて貰うと、あくまで今から我が使う力は主人の許可を得ない限り使えないものだ。たった今主人からセーフティーを解除されたが、使いたくても使えない状況でもあったということを理解していただきたい]
はいはい。さっき三つほど馬鹿でかい力が感知されたからわかってるよ。
イッシキさんが、見せてくれるという本気も、その力の影響によると物なのだろう。
早くマスターのところに行きたいけれど、焦って目の前をおろそかにすることほど滑稽なことはない。
マスターのことを思って行動できるって、やっぱりかっこいいと思う。
ちょっと、暑苦しいとは思うけどね。
[では行かせていただこう、『リミットブレイク』]
その瞬間イッシキさんから解き放たれた強者のオーラはその場を吹き荒れる。
こ、これって、マスターの……
[我の『コレ』はあくまで『模倣』。いや、もっと言えば『模倣をさらに模倣したもの』でしかないが、それでも効果は絶大。このモードでしか扱えない、我の『真の武具』もあるからのぅ]
イッシキさんの全身鎧が形を変えた。
ところどころについていた傷はなくなり、全身の血が沸騰したかのように真っ赤になった鎧から蒸気が立ち上る。
[『英雄武装』]
アビリティを発動するとどこからともなく白い何かが飛んできて、それはイッシキさんの腰に装着されその姿をあらわす。
《上等じゃん……『実験七つ道具・メス』》
[主人の手によって生み出された完成形『華丸』、その三本『春夏秋刀』。さて、まずは春刀『桜丸』でお相手願おうかミドリ殿。推して参る]
腰に刺した三本のうちの一振り、『桜丸』を抜き上段に構えるイッシキさんに。
空中に浮かぶ一本のメスで相対する。
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[ネエネエ、ドコマデイクノー]
[ドコマデイクノー、ドコマデイクノー]
《……人に迷惑がかからないところまで》
[エー、タタカオウヨー、タタカオウヨー]
ますたーと離れるのはすごく嫌だけど、私は街を離れた森、山道を走っている。
森の中は面白いぐらいに走りやすい。
こんな時は私の体のみの軽さに感謝したくなる、けど
この二人は追ってくる、奇妙な動きで、まるで踊っているかのように。
《……わかった、すぐに終わらせる》
[[エ?]]
《特別アビリティ『最後の晩餐』》
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「《悪殺・冥府相対》」
「悪殺の剣力はエグいから、せいぜい気をつけろやケンゾウ」
「なにさも他人事ですみてえな顔してやがる!」
「覚悟の上じゃボゲェ! 俺は死ぬだろうがお前も死ぬ! 道連れじゃあ!」
「じ、自分を生贄に捧げた、だとぅ……コイツ……できる!」
ミルクルさんが構えた両手槌からドロドロとした粘性のあるタールのような液体が吹き出し、そしれがミルクルさんの体の所々に絡みつきタトゥーのような斑点模様を作り出す。
それを見たケンゾウは焦り、俺は急上昇したステータスで動き回る。
ふっはっはっ! だが大丈夫!
悪殺により上昇するステータスはINT。そのうえ減少するステータスはそれ以外のATK・DEF・AGI全て。
直接戦闘とは関係のないINTのみが上昇し、それ以外の必要なものが全て数値1にまで減少してしまうというおよそ戦闘を行うには一番向いていないであろう秘剣の一本。
あくまでミルクルさんがコレを抜いたのは、相手がケンゾウだからだ。
この秘剣の強みは、剣力、その一点に注がれる。
だからそこまでの脅威では……
[ビーッ! ビーッ! き、き、危険ですマスター! 早くこの者から距離を]
「馬鹿野郎! んなこたいいから早くセーフティーを――――ッ!?」
「まず、一発目」
[マスター!]
瞬間移動のように肉体をブレさせたミルクルさんは、ケンゾウの懐に潜り込みその槌を容赦なく振り下ろした。
巻き起こる衝撃の風と、耳をつんざく金属音。
二度目の『ジェットパワー』を発動しガス欠を起こしながらも、なんとか間に割り込んだ二式がその盾で持ってケンゾウを守った。
[『リミットブレイク』! 『英雄武装』]
ミルクルさんの槌を跳ね返すように、腕に装着されていた盾をパージし、白と紫の陰陽模様のような盾を装備する。
右手には白い勾玉、左手には紫の勾玉のような形だ。
[『星盾・メデューサ』。くらえ『カウンター』]
「……だからなに?」
[え?]
かくして、宙を待ったのは二式の方だった。
いや、何も難しいことなどない。
先ほど受けた衝撃を跳ね返した二式に対し、ミルクルさんは何事もないかのようにただ槌を横薙ぎに振るっただけ。
[な、何故……]
「今の私にはソレ、当たんないよ?」
[そ、んな……]
二式はそう言い残すと眩く発光し、黒ずんだイヤリングとなりケンゾウの頭陀袋の中へと潜り込んで行った。
ケンゾウは焦ったように自分の耳元に手をやっているが、俺はそれどころではない。
ありえない光景に思考が追いつかない。
どういうことだ?
ミルクルさんが、『強すぎる』。




