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27-18 降参しようそうしよう

「おやめ、ディーグル」


 シクラメにとどめを刺そうとしたディーグルを、アザミと交戦中のミヤが制した。


 その時、アザミがみその塊の中から出てくる。


「お、お兄ちゃん……」


 シクラメが倒れている姿を、信じられないものを見るような視線で見るアザミ。戦闘中ということも忘れ、恐怖に凍り付いている。

 固まってしまったアザミに対し、ミヤはここぞとばかりに攻撃するようなことはしなかった。すでにアザミも敗色濃厚であるし、これで終わりに出来ると見なした。


「苦戦しました」


 おぼつかない足取りで、ミヤのいる方へと移動するディーグル。


「ディーグル、ぼろぼろになってはいるけど、よくあのシクラメに勝てたね。流石だよ。ポイントプラス31くれてやろう」


 称賛しつつ、ミヤはディーグルに回復魔法をかける。


「勿体無いポイントにございます」

「ポイント多いっ。しかもディーグルさんの台詞がっ」


 ミヤと頭を垂れるディーグルを交互に見やり、驚きの声をあげるユーリ。


「アザミ、お前ももうそのくらいにして、降参しな」


 ミヤが穏やかな声音で告げると、みそまみれのアザミの顔色が変わる。


「ジャン・アンリとロゼッタも降参したよ。儂はお前を殺したくはない」

「ケッ、こんだけ騒ぎ起こして、貴族も大量に殺しまくったあたしらを、ロドリゲスみてーに、裁きにかけずに生かすってのか?」


 すねた表情になって問いかけるアザミ。


「ふんっ。魔法使いであるお前達を殺せる者は限られる。つまり、だ。生殺与奪の権は儂にある。民衆が――法がいくら許さんと言っても、お前達を裁くことはできんだろ」


 ミヤがあっけらかんと言い放つ。


 ブラッシー、アルレンティス、シクラメの三人が、ミヤの前に現れる。ミヤが転移させたのだ。そして一人ずつ回復していく。回復させるのは外傷と体力だけだ。魔力の回復も出来なくも無いが、それは自分の魔力を分け与える事になるので、行わない。


「決着ついたのねーん。流石ミヤ様とディーグルだわ~ん」


 感心するブラッシー。


「ふん、お前達も頑張ったさ。二人ともポイント7プラスだよ」

「あらあら、結構高ポイントつけて頂いちゃったわ。嬉しい~」


 労うミヤに、喜ぶブラッシー。


(ディーグルさんや僕とは、かなりポイントに差があるけど)


 そう思うユーリだが、もちろん口には出さない。


「ミヤ……とどめを刺さないで助けてくれたんだねえ? だよねえ?」


 シクラメも目を覚まし、恐る恐る尋ねる。


「ふん、儂はお前達を殺したいわけじゃない。いや、最初ハナっから殺したくなかったんだよ」


 ミヤがシクラメを一瞥して言うと、アザミの方を向いた。


「アザミ。過去はもういいだろう。今を受け入れな」

「ケッ、うっせーな……。あたしらは……あたしと兄貴は、新たな世界も創るつもりだったし、そのために過去にけじめをつけてやりたかっただけだ」

「ふん。じゃあ今後は新たな世界を創るために働いてもらおうか。それがお前に与える罰だ。それとも、逃げるかい?」


 思いもよらなかったミヤの言葉に、アザミは一瞬呆気に取られた。


「はあ? 逃げるだ?」


 少し間を空けてから、反応する所はそこではないと思いつつ、険悪な声を発するアザミ。


「その気になれば逃げられるさ。癪なら死んで逃げる事もできる。思い通りになりたくないと、ア・ハイから離れる事もできる。しかしお前達姉妹やジャン・アンリの知と技と力があれば、ア・ハイの魔道文明をより発展させられる。何より今ア・ハイは魔術師不足だ。エニャルギー不足でもある。人喰い絵本攻略と魔物討伐の戦力も欲しい。お前達はお前達の持てる力を生涯、ア・ハイのために注ぐんだ。それがお前達が出来る最大の償いだよ」


