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27-12 口約束で十分

 ジャン・アンリは全ての虫を一度に出して、使役できるわけではない。呼び出せる虫の上限が決まっている。使役するにあたって、魔力を消耗するし、多少のコントロールも必要であるからだ。

 強めの虫を呼び出すと消耗も激しい。現在呼び出している四匹は、最も強い虫だ。故に、これ以上は出せない。


 ルリモンハナバチ、オオスカシバ、モルフォチョウの三匹がまた呪文を唱え始めたが、モルフォルチョウが急に翅を歪な形にして落下した。呪文の詠唱も止まる。

 次いで、ルリモンハナバチも片方の翅が空間に固定され、ルリハナモンバチがじたばたと空中で藻掻き始める。


 ジャン・アンリは不思議に思い、アデリーナに解析魔法を使わせ、その結果を自分に送る。


「ロゼッタがしているように、魔力を極小粒子にして漂わせ、私に気付かれることなく虫達の近くにまで接近させた所で、魔力粒子を接着。細い線状にして絡めとったという結論でよろしいか? つまりは気付かれることなく蜘蛛の糸を作ったと」


 解析結果を口にして伺うジャン・アンリだが、ユーリは何も答えない。


 魔力の糸は翅だけではなく、昆虫達と同化した人間の口を塞ぎ、呪文の詠唱を阻んでいる。


 糸に絡められていないオオスカシバだけが、攻撃魔術を完成させた。

 不可視の魔力の刃が四枚出現し、ユーリの左右上後から一斉に飛来したが、ユーリは魔力の防護膜を作り、全ての刃を容易く防ぐ。


(彼は相当な量の魔力を秘めている)


 解析せずとも、ジャン・アンリはユーリを見てそう判断した。まだ修行中であると言っても、魔法使いであることには変わりない。そして魔力の総量だけは、一人前の魔法使いに引けを取らない。


 アデリーナが攻撃魔法を使う。ユーリは魔力の防護膜を防護壁に変えて、前方から飛んできた衝撃波を受け止めた。


 その間にジャン・アンリは、使えなくなったルリモンハナバチとモルフォチョウを送還して、他の巨大昆虫達を呼び出していく。強い二匹を消した分、弱めの虫を数多く出せるようになった。


 しかし呼び出された直後、巨大昆虫が全身を潰されて果てた。ユーリが放った師匠譲りの念動力猫パンチだ。ミヤほどの威力は無いが、巨大昆虫を屠るには十分な威力だった。


 防御しながら、攻撃も同時に行ったユーリであるが、その分防御が薄くなった。アデリーナがその瞬間を見逃さず、続けて攻撃魔法を放つ。


 先程よりさらに強い衝撃波が防護壁を砕き、ユーリを弾き飛ばす。空中で二回転半して吹き飛んだユーリの体が、壁に激突する。回転しているうちに帽子が脱げて、乱れた長髪が露わになる。

 全身血塗れになって地面に横向きに倒れるユーリ。痛みが体のあちこちを襲う。骨も幾つか折れている。だがユーリの意識ははっきりとしている。


 ユーリは体の再生を行いながらも、攻撃の方に魔力を傾けた。ジャン・アンリがさらに呼び出した巨大昆虫二匹を、続け出に念動力猫パンチで潰していく。


「では、その判断は正しいと断じておこう。虫を増やされれば、ジリ貧になる。しかしその分――」


 ジャン・アンリが喋っているうちに、オオスカシバの攻撃魔術がユーリを襲っていた。十本の若草色の光の矢が全て、ユーリの体を貫いている。ユーリは自己回復と攻撃の双方に魔力を注ぎ、防御の魔法を使う暇が無かった。


「君自身がそうやって攻撃に晒され、削り取られていくと見てよろしいか?」


 崩れ落ちたユーリを見て、眼鏡を人差し指で押し上げるジャン・アンリ。


(強い……。僕一人ではどう足掻いても敵う相手じゃない。でも……これでいい。僕一人で戦っているわけじゃない)


