27 トチュウ村の薬屋さん
トチュウ村のはずれ、小さな薬草の店には、いつも人の気配があった。
朝、戸が開く前から、誰かが待っている。
最初にやってくるのは、村の人たちだ。
畑仕事へ行く前、家事の合間、あるいはただ少し休みに。
「おはよう」
気軽に声をかけるその顔には、もう警戒はない。
かつてこの店の娘を疑い、ひそひそと噂していた者たちだが、今では違う。
「この前は悪かったな」
そう言って頭を下げる者も少なくない。
それを受けるダイアナは、ただうなずくだけだ。
責めることも、蒸し返すこともない。
その態度が、かえって人の心を軽くする。
店の中では、祖母とダイアナが並んで客の話を聞く。
「いつから痛むんだい」
祖母の声はゆっくりで、やわらかい。
急かすことはない。
答えを引き出すというより、話させる。
隣でダイアナは静かにうなずき、必要なことだけを確かめる。
言葉は少ないが、的確だった。
やがて湯が沸き、薬草が入れられる。
立ち上る湯気とともに、店の空気がやわらぐ。
一口飲んだ客が、ふっと肩を落とす。
それだけで、この店の価値は十分だった。
午前中の客は、そうしてゆっくりと帰っていく。
「また来るよ」
その言葉が、自然に残る。
昼を過ぎると、店の空気が変わる。
今度は冒険者たちだ。
革の鎧に剣を下げ、疲れた顔で入ってくる。
「今日もきつかった」
「腕が上がらない」
遠慮のない言葉が飛び交う。
ダイアナは慣れた様子で応じる。
水を差し出し、傷を洗うよう促す。
そして茶を用意する。
その手つきは無駄がなく、迷いもない。
祖母は時折口を挟むが、多くは見守るだけだった。
店の中には笑い声が広がる。
「ここ来ると楽になるんだよな」
「回復した気がする」
軽口のようでいて、本音だった。
彼らはここで体を休め、明日の力を整える。
この店は、途中の村にある休息の場となっていた。
ときおり、村の外から客が来る。
王都へ向かう商人や、噂を聞きつけた旅人。
「少し寄ってみようと思って」
「噂を聞いてね」
そう言って戸をくぐる。
店は質素だ。
立派な看板も、豪華な調度もない。
だが、座ればわかる。
たまにすがるような目の患者がやって来る。
「医者も薬局もいろいろ行ったけど……」
「そうかい。ここまで大変だったのでは?」
「うん、だけど、婿が連れて来てくれて」
そばで優しそうな男性が頭を下げる。
「頭痛は辛いからね」
「これは見えるかい?」
祖母は処方箋を差し出した。
「なんとか」と紙を近づけたり離したりするのを見て
「多分、目の疲れだね。もう小さい字を読むのは諦めるほうが」
話を聞きながらダイアナはリラックスする茶を用意する。
「そうか、目から。そうだね。目だね。ゆっくりすればいいか」
「ゆっくりしようかね」
茶葉と眠り薬を少し持って二人は帰っていった。
ここには、安心して息をつける空気がある。
祖母とダイアナは、変わらず話を聞く。
急がず、押し付けず、ただ相手に合わせる。
そして出される一杯の茶。
それは薬ではない。
だが、確かに人を楽にする。
◇◆◇◆◇
夕方、店の戸が閉まるころには、静けさが戻る。
だがそれは、寂しさではない。
一日を終えた満ち足りた静けさだった。
かつてこの店は、疑いと噂に囲まれていた。
泥棒だと決めつけられ、人が離れた。
だが今は違う。
人が集まり、笑い、また来ると告げて帰る。
必要とされている場所になった。
体を休めるために。
心をほどくために。
そしてまた、歩き出すために。
トチュウ村の小さな店は、今日も静かに人を迎え、送り出していた。
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