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27-14 母が娘にした一番ひどいこと

 空間の歪みを感じ、重力弾が転移してくることを察したマミは、魔力の槍を重力弾めがけて放ち、全て消滅させた。


「ペンギンロボ」

「何それ?」


 ノアが呼び出した、シルクハットを被った燕尾服姿のペンギンを見て、マミは顔をしかめる。


「だからペンギンロボ」

「お初に御目にかかる」

「喋るのね」


 シルクハットを取って一礼するペンギンロボを見て、マミが半眼になって呟く。せっかく良い緊張感であったのに、ノアが突然場にそぐわぬ者を呼び出して、テンションが少し下がったマミであった。


 ペンギンロボがステッキを回転させる。マミは気を取り直し、警戒の眼差しでペンギンロボを注視する。


 ノアがペンギンロボと距離を取りながら、マミに向けて何発もの光弾を放つ。


(二対一の格好になるのは面倒ね。二人分のチェックは面倒だし、さっさとこっちを処理しましょ)


 ノアの放った光弾を避けつつ、マミはステッキを回し続けるペンギンロボに、爆発視線を見舞った。


 ペンギンロボの大部分が爆発する。機械の破片が地面に散乱する。

 しかしステッキだけが空中に留まり、回転し続けている。その不気味な様を見て、マミは直感した。手応えはあったが、仕留めていないと。


 ステッキが突然変化した。ステッキが消え、ぽんっとコミカルな音と共に、大きな花束が現れる。

 さらに花束の中から、見たこともない青い果物が飛び出る。花束が消え、果物は大きく膨らんでいき、やがてまたコミカルな音がして、果物が中からめくれて広がると、爆散したはずのペンギンロボへと変化した。


 そのよくわからない変化に、マミは目を奪われてしまう。


 マミの隙を見逃さず、ノアが攻撃した。かざした手より白いビームが一直線に迸り、マミに直撃した。

 ビームの正体は過冷却水だ。直撃部分から氷の塊が広がり、マミの体を覆わんとする。


「くっ! こんのおぉぉっ!」


 たちまち体の半分を氷塊で覆われたマミが鬱陶しげに叫ぶと、全身から魔力を放って、氷塊と過冷却水を弾き飛ばした。


 その時、マミは眩暈に襲われた。意識が飛びそうになる。


(そろそろね……)


 眩暈が何を意味しているのか、マミは即座に理解した。


(飛ばしている分、タイムリミットが早まっているみたいね)


 冷静に事実を受け止めるマミ。


 ペンギンロボがシルクハットを飛ばす。シルクハットが激しく回転しながら、弧を描いて飛び、マミの首をはね飛ばした。眩暈を起こしていたマミには、この攻撃に反応できなかった。

 吹っ飛んだ頭部を、マミは念動力ですぐに呼び戻して、首に接着する。しかしこの行為の間に、また隙が生じてしまっている。


 ノアが衝撃波を放つ。マミは避けることも防ぐ事も出来ず、直撃を食らって吹っ飛んだ。


 倒れたマミに向かって、ペンギンロボが色とりどりのハンカチを何枚も飛ばす。ハンカチは刃物のような形状に変化し、マミに向かって飛来したが、マミは転移して回避した。


 転移したマミはすぐに攻撃に移らず、ノアとペンギンロボを見ながら呼吸を整えていた。


 ノアも攻撃の手を止めた。ペンギンロボもノアとマミの様子を伺い、動こうとしない。


「魔法使いの戦いって残酷だね。常人なら死ぬくらいの痛みを何度も何度も与えあう。致命傷でも再生しちゃう。どちらかが再生できなくなるまで、痛めつけ合う」


 喋りながら、ミクトラの篭手ガントレットを装着するノア。


 マミは荒い息をついている。中々呼吸が整わない。顔色も真っ青だ。


(母さん……もう限界なの?)


 それを口にして問うことはしなかった。ノアは問いたくなかった。


「母さんが俺にした一番ひどいことって、何だと思う?」


 ノアがマミに話しかける。マミが安定するまでただ待つのもどうかと思うので、会話で時間を稼ぐことにした。


「俺にたまに優しくしたことだよ」


 ノアの台詞を聞き、マミは目を丸くする。


「そのおかげで、俺は母さんを心底嫌いきれなかったみたいだ。心底嫌って……憎んでいれば、楽だったのにな」

「優しくしたのは、貴女を手懐けるためよ。それもただの計算。愛情があったから、優しくしたんじゃない。気持ちは全くこもっていない、偽りの優しさよ」


 マミが嘲笑しようとしたが、出来なかった。嘲笑しようとした瞬間、意図的に嘲りたくないという強い気持ちが働いた。


「本当に?」

「ええ。本当よ。甘えた幻想は捨てなさい」


 再度尋ねるノアに、マミは静かな口調で告げる。


「嘘だよ。絶対嘘。母さん、じゃあ何で限りある時間を……俺に割いたのさ?」

「あら? 私を裏切った貴女を滅茶苦茶にしてやるために、限られた時間を使うのが、そんなにおかしいこと? 私の残った時間は、貴女に全てぶつけてやるんだから」


 ノアが微笑をたたえて指摘すると、マミは穏やかな表情で、そして穏やかな口調で、憎まれ口を叩く。


(限りある時間しかもたない体だと知ったから……それで母さんの心に、色々と変化が起こった……。そうとしか俺には思えない。きっと、俺が知る母さんになる前の、殺人鬼XXXX以前の母さんが、蘇ったんだ)


