タイタンにて
この世界には、まだ解明されていない謎がいくつもある。
生命はどこから生まれたのか。
なぜ人間は宇宙にいるのか。
地球以外にも知的生命体は存在するのか。
そして、宇宙は一体どこまで続いているのか。
山下は、それらの謎を解くために惑星探査をしていた。
今回の目的地は、土星の衛星タイタンだった。
地球を出発してから八年。
八年というのは、宇宙旅行としてはかなり長い。山下は途中で何度か「もう帰ろうかな」と思ったが、帰るためにも八年くらいかかるので、結局そのままタイタンへ向かった。
そして今、山下はタイタンの極寒の大地に立っていた。
調査機器の数値を確認しながら、地表のサンプルを採取している。
そのときだった。
「クルカルポモルモルセイルカルクルルールル!」
突然、背後から声がした。
山下が振り返る。
そこには、二体の生物がいた。
背丈は山下より少しだけ大きい。
蟻のような、蜂のような、蜘蛛のような顔に、ミーアキャットのような立ち姿だ。
二体とも全く同じ姿をしている。
が、見慣れない人種は顔の区別がつかないように、単に山下にはまだ判断ができないだけかもしれない、と山下は回転が鈍くなった頭で思う。
二体は山下を見つめている。
そして突然、身体の一部を筋肉のようにムキムキと膨らませた。
さらに、妙に見覚えのあるポーズをとった。
ドラゴンボールの悟天とトランクスがフュージョンするときの、あのポーズである。
「ちょ、ちょっと待って!」
山下は両手を上げた。
「殺さないでくれ! 敵意はない! 仲良くしよう!」
二体は動きを止めた。
そして顔を寄せ合い、何かをブツブツと話し始めた。
「クルカルケルモル……」
「ポモル……」
「クル……」
山下には何を話しているのかさっぱり分からない。
どうしたらよいか右往左往していると、突然、それまで意味のない音にしか聞こえなかった声が、山下の頭の中で意味のある言葉として理解できるようになった。
「なんでこいつ、惚れないわけ?」
「いや、おかしいわ。もう一回やるよ」
「せーの!」
二体は再び筋肉のようなものをムキムキと膨らませた。
そして、フュージョンのポーズをとった。
「どう? かわいい?」
向かって左側の生物が聞いてきた。
「かわいくは……ないな」
「そう。ならいいわ」
生物は特に傷ついた様子もなく言った。
「あなたはどこから来たの?」
「地球という星だ」
山下は持っていた立体天文座標を取り出した。
「ここだ」
二体がこちらに向かってくる。
そして足を胴体にたたみ、画面を覗き込む。
よく見ると全身が毛でおおわれている。
そして、首のあたりは特に毛深くマフラーのようになっている。
「あなた、まさかスーセル人!?」
「スーセル?」
「ウィはここよ。トラピスト1e」
「……え?」
山下は画面を見る。
そして二体を見る。
「ここがトラピスト1e?」
「そうよ」
「君たちもトラピスト1e人?」
「そうよ」
「……」
地球人たちが何年もかけて観測し、生命が存在するかどうかを議論してきた惑星。
その惑星に住む生物自身が、地球人とまったく同じ名前で自分たちの故郷を呼んでいる。
宇宙は、ときどき妙なところで話が合う。
「わお。びっくり」
山下は言った。
「ところで、ウィというのは名前? どっちの?」
「どっちもウィよ」
「どっちも?」
「もちろん。普通は一人で一つの名前を持つけど、私たちは双子だから」
「じゃあ、お互いをなんと呼ぶんだ? 不便じゃないか?」
「ウィはお互いを呼ばないわ」
「呼ばない?」
「言葉がなくても意思疎通できるもの」
ウィは当然のことのように答えた。
「二人いるけど、同一個体みたいなもの。だから経験してきたことも同じだし、どっちと会話したって答えは同じよ」
「でも、さっき二人で話してなかったか?」
「……」
ウィが黙った。
「聞こえてたのね」
「うん」
「あれは独り言よ。忘れて」
「分かった」
「で、あなたの名前は?」
「僕は山下。惑星探査をしている」
「山下!私たちは山下に会いに来たの」
「僕がここに来るって知ってたってこと?」
「そんなことは知らないわ」
「じゃあ、どうして?」
「スーセル、えーと、地球だっけ?」
「そう」
「地球のことは知っていたの。どこにあるかウィは知らなかったけど、この間完成した最新の電波望遠鏡で、太陽系の一つの惑星からついに電波を受信したのよ」
ウィは得意げに胸を張った。
「それで地球に向かった。でも、目的地に着く前に機体のトラブルが起きて、メンテナンスのためにここに降りたの」
「タイタンに?」
「そう。まあ、もしかしたら地球人がバケーションでもしに来ているかもしれないし」
「してないよ」
「してなかったとしても、近くからなら地球のことが分かるわ」
ウィは大きな口をパックリと開けた。
どうやら笑っているらしい。
「で、本当に地球人に会えちゃうなんて。やっぱり行動する人には報いがあるのね」
「僕も夢みたいだよ」
山下は二体を眺めた。
「ところで、さっきからなんで僕たちは会話できてるんだ?」
「そういえばそうね」
「やっぱり夢か? 僕は死んだのか?」
「いや、待って」
ウィは山下をじっと見た。
「山下は動いている」
「うん」
「だから、きっと生きてるわ」
「ありがとう」
「山下が何もしてないとしたら、ウィね」
「え?」
「山下、声ってどっちから聞こえてる?」
山下は二体の間を指した。
「ちょうど二人の中間地点から」
「ならレールね」
「レール?」
よく見ると、二体の中間地点には小さな物体が浮いていた。
それは、ちょうどウィの頭の上に浮いている器官と同じような形をしている。
「これがレール」
ウィが説明する。
「双子にしかないの」
「何をするものなんだ?」
「ウィもよく知らないわ」
「知らないの?」
「分かっているのは、これが二つの脳みそをリンクさせているらしいってこと」
ウィは少し考えた。
「もしかしたら双子は実は別個体で、このレールが二人を一つの個体みたいにしてるのかもね」
「ものすごく重要そうな器官なのに、ずいぶん適当だな」
「それにしても宇宙人と会話までできちゃうなんて」
ウィは二体の身体でレールを見た。
「双子って怖いね」
「怖いのか?」
「もしかして双子って宇宙人なのかな」
「少なくとも僕にとっては宇宙人だよ」
「とにかく、バンザイだね」
「何が?」
「分からない」




