27-17 二番目に強かった
ユーリはジャン・アンリとの戦いで消耗が激しく、アザミとの戦いに積極的に参加は出来なかった。ミヤに任せるつもりでいたが、何かしら不足の事態が起こったらすぐにカバーできるようにも身構えていた。
アザミの中指動作に合わせた魔力刺突が、ミヤの念動力猫パンチが続け様に何発も繰り出される。
「師匠……後手に回って……」
二人の魔力の攻防を見て、ユーリは息を飲んだ。
(あえて後手に回って、アザミの攻撃に合わせて攻撃を放ち、打ち消している。そんなことが出来るなんて)
アザミが魔力を放つタイミングを読み、自身の体に魔力刺突攻撃が当たる直前に、ミヤは念動力猫パンチを刺突に対して繰り出し、これを打ち消し続けていた。
「舐めてやがんのか……この糞猫が」
自ら攻めず防戦一方になりながらも、力の差を見せつけるようにして、全ての攻撃を防ぎきるミヤを見て、アザミは怒りに顔を歪める。
「ふん。余裕があるのは確かだね。お前の攻撃は見切ったからさ。お前こそ、年寄りだと思って馬鹿にするんじゃないよ。前に戦った時と同じことしてどーする。防がれて当然だろ」
ミヤが不機嫌そうに言い放ち、攻撃のための魔法を用いた。
「ミヤ様ーっ!」
「敵将アザミがいるぞっ、ミヤ様に助太刀しろーっ!」
「うおおおーっ!」
ゴート率いる黒騎士団が現れ、ランスを構え、アザミに向かって馬で突進する。
「阿呆が! てめーらなんざ相手になるかっ!」
アザミが憤懣を込めて叫び、魔力の奔流を放ち、騎士団をまとめて吹き飛ばそうとする。
一見、苛立ち紛れに攻撃したようで、そうではない。アザミには目論見があった。自分が騎士団を攻撃すれば、当然ミヤが護ろうとする。その隙をついてミヤに今度こそ攻撃を食らわせようとしていた。
しかし魔力の奔流は、騎士団をすり抜けた。まるで手応えが無い。
「幻影か……セコい手を……!」
幻影の騎士団に気を取られ、逆に自分が他所に攻撃して隙を作る格好になってしまい、アザミは慌て気味にミヤを見て、防御に意識を傾けたが、遅かった。
念動猫パンチがアザミを叩き潰す。凄まじい圧力が加わり、さらには魔力を強制放出させていく。
「糞が……」
うつ伏せに倒されたアザミが、高速で自己回復しながら立ち上がる。アザミももちろん月のエニャルギーの力を得ているので、回復速度も速い。そして多少魔力を強制放出させられても、余力は十分だ。
立ち上がったアザミの元に、幻影の騎士団が迫る。しかしすでに幻影だとわかっているので、アザミは無視してミヤに攻撃を仕掛けようとする。
「がっ!?」
全身に熱い衝撃を受けて、アザミは驚愕した。
幻影の騎士団のランスが三本、アザミの腹、胸、首をそれぞれ貫いていた。
一瞬混乱しかけたアザミだが、どういうことか理解した。この騎士団は確かに幻影だ。しかし離れた場所に実在する。実在する騎士団の動きに合わせて投影される幻影であり、幻影を瞬間的に実体化も出来る。かつてミヤが、マミとの戦いに対しても用いた魔法だ。
(こんなこともできるなんて……ミヤ……どんだけ……)
ミヤの魔法使いとしての技量に脅威を感じた瞬間、再び念動力猫パンチが繰り出される。今度は横向きに放たれ、アザミの体が大きく吹き飛ばされ、近くにある貴族の屋敷の壁に打ち付けられた。
騎士団の幻影が消える。
「糞が……」
先程と同じ台詞で毒づき、アザミは再生より先に転移を行った。そうしなければ追撃が来て、ジリ貧になる。
アザミは貴族の屋敷の裏に転移した。ミヤにはすぐ見つかるだろうが、それでも見つけるまで若干の時間が稼げる。そのうえに少しでも再生を急ぐつもりだった。
しかしアザミが転移して逃げることは、予測されていた。そのうえで、空間の歪みの動きを追っていた者がいた。
「ブヒビーム!」
ミヤより先にアザミの居場所を特定したその人物が、高らかに叫んで攻撃を行った。
空中停止した、蝙蝠の翼に山羊の角を生やした子豚が、鼻からビームを放ち、アザミの頭部を貫いた。