 ノアはそう結論づけた。


 その時マミは気付いた。ノアが自分を見る視線。その瞳の奥に宿る光。自分に向ける様々な感情の中に、マミにとって屈辱的なものが見受けられた。


「ノア、やめてよ。私をそんな目で見ないで。私に同情なんてしてるんじゃないわよ。ふざけないで。なさ……」


 情けない気分になる――と言いかけて、マミは口をつぐむ。


「同情なんてしてない」

「してるでしょ。私にはわかる。私はそこまで落ちぶれてないから」


 言いつつ、マミは呼吸が整ってきたことに気付く。体調の不良が落ち着いてきた。しかし次にまた大きな攻撃を放ったら、あるいは受けたら、どうなるかわからない。この体は崩壊直前だ。


「母さん、さっき俺のこと褒めてくれた」


 ノアはなお話し続ける。


「普通、人は褒められれば嬉しいらしい。でも俺は母さんに褒められても、全然嬉しくない……と思っていたけど、そうでもなかった。実は嬉しかった。そして今も嬉しい。でも悲しくもある」

「何が悲しいの? 私がこんな様だから哀れんでるの? ノアの分際で、私に同情も哀れみもやめて」


 怒りを滲ませた声を出すと、マミは急速に魔力を膨らませる。


 マミより閃光が放たれる。

 たっぷりと魔力をのせた、ありったけの一撃だった。ノアは、これがマミが力を振り絞った最後の攻撃であると察し、かわさなかった。ノアもたっぷりと魔力を込めた強固な障壁を作り、真正面から受け止めた。


 ノアの前で眩い小爆発が何度も起こった。閃光が放たれ続け、弾かれ続けている。

 完全に爆風を防ぎきれず、ノアは多少の爆風を浴びた。帽子が吹き飛ばされる。


 やがて閃光が消えた。ノアは汗みどろになって、肩で息をしている。かなり消耗した。転移で避けていていれば、ここまで消耗しなかったであろう。しかしノアは、マミの最期の攻撃を避けたくなかった。受けきりたかった。

 ノアが膝をつく。しかしマミは立ったままだ。消耗はマミの方が激しく、最早魔力も体力も残っていない。肉体そのものがもたず、崩壊しかけている。だがマミは踏ん張っていた。


「魔力空っぽで終わるなんてしまらないわね」


 自虐的な笑みを零すマミ。もっと遊んでいたかったが、もう無理だとわかっている。もう立っているだけで精一杯だった。


「立ちなさい。ノア」


 膝をついているノアに、マミが声をかける。


「最期くらい、私にいい所を見せなさい。ああ……最期なのは私の方ね」


 マミの言葉の意味が何を示すか、全て言われずともノアは理解していた。


「ノア……貴女は酷い子ね。母親を二度も殺して、あまつさえ延々と苦痛が続く地獄に封じるんだから。貴女ほど酷い子なんて、そうそういないわよ」

「そりゃどういたしまして」


 笑顔で告げるマミに、ノアもにっこりと笑い返し、立ち上がる。


 マミがふらつきながら、ゆっくりとした足取りで、ノアに近付いていく。ノアもマミも、互いに視線を外さない。


 ペンギンロボがシルクハットに翼をかけ、二人の様子を見守る。最早自分の手出しは無用であると見てとった。


 ノアに手が届く距離で、マミが止まる。


「ミクトラを抜きなさい」


 マミが促すと、ノアはミクトラから赤い光の刃を出した。

 ノアの殺気を至近距離から受け、マミは満足げに微笑む。


「私の魂、また使っていいから。この先もずっと使っていいから」

「わかった……」


 マミに言われ、ノアが掠れ声で応じたその瞬間、ノアの双眸から涙が零れ落ちる。


 ノアの涙を見たペンギンロボが、目を細める。


「ノア、その涙は何?」


 マミが微苦笑を零した。


「この前、私が殴られた時もそうだったけど、貴女が私のために泣くなんてね。これも新しい発見よ」


 マミが言う。ノアは何も言わない。

 数秒、向かい合ったまま互いに沈黙する。


「何か……言っておくことある? 恨み言が言いたいのなら今のうちに言っておきなさい」


 マミが口を開く。


「無いよ。何も無い。言いたいことはいっぱいあるけど、何も言う必要無い。これでお別れってわけじゃないから……。ずっと一緒にいるから……」


 涙声で告げるノア。涙がとめどなく出続けている。止まってくれない。


「そう。じゃあ、そろそろ……」

「わかった」


 マミが笑顔で瞑目すると、ノアがミクトラの赤い光の刃を振るった。


「これが――最初で最後の、私の貴女への、正真正銘の――」


 魂が肉体より離れる前に、マミは何かを伝えようとしたが、台詞を最後までは言えなかった。

 マミの魂がミクトラの紅玉の中に吸い込まれた瞬間、マミの体が崩れ落ちた。


 ペンギンロボが倒れたマミに向かって、翼で敬礼する。


 マミの亡骸を見下ろし、ノアは涙を手で拭い、鼻をすする。


「ひどいよ母さん。徹底的に糞女のままで、俺に盛大にぶっ殺されてくれた方がよかったのに。その方がすかっとしたのに」


 喋っている間にまた涙が新たに出てきた。止まらない。


「何で俺……ここで泣くかなあ? 前回母さんを殺した時も泣いてたけど、また泣くなんて……。何で俺、すぐ涙のぜんまいが巻かれる泣き虫さんなのかなあ……? きっとこれも母さんのせいだ」

(いや、私のせいにされても困るんだけど……)


 ミクトラの中でノアの台詞も聞こえていたマミが、呆れていた。

 以前と異なり、ミクトラの中にいてもノアの声が聞こえる。ノアはミクトラをそういう設定に作り変えていた。

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