 こんこんと諭すかのような口振りで話すミヤに、アザミは懐かしい気分になっていた。まだ自分が見習いだった頃、魔術学院でミヤの指導を受けていた際、いつもこんな口調だった。


(あたしらもロドリゲスと同じ扱いにするってのかよ。これだけの大罪働いて、それで済ませちまおうってのか? でも……確かにミヤの言うことは全て理に適っている)


 何より自分達を裁ける者は限られる。ミヤがその気がないと言った時点で、ミヤに従うブラッシーやシモン達も従うことは無いだろう。サユリはそれなりの実力者だが、アザミ達を罰する任を承るかは疑問だ。


「ちょっとちょっとー、こんな騒動起こしてお咎め無しで済ませるんなら、サユリさんもK&Mアゲインに入っておけばよかったのだ。それでやりたい放題やりまくればよかったって話でして」


 サユリが不満全開の顔になって訴える。


「じゃあお前はこいつらを殺したいのかい? お前が殺すかい? それが出来るのはお前くらいになるよ。アデリーナやマーモでは力不足だしね。そして処罰する機会は、二人が弱っている今しかないよ」

「断じて嫌でして。何でサユリさんが死刑執行人みたいなことしなくちゃならいなのだ」


 ミヤが問うと、サユリは憮然とした表情になってそっぽを向く。


「シクラメ、お前の考えも聞きたい。こうしてはっきりと敗北した今、お前なら賢い判断も出来るだろう」


 今度はシクラメの方を向いて問うミヤ。


「僕にアザミを説得しろっていうの?」


 シクラメは微苦笑を零し、肩をすくめた。


「お前は復讐の念に囚われた妹を哀れみ、ずっとアザミに付き合ってきたんだろう? そのお前の言うことなら、アザミだって聞くだろう」


 ミヤの台詞を聞き、シクラメは珍しく真顔になり、アザミはまた表情を凍り付かせる。


(お兄ちゃんをずっと付き合わせてきた。お兄ちゃんはあたしと同じ立場でも、復讐したいなんて思っていなかったのに……)


 その事実はアザミもずっと意識していた事だ。


「その前にミヤに言っておきたいことがあるよう。ミヤ……ありがとうねえ。何度も情けをかけてくれて。ミヤもわかっていたんだよねえ? 時間はかかるけど、時間さえかけて回り道をすれば、上手く収めることが出来るって、計算していたんだよねえ?」


