27-19 王の人形
翌日。繁華街にある小料理店『刀傷の安らぎ』にて、ミヤ、ゴート、イリスの三名が同じテーブルについて食事をとりながら、談話していた。
ユーリとノアもつい先程まで食事をとっていたが、今は食事を済ませて先に店を出て、買い物をしている。
「王を擁立したことで、以前のような暴動を防げたことが大きかったわねー。犠牲者が格段に少なく済んだしー。あ、お水おかわりー」
通りがかった店員に、五イリスが度目の水のおかわりを要求する。
「その件に関してはもっとアピールしておくべきだね。それで王制復活に反対する奴等を黙らせ根事も出来るんだから」
テーブルの上に寝そべったミヤが言った。
「魔術師の地位と組織体型、そして王制も復活して、貴族の多くも殺され、K&Mアゲインの目的はほぼ遂げられちゃいましたねー。これで私達の勝利って言えるんですかー」
イリスが疑問を口にする。それは多くの者が抱いている疑問だった。
「K&Mアゲインは解体され、首謀者達は一切の自由をはく奪されたのだ。勝利ではあろうぞ」
ゴートが髭をいじりながら言う。
「儂は大団円だと受け取っているよ。K&Mアゲインは、儂が内心望むことを、儂の代わりにやってくれたようなものさ。おかげで儂は手を汚さず済んだ」
「そのように思われていたのですか……」
「えー、ミヤ様ってば、そんなこと言っちゃうんだー」
ミヤの発言を聞いて、ゴートもイリスも驚く。
「儂は余計な血を流したくないから、奴等に与さなかった。しかし儂が望む理想は、K&Mアゲインと同じようなもんだ。ジャン・アンリが唱える、全ての者に魔術師の教育を施すっていう理想には、懐疑的だけどね」
そこまで話したところで、ミヤは後ろ足で首を掻く。
「ま、儂は自分の手を汚したくなかった卑怯者よ。王制の復活も、魔術師達の復権も望みながら、それを実行するK&Mアゲインに盾突く立場を取りながら、奴等の望みが叶う形に誘導してやった。我ながらひどいものよ」
「つまりミヤ様が黒幕っ」
イリスがおどけ半分驚き半分の声をあげる。
「そんな大層なもんじゃないわ。要所要所で少しだけ動いただけさね。わかりやすい例をあげれば、儂はあ奴等を仕留める機会が幾つかありながらも、仕留めなかった。見逃していた。それは儂個人があ奴等を殺したくなかったという気持ちもあるが、K&Mアゲインがある程度存続してくれて、この国の体勢が三十年前に戻る方が望ましいという計算もしていたからさ」
それだけではなく、K&Mアゲインに関する会議の際にも、ミヤは幾度となくK&Mアゲイン寄りの発言をして、貴族達の決定を誘導していた。
(ユーリはわりと早い段階で見抜いていただろうね。儂がK&Mアゲインを利用して、彼奴等と同じ目的に別ルートで向かっていたことを)
ミヤは思う。
「しかし腐敗したア・ハイにとっては、そうなった方がよかったわけですな」
「そういうことさね。K&Mアゲインはやり方こそ悪かったが、掲げた目的の全てが間違いだったわけではなかったと、これから証明されるだろうよ」
ゴートが言い、ミヤが頷いた。
「年寄り同志でまだお喋り?」
ノアが戻ってきて声をかける。ユーリもいる。
「むっかー、誰が年寄りですかーっ。私は妙齢なんですぅーっ」
イリスが翼をはためかせて抗議すると、丁度水を入れにやってきた店員の顔に、翼が当たりそうになった。
「じゃ、シモンの所に行こうかね」
ミヤが促す。食事の後、皆でア・ハイの新たな王となったシモンに挨拶しに行く予定だった。
***
スィーニーとチャバックは留置所を訪れた。
「ケープ先生……」
「情けない姿を見せてしまったわね」
悲しげな顔で声をかけるチャバックな、ケープは力なく微笑む。
「チャバック、体が大分治ったのね。いえ、治ったという表現はおかしいかしら」
強固な結界が張られた留置所の中で、ケープがチャバックを見て微笑む。
「ケープ先生の後に診療所にいるフェイスオン先生が、何度も魔法をかけてくれて、普通の人と同じにしてくれたんだよ。まだ駄目な所もあるけど」
「そう、よかったわね」
