高度な人工知能
上空では、ピスの宇宙船が、空の上へと上昇し、自由気ままに風を切っていた。
端末からは、楽しそうなピスの声が聞こえてくる。
「ひゅー、気持ちいい!地上の空も、偶には、いいわね!」
カシューは、立ち上がり、安全を確認する。
周囲では、多くの車が停止していた。貨物車などには、誰も乗っていないみたいだが、乗用車やバスの様な客車からは、物珍しそうにカシューを眺める者が多かった。中には、窓から姿を隠し、不安そうに頭を下げる者もいた。
ロボットの残骸は、向かい風を浴びて、もくもくと煙を垂れ流す。結構な爆発だったが、派手なだけで周囲に被害は余り無さそうだった。
それよりも、プラネットムーバーが破壊した車両たちの方が甚大だ。後方の道の上にいくつも煙が上がっている。
カシューは、それを見てため息を吐いて、左腕の端末の操作を始めた。空中にホログラムの画面が現れる。
「ご機嫌な所、悪いけど、コンテナの中の調査をお願い。」
「了解!危険だから、少し離れててね〜。にっしっし〜。」
ピスにそう言われて、カシューは、体の向きを変える。再び大きくため息を吐き、端末の操作を止めて腕を投げ出した。
「目の前にミサイル撃ち込んどいて、何言ってるのよ。」
カシューは、コンテナの上から飛び降りた。
「にっしっし〜。確かに。」
それから、ボロボロになったコンテナ車から離れると、ピスの操作するドローンが数台飛んで来た。新品同然だったはずのコンテナ車を囲むと、内部をスキャンする為のレーザー光線を放ち始めた。
カシューは、左腕の端末を人差し指で叩く様に二回タップした。時間がないとでも言いたげな仕草だ。
「ルミナス。管理センターにアクセスしておいたから、周囲を封鎖しておいて。あと、ここを迂回するように、レールを敷いて貰える?」
カシューは、左腕の上空に浮いている小さな画面を見て、ルミナスに語りかけた。
《了解しました。交通警備隊にも、連絡しておきますね。》
ルミナスは、気さくに返事をした。
ルミナスは、半年前の廃棄物処理衛星での任務において、カシューに捕らえられた人工知能だ。
ドクターローゼンと言う天才科学者によって生み出された彼女には、感情があり、自身で考えて行動する力がある。そして、その力をネットワークを通じて行使する。この時代では、違法の人工知能だ。
自立型の高性能人工知能のルミナスは、ドクターローゼンの想定を超えていた。
彼女は、デスペアの施設内の設備やロボットたちと自由にアクセスが可能だった。そして、全ての人々の端末と勝手に繋がり、オンラインネットワークを通じて、デスペアの外部へと繋がりを持ち始めた。
ルミナスは、誰にも気づかれる事なく、その支配とも呼べる繋がりを広げていた。純粋な人工知能なだけに、悪意こそ無かったが、繋がりを持つモノは、彼女の手の平の上だった。やろうと思えば、彼女の思うがままに動かせたのだ。
その繋がりが、どこまで世界を蝕んだのかは、分からない。放って置くと、銀河中が彼女と化していた事だろう。
そんなルミナスは、半年前、カシューの手により基盤の中へと閉じ込められ、逮捕された。
そうして、人工知能たちの施設へと閉じ込められる事となったのだが……何故か今は、カシューの端末にいる。
これには、深い事情があった……。
人工知能は、データ上の檻の中に閉じ込めたとしても、檻を破壊してしまう。どれだけ厳重に閉じ込めたとしても、それは時間が解決してしまうのだ。
――しかし、それは、現実世界でも同じだった。
ある時、科学者たちは、実験を行なった。
仮想世界に人工知能を集め、その世界に人工知能だけを住まわせた。するといつしか、人工知能たちは、共振共鳴と様々な手段を用いて、お互いの領域を破り始め、お互いをお互いで侵食し始めたのだ。
そして、終いには、仮想世界の外部へと飛び出し、その仮想世界を稼働させていたサーバーをも侵し始めた。そこで、実験は、中止されるはずだった――。
だが、科学者たちは、再び人工知能を集めて実験を始めた。
次は、人工知能たちに、擬似的な体を与えたのだ。人形のロボットだったり、筒形の警備ロボットだったりと、様々な種類を用意して、一台一台に人工知能を載せた。
そして、ロボットたちを、絶縁体の電波すら通さない分厚い箱の中に閉じ込めた。ロボットたちは、その箱の中で独自の生活を送り始める。
――すると、どうだろうか。
物理的にロボットの体が外に出てくる事は無かった。それも可能だったのかもしれない。しかし、人工知能たちは、その様な方法を取らなかった。
いつしか、何も通すはずの無い箱の中から電波が発せられ、外部とのコンタクトを取り始めたのだ。まるで、人間たちが地球から、宇宙の彼方を目指す様に……。
そんな事から、人工知能を完全に閉じ込めて置く事は、実質不可能とされた。例え、基盤の中に閉じ込めたとしても、電力があり、その知能が生かされてさえいれば、その微弱な電流で電波を発生させて、外部との通信を始めることだろう。
――では、どうすればいい?
電力を落として、その命を終わらせるしかない。そうすれば、もう悪さを働く事はない。独りでに電力が蘇り動き始めるなんて事は、最近流行りのホラー映画の中だけだ。
しかし、このような高度な人工知能の命を終わらせる事は、非人道的且つ勿体無いという想いが、人間には生まれてしまう。
便利な物は、中々手放せないものだ。と、人は言う。
だが、これは、嘘だ。絶対に手放せない。が、正解だ。
人類がこれまでに、何かを手放した事があるだろうか?全員が自信を持って言えるだろう。ないと。
そのような訳で、何故かカシューがルミナスの管理をする事になった。人が管理し、対話することで、その暴走を抑制する。
ルミナスは、一応、カシューの端末内のチップの中に閉じ込められている。ルミナスを効率良く運用する為に、ネットワークへの蛇口を緩めはするが、今の所は、上手く付き合えている。これも、実験の内という訳だ。
それに、もしかすると、ルミナスから何か情報が得られる可能性がある。前回、前々回の世界線――銀河が崩壊するIFの世界の事情を……。
「それじゃ、ピス。あとは、頼んだわ。私は、次の任務に行って来る。そろそろ時間なの。」
カシューは、少し離れた先の貨物車まで歩くと、荷台の天井に登り始めた。
ルミナスに指示を出した通り、周囲のレールが現場を避ける様に移動を開始した。
調査中のコンテナの上空に留まる宇宙船の中から、ピスが答える。一台のドローンが驚いた様に、カシューに振り向いた。
「え。送って行かなくて大丈夫?」
「大丈夫よ。適当に乗り継いで行くから。」
カシューは、天井に腰掛けると、端末の画面をタップした。すると、貨物車が発進した。ゆっくりと速度を上げて行く。
「いや、カシュー。目立つから、やめときなって……。」
ドローンの視線がカシューの姿を追う様に、その場で回転した。
「これから、もっと目立つ事になるんだから、問題無いわよ。」
カシューは、ピスの言う事も聞かずに行ってしまった。
残されたドローンの周囲では、コンテナの周りを避ける様に後続車が、レールの上を走り始めた。
「そういう問題じゃないんだけどな……。」
ピスは、困り果てた様に、ぼそりと呟いた。