アザミの意識が一瞬飛ぶ。
「サユリ……かよ」
脳が再生した所で、アザミは屋根の上にいるサユリの姿を確認した。
「みそメテオ!」
サユリが叫ぶと、アザミの上空に特大サイズのみそ玉が現れ、アザミに向かって急降下する。
アザミは避けることが出来ず、魔力障壁で防がんとしたが、特大みそ玉は魔力障壁を安々と破壊し、アザミに降り注いだ。
全身みそで覆われたアザミは、魔力が急激に失われていく事を実感する。みそに魔力を吸われているのだ。
「一方的でしたね」
みその塊を見て、ユーリが言った。アザミが味噌の中から出てくる気配は無い。
「うまくハマればこんなもんさ。アザミが弱いってわけじゃない。それにサユリも来てくれたしね」
ミヤが家屋の屋根の上のサユリを見やる。サユリが得意満面で腕組みし、みその塊を見下ろしていた。
***
昏倒していたブラッシーは、意識を取り戻し、信じられない光景を見た。
一面に咲き乱れた花。その全てに顔が描かれ、笑っている。花畑の中心にはディーグルがいて、肩で息をして、憔悴しきった表情でシクラメを見つめている。
(嘘でしょ~……。あのディーグルがあんなに疲労困憊な姿を見せるなんて。あの子ってばどんだけ強いのよ~……)
ブラッシーの視線がシクラメに向けられる。シクラメはディーグルとは対照的に、疲労した様子は全く無く、にこにこと笑っている。
(この子は相手の力を吸収することに特化しているのですから、こうなるのも当然と言えば当然の結果ではありますけどね)
戦うほど自身は消耗し続けるが、シクラメは吸収し続けるので消耗は無い。まともに戦えば、差は開いていく。ディーグルはその事実を認めつつも、まだ勝負を諦めてはいなかった。
ディーグルが刀を抜き、正眼に構える。闘志は全く揺るがない。
(あの大量の花は、こうしている間にも、少しずつディーグルの力を吸っている。最早ディーグルは抵抗も出来なくなっている。どうするつもり?)
アルレンティスがディーグルを見て危ぶむ。
ディーグルが連続して刀を振るう。飛ぶ斬撃が花を切り裂きまくる。力の吸収もさせない。吸う前に斬撃が花を消滅させる。
だがディーグルの目的は花ではない。シクラメそのものに斬撃が向かう。
シクラメは周囲の空間を歪めて、ディーグルが飛ばした斬撃を全て受け流す。これは相当力を消耗する防御の仕方で、こんなことをするなら素直に転移をした方がいいが、シクラメはたっぷりと力が余っている状態なので、問題は無い。
ディーグルは気に留めない。飛ぶ斬撃だけでシクラメを仕留められるとは思っていない。
「呪詛を込めた斬撃だねえ」
シクラメが笑顔のまま指摘する。その数秒後、斬撃で生じた力を吸い取った花が、枯れていく。
「同じことをした人は、前にもいたよう。呪詛とか毒とかを一緒に吸わせる人ねえ。うん、確かに有効だ。吸い取った力そのものが、内部から浸蝕してくるんだからさあ。気付かないままでいれば、危ないよう」
喋りながらシクラメは、自身の体内に向けて魔法をかけていた。花が力を吸収した時点で、すでにシクラメの内部が呪詛で満ちている。それを祓い清めていた。
(対処されることは織り込み済みでした。しかし……吸収が早い分、吸収してしまうことそのものは防げないようですね。それさえ確認できれば……)
確認したうえで、ディーグルは方針を決めた。かなり命懸けの際どい行為をしなくてならない。そうしなければ勝てない。方法は他にもあるかもしれないが、ディーグルには思いつかない。
その時だった。急激な力の消耗を感じ、ディーグルは片膝をつく。
背中が重い。何が起こっているかはすぐにわかった。自分の背中から大きな花が生えている。振り返ると、大きく開いた花弁に描かれた顔が、ディーグルを見下ろしてにっこりと笑っている。
「黒蜜蝋」
ディーグルが術を用いると、ディーグルの背中から真っ黒いタールのようなものが噴き出て、背中から生えた大きな花を覆う。花は真っ黒に染まったかと思うと、蝋化し、砕け散った。