 ユーリが顔を上げ、闘志に満ちた顔でジャン・アンリを睨みつける。

 そんなユーリの表情を見て、ジャン・アンリは追撃を忘れた。見とれてしまった。


「ユーリ、君は美しい」


 思わずジャン・アンリはそんな台詞を口走ってしまう。


「穏やかで柔らかな君。しかし心の奥底に、激情という名の虫を常に孕ませ、ともすればそれが君の柔らかな殻を破って、飛び出てくる。君のその凶暴さは、美しくあるとする」


 ジャン・アンリが笑った。闘志を燃やすユーリを見て、自然と笑みが浮かんだ。


 しかし一方でユーリは、その闘志が霧散してしまった。ジャン・アンリは唇を裏返し、歯を剥き、口角を角に吊り上げ、目を三日月状にして、ようするに物凄く変な笑顔を見せたのだ。それを見たユーリは啞然としてしまった。


「まさか……私は今笑ったのか? 自然に笑った?」


 はっとするジャン・アンリ。


「驚いた。そしてこれは喜ばしい事態であると断じてよろしい」

「あの……その笑顔、凄く変だったよ」

「変……だと?」


 ユーリに指摘され、ジャン・アンリは固まってしまう。


「ぎゃふんっ!」


 ロゼッタの悲鳴が聞こえ、ジャン・アンリの硬直は解けた。


「こっちの始末はついたよ。もっと速攻で決めてやるつもりだったが、中々どうして粘ってくれたわ」


 ミヤがユーリの側へと移動しながら、笑い声で言う。少し離れた場所には、念動力猫パンチを受けて、うつ伏せになって伸びているロゼッタの姿があった。気絶して戦闘不能の状態だ。


「師匠……」


 血塗れのユーリが、ミヤを一瞥して笑う。


「ふん。よく耐えたね、ユーリ。お前が提案した戦術も含め、ポイントプラス6だ」


 弟子を見てミヤも笑う。


「随分ぼろぼろだが、ユーリ、まだいけるね?」

「もちろんいけますよ。目論見通り、これで二対一になりました」


 ミヤが確認すると、ユーリは力強い声を発して立ち上がった。ジャン・アンリが攻撃の手を止めている間に、かなり回復することができた。


 オレンジの輪が、ユーリの胸から背中にはまった形で現れる。命の輪だ。この輪より与えられる力によって、ユーリの魔力も多少回復し、出力も上がる。


「ふむ。命の輪をものにしているのか」


 興味深そうに言った直後、ジャン・アンリは呪文の詠唱を始めた。


「させん」


 ジャン・アンリの呪文の詠唱を止めようと、大サイズの光弾を放つミヤ。


 アンデリーナが全力で魔力の障壁をジャン・アンリの前方に作り、ミヤの光弾を防がんとする。


 光弾が着弾し、ジャン・アンリの体が吹き飛ばされる。アデリーナの魔法では、ミヤの攻撃魔法を防ぎきれなかった。しかしジャン・アンリに直撃して倒したものの、威力はかなり削がれている。

 その証拠に、倒されてなおジャン・アンリは呪文の詠唱を止めず、精神集中も解かなかった。攻撃されながら、魔術を発動させた。


 ミヤとユーリ、ジャン・アンリとアデリーナの間に、巨大な光球が出現する。


「ユーリ、転移しな」


 ミヤが促した刹那、光球から小さな光弾が大量に撃ちだされ、ミヤとユーリを襲った。


 雨あられと放たれた光弾群を、ミヤとユーリは転移して避けた。だが光弾群は大きくカーブして、遠く離れた位置にいる二人へと向かっていく。


「追尾機能があるうえに、持続力もあるのか。厄介だね」


 ミヤが呟くと、広範囲に衝撃波を放ち、光弾をまとめて吹き飛ばした。


 しかし光球は未だに光弾を放ち続けている。光球が出ている状態で、さらにジャン・アンリは呪文を唱えて、もう一つ魔術を発動させんとしていた。


 発動を防ごうとして、ユーリが魔法を放つ。魔法を放つ瞬間に、ユーリと同化している命の輪が激しく回転していた。


 魔力塊がジャン・アンリの顔面を打ち据えた――かと思ったが、またしてもアデリーナが防御魔法を用いて、ジャン・アンリを護る。今度は完全に防いだ。


(二対一にするつもりだったのに、二対二のような格好だ)