浮かない顔で報告するチャバックに、ケープは小さく微笑む。
「ケープ先生、まだ諦めてない?」
スィーニーが問うと、ケープはうつむき加減になる
「私が口にした言葉を信じられるの? 私は悪者だし嘘吐きよ」
「嫌味言わないでよ。つーか、そんな返しされたら何も話せないじゃんよ」
かつてスィーニーがケープに向かって吐いた言葉を返され、スィーニーはむっとする。
「足りないことはない。もう届いた」
「え?」
脈絡のない台詞を口にしたケープに、スィーニーは怪訝な声をあげる。
「私ね、いつも呪文のように自分にこう言い聞かせていたの。『これだけでは足りない。このままじゃ届かない』って。そう言い聞かせて頑張っていた。でも、私の望みは大分叶ったわ。私の力がどれだけ役に立ったかは微妙だけどね」
満足げに語るケープを、チャバックもスィーニーも複雑な表情で見ている。望みが叶ったと言っても、今ケープは犯罪者として拘留中だ。その後どうなるかも知っている。処刑や懲役刑は無くとも、生涯、自由な人生は与えられない。命令されるがまま、魔術師としてア・ハイに従事し続ける事となる。
それを軽い刑と見なす者もいたが、スィーニーとチャバックにはそうは思えなかった。人喰い絵本の攻略のような危険な任務に、率先して回されることになるからだ。人喰い絵本攻略を生業としている魔術師もいるが、それは志願した者達である。
「できれば選民派の貴族を根絶やしにしたいと、今でも思っている。彼等は悪でしかない。彼等のせいでどれだけの人が不幸になったか……」
「ケープ先生も元貴族なんでしょ? ケープ先生はそいつらに何か恨みがあるん?」
スィーニーが質問すると、ケープはとある風景を思い出した。旧鉱山区下層の、とある裏路地。道と壁。
反射的に、母の形見である懐中時計を握ろうとして、出来ない事に気付く。あの場所に行く度に、思い出す度に、ケープは懐中時計を握りしめていたが、あれは今取り上げられてしまっている。
「私はね、旧鉱山区下層で一人のお爺さん助けて貰ったことがあるの。貴族の立場を追われ、あの場所で慣れない生活をしていた時に、そのお爺さんが毎日のように私と私の家族を手助けしてくれたのよ。とてもいい人だった。素晴らしい人だった。チャバックと同じように、片足が上手く動かないお爺さんよ」
懐かしさと悲しみと怒りがないまぜになった心情で、ケープは述懐する。
「そのお爺さんが、あの通りで殺されていたの。あの通り……って言ってもわからないけど、私はその場所が頭の中にこびりついてしまったわ。第一発見者は私だったしね。殺したのは選民派貴族の嫡子ぼんぼん。証拠は揃っていたのに、裁判では無罪になって、代わりに罪を着せられたのは、旧鉱山区下層で乞食のような生活をしていた知的障害者の子よ。まだ十二歳だった。証拠不十分だったのに、その子は死刑になったわ」
「ひどいよ……」
ケープの話を聞いて、チャバックは震える。自分と同じく頭の障害があり、自分と同年齢で、何もしていないのに身代わりに冤罪をかけられて、死刑にまでされるという、その事実にぞっとした。そして自分と重ね合わせて意識してしまう。
「あのお爺さん、いつも王政による統治を懐かしんでいたわね。私はどうしてもお爺さんと殺された子の仇がとりたかった。こんな腐った社会を許してはいけないと思ったわ。だから――」
「でもK&Mアゲインが暴れたせいで、死んだ人もいっぱいるんよ。それはどうなん? その人達だって、ケープ先生の話に出てきた爺さんと子供と同じだろ」
ケープの話を遮り、スィーニーが厳しい声音で指摘する。
「そうね。私も同じ罪を犯した。大義を掲げて、見て見ぬふりしていたわ」
ケープはうなだれて、その事実を認めた。
それっきり、ケープは他に何も話そうとしなかったので、チャバックとスィーニーはやりきれない思いのまま、留置所を後にした。
***
旧鉱山区下層診療所。昼休みにフェイスオンが所長と雑談していると、二人の前に丸眼鏡をかけた少女が現れた。
「おお、ロゼッタ、お帰り」
診療所の所長が口元を綻ばせ、フェイスオンが振り返った。