次の瞬間、強烈な衝撃がディーグルを襲う。空から人間サイズの巨大リスが降ってきて、ディーグルを押し倒した。
巨大リスはやはりメルヘン顔だった。笑いながら、うつ伏せに倒れたディーグルの首筋にかぶりつき、魔力と生命力を同時に吸い取りにかかる。
ディーグルは顔色を変えず、片手を後ろに回し、リスの頭部を鷲掴みにする。リスの口がディーグルの口からあっさりと引きはがされる。リスは藻掻き、前脚でディーグルの体を殴りつけ、あるいは引っ掻きにかかる。
無表情のままディーグルは、リスと自分との体を入れ替え、リスを地面に押し付けてその上に覆いかぶさるかのような格好になると、リスを片手で掴んだまま、刀を払う。リスの頭部が切断され、リスは消滅した。
巨大リスを斃したディーグルに、左右から巨大羽根ペンと巨大インクが、挟み撃ちにするかの如く突っ込んできた。これらにも、顔が描かれている。
攻撃後の隙を突いた奇襲であったが、ディーグルは予期していたかのように反応し、刀を振るった。ペンとインクが両断される。
しかし斬られただけでは両者とも消滅することなく、インクの中身がディーグルの体にかかり、ペン先が喉に突き刺さる。
「水子囃子」
刺さったぺンを抜きつつ、ディーグルが術を発動させる。透明の布のようなものが現れたかと思うと、大きく広がってディーグルの体を覆い、ディーグルの体にかかってインクのようなものをぬぐいとる。
ディーグルがシクラメを睨む。シクラメはファンシー顔の熊を呼び出す。
刀を振るい、シクラメめがけて飛ぶ斬撃を放つディーグル。熊が縦に三枚におろされる。しかし熊によって斬撃の力は全て吸収され、攻撃はシクラメに届かなかった。よしんば届いたとしても、魔法使いであるシクラメはすぐに再生してしまう。再生する魔力が尽きるほどに、何度も攻撃を当てないといけないが、今の所ディーグルは何発も攻撃を受けているにも関わらず、シクラメは一度たりとも攻撃を食らっていない。
「え……?」
その時、初めてシクラメの顔色が変わった。笑みが消えた。
一方でディーグルは横向きに倒れる。
「これは……入ってくる……」
(他にも方法があるかもしれませんが、今は、これしか思い浮かびませんでした)
戸惑いの声をあげるシクラメの中で、ディーグルの声が響いた。
「憑依……」
シクラメが苦悶の表情になって呟く。シクラメの手が、シクラメの意思と無関係に動き、自分の首を絞めだす。
力を吸収される際、ディーグルは幽体離脱を行い、吸収される力の中に自らの霊魂を忍ばせていた。そして吸収される力と共に、シクラメの体内へと入り込んだ。
(呪詛を魔力と共に吸収できるかどうか実験し、上手くいきました。呪詛は祓われてしまいましたが、私の憑依は、はねのけることが出来ないようですね。私の霊体――いや、幽体の方が貴方より強い。貴方の攻防一体の吸収魔法は確かに厄介ですが、吸うことにのみ比重を置きすぎている)
自分の手で首を絞められ、無呼吸の苦しみの中、ディーグルの言葉がシクラメの脳裏に響く。
シクラメは魔法を使って対処しようとしたが、出来なかった。意識はまだあったが、体は一切言うことを聞いてくれない。魔力も扱えない状態だ。吸収速度が速かった分、ディーグルの幽体を一気にシクラメの中に取り込んでしまった。呪詛や毒なら魔法で対処できるが、幽体に肉体を憑依されてしまっては、最早どうにも出来ない。
やがてシクラメが倒れる。死には至っていないが、意識は完全に消失した。
「ふう……」
自分の肉体に霊魂を戻したディーグルが、大きくいきをつき、起き上がる。
シクラメを見る。目を閉じたシクラメの顔をしげしげと見る。
「大したものですよ。シクラメ。こんなあどけない顔をして、恐ろしいものです。貴方は……私がこれまで戦った中で、二番目に強かった相手ですよ。そう……シリンの次に……」
「童顔なのはディーグルも一緒でしょ……」
ディーグルがシクラメを称賛すると、アルレンティスが突っ込んだ。