 ユーリが巨大テントウムシ――アデリーナを見て思う。


 ミヤは巨大光球を狙って念動力猫パンチを放ったが、光球は光弾を撃ちだすのをやめて、素早く移動して避けた。そして再び光弾を撃ち出す。


「避けるんかい……」


 光球を見て、思わず唸ってしまうミヤ。


 ジャン・アンリが二つ目の魔術を発動させた。地面のあちこちから太く巨大な光の触手のようなものが幾つも生えて、空気を裂く音と共に、ミヤとユーリに襲いかかった。


 さらに巨大光球から放ち続けられる追尾光弾も、二人に飛来する。


「こいつ、魔術師のくせして、どれだけ魔力を秘めているんだいっ」


 光の触手の猛攻を裂け、あるいは魔力で受けて防ぎながら、ミヤは舌を巻く。


「お鼠様から得た力に加え、月のエニャルギーも注がれたからと言っておく」


 ジャン・アンリが淡々と述べる。


(後々のことを考えて力を温存しておきたかったが、そうもいかなさそうだね)


 ミヤが少し飛ばそうとした、その時だった。


 ユーリも光の触手を避けていたが、光弾の方を避けきれずに、とうとう三発の光弾を受けて倒れる。


 倒れたユーリめがけて触手が唸る。


 ユーリは転移も魔力で防御もしなかった。ユーリの視線は、ホバリングしている巨大なテントウムシに向いていた。


 魔法を発動させるユーリ。直後、光の触手がユーリを打ち付け、さらに光弾が何発も何発も、ユーリの体に降り注いだ。


「馬鹿弟子がっ。危険な賭けにでおって」


 ユーリの意図を見抜いて、ミヤが吐き捨てた。


 ミヤがテントウムシとジャン・アンリをそれぞれ見やる。アデリーナのテントウムシは、地面に落下していた。そして固まったように、ぴくりとも動かない。

 ユーリの魔法――彫像膜。魔力の膜を自分ではなく他者にぴったりと被せて、完全に動きを止める魔法によって、アデリーナは身じろぎ一つできない状態にされていた。この魔法は、相手と距離が近くないと発動できないうえに、ユーリの消耗も激しい。しかもユーリは、攻撃を食らっている状態で魔法を発動していた。だからこそ、油断していたアデリーナに魔法が通じた面もある。


 ジャン・アンリが攻撃されてもなお呪文の詠唱をやめなかった光景を見て、ユーリも同じことをしようと思い立った。その瞬間に魔法を発動させることで、ジャン・アンリとアデリーナの虚を突けるのではないかと。