ロゼッタは入口で入りづらそうにもじもじとしている。
「どうしたんだ? 夢見る病める同志ロゼッタ」
「た、ただいまれす……」
おずおずと診療所に入るロゼッタ。
「あたち……K&Mアゲインに入って日も浅く、大した活動もしていないので、無罪放免で見逃してくれと……ジャン・アンリという組織の幹部に人に頼みこまれて、それで……恥ずかしながら、こうして戻ってきたのれす」
「そうか……ジャン・アンリが……」
ロゼッタの言葉を聞いて、フェイスオンが目を細める。
「それで見逃して貰えたことは幸運だよ」
所長が言う。
「あ、夢見る病める同志ロゼッタが帰ってきた」
「よう、お帰り」「よく無事に戻って来たな」
そこにガリリネとヴォルフが現れて、笑顔でロゼッタを迎える。
「あたち……勝手なことして、皆のこと心配させて……それで……それなのにここにぬけぬけと戻って……」
「本当勝手だよ。二度とやるんじゃないよ」
「心配させていた自覚があったならよし」「戻ってきたからそれでいい」
気まずそうに謝罪するロゼッタに、ガリリネとヴォルフがそれぞれ言う。
「お帰り、ロゼッタ」
「あううう……ううう……」
フェイスオンが笑いかけると、ロゼッタは嗚咽を漏らし始めた。
***
王制が廃されても、ア・ハイには王城があり続けた。観光名所として。
しかし王制が復活した今、また王城として機能させる事となった。新たな王となったシモンはここで暮らしているし、連盟議員の貴族達もここで公務を行うことになった。
ミヤ、ユーリ、ノアはシモンに会いに、王城を訪れた。
「ねえ、シモン先輩の前でへーこらしなくちゃ駄目なの? 凄く嫌なんだけど」
「その必要は無いよ。公の儀礼的な謁見ではなくて、私的に会うんだからね」
ノアが伺うと、ミヤが苦笑交じりに答える。
「ああ、ミヤ様、いい所に来てくださいました」
「丁度連絡しようと思っていた所なのです」
王城に入ると、パニくると蝉の真似をすることで名を馳せた議員カイン・ベルカと、連盟議長のワグナーが、すっかり狼狽した様子で声をかけてきた。
「何かあったのかい?」
「ここでは言いにくいことです。謁見の間に来て直接御覧ください」
周囲の目を気にしてワグナーが言い、早足で歩きだす。
「百聞は一見に如かずか」
ユーリが呟き、ミヤ、ノアとそろって、ワグナーとカインの後を追う。
「余がア・ハイ新王、シモン・ア・ハイであーる。カッカッカッ」
謁見の前に入ると、玉座の前で立った王様姿のシモンが笑顔で挨拶する。
「これは……」
ミヤは即座に異変に気が付いた。
「王様姿のシモン先輩、新鮮」
「いや、それってシモン先輩では……」
感心するノア。一方でユーリも気付く。
「さあさあ、余の前にひれ伏せー。カッカッカッ。苦しゅうない、近うよれ。まこと大義であった。褒美を取らす。打ち首にせよ。カカカ。余がア・ハイ新王、シモン・ア・ハイであーる。」
「え……これ、何喋ってるの?」
同じ笑顔のまま、脈絡のない台詞を続けるシモンを見て、ぽかんとするノア。
「こいつはシモンの魔法人形だね」
憮然とした顔でミヤが言う。
「そのようなのです。本人はどこにもおらず……」
ワグナーが言った。
「あいつ、逃げ出しやがった……。マイナス188」
怒りを滲ませた声でミヤが言う。
「ちょっとちょっとノア、そんなことしちゃ駄目だよ」
「いいよ。好きにおし」
シモンそっくりの魔法人形の顔に悪戯描きをしだすノアを、ユーリは制したが、ミヤは死んだ魚の目で促すのだった。
***
その頃シモンは僧衣姿で、一人で山を歩いていた。
「ふう……拙僧はやはり王など御免被る」
山の上から景観を見渡し、シモンは目を細める。
「と……言いたい所だが、それはそれで問題もあるし、ちょくちょく戻って、王の務めもこなしつつ、魔法人形の言語調整もせねばならんの」
面倒だが何もかも放棄するわけにもいかないとして、大きく息を吐き、肩を落とすシモン。
「ま、王など人形のような役割であるし、こうした方が皆にとっても都合がよいじゃろ。故に、普段は人形で十分よっ。カッカッカッ」