 シクラメが口にした台詞は、そのままシクラメにもあてはまるのだろうと、その場にいる全員が察した。シクラメもわかっていたのだ。時間をかけた回り道が必要であると。


「まあね。少し長かった気もするが、いずれは元通りになると信じていたさ。そして今がその機だ。お前達がこれ以上罪を重ねることは見過ごせん」


 ミヤが少し厳しい口調になって言った。


 シクラメがアザミの方を向く。アザミは呆然とした顔で、シクラメを見返す。


「アザミ、これくらいにしてもう降参しよう。ミヤが便宜を図ってくれるんだから、それに乗ろう」

「でも……でもよ……。そんな今更……。あたしは三十年もの間ずっと……」


 声を震わせ、肩を落とすアザミ。


「お兄ちゃんの言うことが聞けないの?」


 いつものあの台詞。しかし威圧感は全く無い。優しいトーン。優しい視線。優しい微笑。


「わーったよ……。あたしの負けだ。ミヤの処断に従う。好きにしやがれってんだ」


 うなだれ、力無く憎まれ口をたたくアザミに、ユーリとミヤは同時に息を吐いた。これでようやく決着だと認識した。


「ミヤ……あんたが三十年前に力を貸してくれたら、あたし達を助けてくれたら……って、いつも思ってた。この三十年間……ずっと……」


 うなだれたまま、絞り出すような声で悔しげに訴えるアザミ。


「あの時は助けられなかったが、いつか助けたいとは思っていたさ。今、やっと助けられたね」

「ケッ……これを助けたとぬかすのかよ……。糞猫が……」


 穏やかな声で告げるミヤに、アザミは力なく悪態をついた。


「ユーリ、お前がジャン・アンリ戦で踏ん張ってくれたおかげで、スムーズに勝てたよ」


 ミヤがユーリを見上げて言った。


「連戦になるとわかっていましたから」

「ふん。さらにポイントプラス14やるよ」


 今日はミヤが上機嫌でポイント大サービスだと思ったユーリだが、口にはしなかった。


「なあ……最後にあたしらが負けることも、兄貴は計算していたのか?」


 アザミが力無い声のまま尋ねる。


「いつかは止められる時が来ると思っていたよう? でもねえ、僕はアザミのために、やれることは全部やったよう。お兄ちゃんだからねえ」

「ケッ……糞兄貴が……」


 いつもの口調に戻って言うシクラメに、アザミは掠れ声で悪態をついた。


 そこにノアが来る。


「お、ノアちんが遅刻して」

「その呼び方やめて。というか、サユリも来てたんだ」


 意外そうな目でサユリを見るノア。


「ピンチのミヤとユーリを救ってやったから感謝するがいいのである」

「別にピンチじゃなかったような……」


 胸を張って口にしたサユリの台詞を聞いて、ユーリがぼそりと言った。


「そういうや三十年前、サユリも日和ってたっけな……。面倒なことに関わりたくないだのぬかしやがってよ。今回はどうして関わってきたんだ?」

「報酬につられたのだ」


 アザミが問うと、サユリはあっさりと答えた。


「相変わらずけったくそ悪ィ奴だ」


 サユリから視線を逸らし、アザミは吐き捨てた。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアは、帰宅して一息ついた。


「やっとK&Mアゲインと決着ついたね」


 ソファーに勢いよく腰を下ろしたノアが言う。


「結局はK&Mアゲインの望みの大半が叶った形。でもそれが正しい形でもある。ひょっとしなくても、師匠もあいつらと同じ目的だった?」

「そうだよ。貴族の粛清はともかくとして、魔術師と王権の復権は、儂にとっても望ましい形だと思っていたさ。その方が美味くまとまるとわかっていたからね。ただ、儂はそう考えながらも何もしなかった。実際に行動したK&Mアゲインに便乗した格好だね」


 ノアが問うと、ミヤはあっさり認める。


「その機会を伺っていたんですか?」


 今度はユーリが尋ねる。


「儂は長生きしているからね。待っていれば、いつかは正しい形に戻るとわかっていたさ。それが人の歴史なんだよ。紆余曲折しながら人は進んでいく。過ちも誤りも、どこかで気が付いて、何かの機会を利用して、修正するものだ。ゴミ箱の件もそうだった」

「ゴミ箱?」


 突然妙な単語がミヤの口から飛び出し、怪訝な声をあげるユーリ。


「ずーっと昔の話だけどね。ソッスカーにあったゴミ箱の中に、毒物が紛れ込んでいた。そうしたら、ア・ハイ全土でゴミ箱を撤去して、何十年もゴミ箱無しの状態が続いた。実に愚かな話だが、ア・ハイが観光地として、他の国々から人が多く訪れるようになって、ゴミ箱が無くてそこら中ゴミだらけになって、ようやくそれも見直された。そういう話があった」

「馬鹿の極みだね」


 ミヤの話を聞いて、ノアが言い切る。


「歴史ってのは、その馬鹿の極みの繰り返しなんだよ。そして多くの者は、歴史を教訓にしないからね。だが、人は馬鹿なままでもない。どこかで機会があれば修正させる。昔、アザミは儂のことを、日和ってるだの、付和雷同する輩と一緒だと批判していたがね。儂一人の力でどうこうできるものではない。いや、出来るかもしれんが、それには多くの血を流すとわかっていた。儂はもう、それが嫌だったんだよ」

(もう?)

(師匠、もうということはつまり……)


 ミヤがうっかり口にしたその言葉を、ノアもユーリ聞き逃さなかった。そしてその言葉が意味する所も察した。

 二人の表情が変わる様を見て、ミヤははっとした。自分がついうっかりと余計なことを口にしたと。


「喋りすぎたね。余計なことまで言っちまったようだ。忘れな。さて……もう今日は休むとしよう」

「いや、晩飯ぐらい食べようよ」


 自室に向かおうとするミヤを、ノアが呼び止めた。

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