第九話、画面越しの温度
第九話です。
第二章の始まりになります。
飲み会の夜を越えて、蒼汰と結衣はチャットアプリで短いやり取りを重ねていきます。
派手な言葉ではなく、短い一文の中に少しずつ変化が生まれていく回です。
それから、約束の日までのあいだ、互いにチャットアプリで短いメッセージを交わすようになった。
最初のうちは、仕事終わりの延長のような、ごく簡単な挨拶だけだった。
『今日はお疲れ様でした』
『お疲れ様です』
それだけで会話は途切れる。
続ける理由もなければ、無理に会話を繋ぐ必要もない。それくらいが、ちょうどよかった。
少し時間が経つと、やり取りの内容にもわずかな変化が生まれた。仕事の話が、少しだけ具体的になる。
『今日、物流忙しそうでしたね(+_+)』
『はい。いつもより荷量が多かったので(^_^;)』
ほんの少しだけ、やり取りが長く続くようになる。
それでも、まだ“会話”と呼ぶには足りなかった。ただ、業務連絡の延長とも言い切れないものが、画面の上に少しずつ残り始めていた。
さらに数日が経ったころ、今度は向こうから届く一文に、これまでとは違う温度が混じった。
『今日は、少し疲れました(T_T)』
愚痴というほどでもない。弱音とも言い切れない。
ただ、それまでのやり取りにはなかった“個人”が、そこには少しだけ含まれていた。
画面を見つめたまま数秒、指が止まる。
もういちどメールを読み返す。同じ一文のはずなのに、さっきとは少しだけ違って見えた。
――無理に踏み込む必要はない。
それだけは決めている。その一線だけを残して短く打つ。
『お疲れ様です。無理なさらず(^_^)/』
それで終わるはずだった。
――
通知に気づいて画面を開く。
『お疲れ様です。無理なさらず(^_^)/』
それだけの短い一文。
けれども、不思議と軽くはなかった。
何も聞かれない。何も決めつけられない。
それなのに、突き放されている感じもしない。
画面を閉じる。
もう一度、画面を開いて同じ文面を、もう一度だけ確かめる。
少しだけ安心すると同時に、ほんの少しだけ怖くなる。
――ちょうどいい。
そう思った理由は、うまく言葉にできなかった。
――
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第二章では、蒼汰と結衣が初めて二人で出かける日までを描いていきます。
今回はその始まりとして、チャットアプリでの短いやり取りを中心にしました。
たった一文でも、聞き方や返し方ひとつで、相手との距離は変わっていく。
そんな静かな変化を大事に書いています。
ここから二人の関係は少しずつ近づいていきますが、同時にそれぞれが抱えている不安も、少しずつ輪郭を持ち始めます。
引き続き、蒼汰と結衣の選ぶ“最適解ではない答え”を見届けていただけると嬉しいです。