 そしてアデリーナの動きが止まったこの瞬間を、ミヤは無駄にする気は無かった。


 念動力猫パンチが放たれる。ジャン・アンリは防ぐことも避ける事も出来ずに押し潰された。

 圧力だけではなく、魔力の強制放出効果によって、無尽蔵と思われたジャン・アンリの魔力が急速に失われていく。


 巨大光球と光の触手が消える。ジャン・アンリが血の泡を吹き、白目を剥いて昏倒する。


 勝負がついたと見るや、ミヤは倒れてぼろぼろになっているユーリに顔を向ける。


「ユーリ、さっさと再生させなっ」

「やってます……」


 ミヤが鋭い声を発すると、ユーリは弱々しい声で答える。


 倒れたままのユーリの頭に、吹っ飛んだ帽子を魔法で引き寄せ、かぶせるミヤ。さらに回復魔法をユーリにかけて、ユーリの復活を助ける。


「はっ、自らを省みないろくでもない戦法だが、よくやったよ。おかげで儂は力を温存できた。ポイントプラス10だ」

「嬉しいです……」


 ろくでもないは余計だと思いつつも、ユーリはミヤの称賛に喜びを感じていた。


 やがてユーリの傷が癒え、立ち上がる。二人して、倒れたままのジャン・アンリの側へと歩み寄る。


「ぐはっ……」


 ミヤが魔法の一撃をジャン・アンリに叩き込み、同時に傷をある程度癒して、ジャン・アンリの意識を無理矢理戻した。


「誓いな。約束するんだ。もうK&Mアゲインに与しない。これ以上悪事に加担しないとね」


 ミヤが静かに告げる。ジャン・アンリは不審げにミヤを見る。


「私がそのような口約束をした所で、信じるというのか?」

「儂にはわかるよ。お前はそういう奴だ。時として残酷にもなるが、律儀でもある。ま、仮にまた悪さしたら、今度こそ息の値を止めてやるさ。もう一度言う。敗北を認め、K&Mアゲインの活動から一切手を引くなら、見逃す」

「ありがたい配慮であるが、断ることにしておく。アザミと――」

「アザミは儂が何とかかする。儂を信じろ。儂はあいつを破滅に向かわせたくないし、これ以上罪を重ねてももらいたくない」


 ジャン・アンリの言葉を遮り、ミヤが真摯な口調で言い切る。


「それならば承知したと言っておこう。私の負けであると理解しておく」


 小さく息を吐き、ジャン・アンリはミヤの要求を受け入れた。


「それとね、虫に混ぜた人達を解放しな」

「生きたまま分離は不可能と告げてもよいか?」

「じゃあ成仏させておやり。いくらなんでもこの術はむごすぎる」

「それも承知しておく」


 ミヤに促され、ジャン・アンリは呪文を唱え、全ての巨大昆虫を呼び出した。全てが、人と混ぜて、魔術の補佐ができるようにした昆虫だ。その大半は選民派の貴族を混ぜている。


 ジャン・アンリが残った魔力を使い、虫と人を分離していく。分離した瞬間、虫も人も果てる。


 しかし一人だけ死ななかった者がいた。巨大テントウムシから分離された女性。魔法使いアデリーナだ。

 アデリーナは分離の際に自我を取り戻し、体は魔法で自動的に回復された。


「殺してやる!」


 全裸のアデリーナが叫び、ジャン・アンリめがけて攻撃魔法を撃とうとする。


「おやめ、アデリーナ」


 そのジャン・アンリの前に立ち、ミヤが制する。


「でもミヤっ、こいつのせいで私がどれだけっ!」

「そいつには生きて償って貰う。今後、魔物討伐させるか、人喰い絵本の中に行ってもらうよ。そうすれば他の魔術師の犠牲も減るってもんさ。それより、ユーリの目に毒だから、さっさと服を作って着な」


 ミヤに言われ、アデリーナは諦めたように息を吐き、殺意を霧散させた。


「ユーリ、気になることがあるので尋ねてよいか?」


 全ての虫と人との分離を終えたジャン・アンリが、ユーリに声をかけた。


「私の笑顔が変だと言っていたな……。気になると言っておく」

「えっとね……」


 ユーリが魔法で記憶の再現を行い、映像化する。先程のジャン・アンリの笑顔が立体映像で浮かび上がる。


「な、何と醜い……。では、見るのではなかったと後悔してもいいだろう……」


 自分の笑顔を見せられて、愕然とするジャン・アンリ。その愕然とした表情もまた、オーバーに歪みすぎて変であったが、ややこしくなるので指摘しないでおいた。


「普段から表情を作り慣れてないせいもあるのかもれすね」


 いつの間にか復活したロゼッタがやってきて言った。


「ユーリ、ジャン・アンリを何故殺さず見逃したのか、聞かないのかい?」


 ミヤがユーリに伺う。


「いや、何となくわかりますから。死なせるには惜しい人というか」


 人喰い絵本の攻略に回したり、魔術教授にしたりと、生かした方が使えるという理屈もあるだろうが、それ以前の理由があると、ユーリは察していた。


「子供も容赦なく殺すような奴だけどね。ま、惜しいという気持ちもあるが、実はミカゼカに頼まれていたんだよ。自分の仲間だったから、出来れば見逃してくれってね」


 これをユーリに言うのはどうかと思ったが、一生懸命戦ったユーリには、包み隠さず明かしたいとも考え、今になって告げるミヤであった。

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