<薊色の出会い>
少年は一つ街を越えて、「薊色の街」に来ていた。ここは蓮色の街とは違い、少年が大好きな海があり、薊が美しく咲き乱れている。
少年は読書というものを一度してみたいと思っていた。また、薊色の街の地図も必要だったことから、十五分後には街の図書館にいた。
少年は数冊本を手に取り、心を踊らせながら読みふけった。地図を頭に入れ、図書館を出ようかというときになって、一人の少年が気になった。
隣に何冊も難しい本を置き、必死に鉛筆を走らせているのだった。
「何してるの?」
少年は尋ねてみた。
「ああ…小説を書いているんだよ。この本はオレの好きな本で、気に入った表現とかを盗んで写しているんだよ」
「ずるいね」
「何か本は読んだことある?」小説家は苦笑して訊いた。
「さっき生まれて初めて読んだんだ。まだ、よくわからないや」
「生まれて初めて!?今まで興味がなかったのか?」
「ううん、ただ僕家出してきたんだ。親がひどくて、読書なんてとてもね」
「そういうことか。オレも家出してきたんだ。小説家になることを反対されてさ。嫌になって飛び出してきた」
「どこに住んでるんだい?」
「決まってない…ここの館長さん優しいからよく泊めてくれるんだけど」
「もっと楽しいところを見つけたんだ。一緒に住まないか?」
「それは嬉しいな、ぜひお願いするよ」
二人は外へ出ると公園のベンチに腰掛けた。そして少年は屋根裏のことと、今まで自分がどういう環境で育ってきたかということを話して聞かせた。
「危険だな、かなり」
小説家が言った。
「でも見つからなければ大丈夫だよ」
少年は答えた。
「じゃあ、探しに行くか…」
小説家はやっと納得して言った。
「ここに地図がある。まずは…ここ! ここ行ってみよう!」
二人が向かった先は海沿いのログハウスで、公園から五キロほどのところにあった。
ログハウスの当主は留守で、窓から簡単に入り込むと、すぐさま屋根裏に駆け上った。
そこは埃が多く、とても寒かった。
「まず掃除しよう…そして家具を買ったら搬入しよう」
そう言って二人は掃除を始めた。(その家の掃除道具で)
二十分後にはすべてをやり終え、家具を買うために家の外にいた。
「いくらあるんだ?」
店に向かう途中で、小説家が尋ねた。
「二十九万円。親のを盗ってきた」
少年が答えた。
「何件も家をもつんなら、ちょっと足りないな。食料だってあるし」
「僕は食料に費やす気はないよ。全部家具にあてがうんだ」
「全部家具だって!?そんなことしたら死んじゃうだろ」
小説家は驚いて言った。
「死にそうになったら盗めばいいし…それにちょっとは食料に費やすよ」
「なんでそこまで?」
「僕の夢は自由であることなんだ。長生きなんてしなくていい。ただ長い自由があれば」
「そうか…じゃあお前はそれでいい。でもな、長い自由も食べ物がないと手に入らないんだぜ?」
「それもそうだ。まあなんとかするさ」
小説家は呆れた顔でいた。少年は気丈うに振る舞っていたが、実はこのとき言葉に詰まっていた。そんな会話をしているうちに、店についた。
「いくらある?」
今度は少年が尋ねた。
「十万ちょっと。親のをせびってきた」
小説家は肩をすくめて答えた。
「じゃあ…言いずらいんだけどさ」
「何?」
「その十万を食料費にしてくれないか?」
少年は口を濁して言った。
「理由は?」小説家は目をそらした。
「小説家になるために必要な本は図書館にある。あとは机とか書くものとか紙だろ?それだけ買えば半分以上は浮くんじゃないか?」
「確かにまあ…」
小説家は迷った様子でいる。
「いつ小説家としてデビューする気でいる?」
「二十歳。あと四年後だ」
「その頃はもうこんな生活してないと思うんだ。わかるだろ?」
「言われてみればその通りだな」
「わかってくれて嬉しいよ」
生まれて初めて店の中へ入った少年は、歓喜の心でいっぱいだった。
絨毯、ソファ、マットレス、シャンデリア、クッションにコタツなどなど…。
少年は絨毯と椅子を二脚だけ買って、外に出た。
そしてそれらを手で持って歩いた。その道中で今度は中古の家具屋があったので、二人はそこに寄った。
少年は、表面がガラスでできた小さな丸テーブルを、小説家はちゃんとした机と椅子をそれぞれ買い、外に出た。
「どうする?持てないぜ、さすがに」
小説家が言った。
「往復しよう。それまでは見張りをかわりばんこにして」
こう言って一人一往復したとき、最後の荷物は二人で持つことにした。
だがもう少しで着くというところでまた、ある店が少年の目にとまった。
それはゲーム屋だった。
「勘弁してくれよ」
小説家が言った。
「なあにすぐ戻ってくるよ」 その言葉通りに少年は、三分後には戻ってきた。大きな箱を抱えて。
「それは何?」
小説家が尋ねた。
「チェスだよ。他にもバックギャモンとかいろいろ入ってるんだ」
「チェス?知ってるのかい?」
「前に一度、親が鍵をかけ忘れた日があってね。そのときテレビをつけてみたらチェスがやっていたんだ。これをいつか友達とできたらいいなって思ってた」
「なるほど、バックギャモンは…?」
「知らない。この箱に書いてあっただけっ」
少年はいたずらな笑いを見せた。
三十分後、屋根裏は一変していた。
暖かい絨毯、その隅には机と椅子が、窓際にはガラスの丸テーブルと椅子二脚が置かれており、テーブルの上にはチェス盤が置かれていた。
それだけで、冷たかった部屋もとても暖かいと感じるのだった。
二人は緩い会話で盛り上がっていた。チェスのルールを覚え、二人で対戦していた。
と、そのとき、ドアの閉まる音が聞こえた。
ログハウスの当主が帰ってきたのだ。