朝焼け
地球へ向かう宇宙船の中。
紅色硫黄細菌。それが本当にトラピスト1eを救えるかは、まだ分からない。
硫化水素をどれほど減らせるのか。
この星の環境で増殖できるのか。
そして、硫化水素が減ったあと、絶滅した植物を本当に蘇らせられるのか。
何も保証されてはいない。
それでもウィは地球へ向かった。
かつて自分たちが壊した星を、もう一度生きられる星にするために。
「山下」
「何?」
「地球についたら何をするの?」
「紅色硫黄細菌を採取する」
「そのあと?」
「トラピスト1eに戻る」
「そのあと?」
「培養する」
「そのあと?」
「硫化水素を減らす」
「そのあと?」
「植物を戻す」
「そのあと?」
「ルポルムを増やす」
「そのあと?」
「……」
山下は考えた。
「分からない」
「分からないの?」
「うん」
ウィは大きな口で笑った。
「いいね」
「何が?」
「分からないことがある」
ウィは窓の外を見る。
「宇宙にはまだ、分からないことがいっぱいある」
「だから僕は探査員をしている」
「じゃあ、暇つぶしには困らないね」
そうか、全部が分かったら1e人は暇になってしまうのだ。
山下は外を見る。
「そうだね」
宇宙船は、暗い宇宙を進んでいく。
四十光年先には地球がある。
そのさらに先には、まだ人類が名前すらつけていない星がある。
そこには、地球の植物とはまったく違う植物がいるかもしれない。
地球の生物とはまったく違う生命がいるかもしれない。
そして、もしかしたら。
人間が「生命とはこういうものだ」と思っていたもの自体が、ただ地球でたまたまそうだっただけなのかもしれない。
宇宙は広い。
生命は、もっと広い。
だからきっと、
暇つぶしには困らない。
「山下」
「何?」
「フュージョンしよう」
「しない」
「地球まで四日もあるよ」
「しない、オセロをしよう」
「一回だけ、オセロは当り前よ」
「しない」
「暇つぶしよ」
「……」
「せーの!」
「やめろ!」
宇宙船は、二人(三人?)のくだらない会話を乗せたまま、地球へ向かった。
トラピスト1eでは、まだ誰も知らない。
自分たちが生き延びるために、地球という遠い星から、一匹の小さな生物がやって来ることを。
そして、その小さな生物が食べるのは、自分たちが生み出した、かつての戦争の残骸だということを。
それはたぶん、宇宙で最も生産性のない暇つぶしだった。
けれど、今度は。
誰かを殺すためではなく、誰かが生きるための暇つぶしだった。




