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27-11 逆にする意味

「はわわーっ、助けてくれえーっ!」


 K&Mアゲインの魔術師数人に、貴族の一家が追い回されている。


 逃げる貴族の一家の背に向けて、魔術師数人が一斉に攻撃魔術を放つ。

 しかし魔術は着弾せずに魔力の壁によって防がれた。魔術師達が目を剥く。


「あらあら、あの人、知り合いだわー。選民派じゃなくて正道派の貴族なのに、見境ないのかしら~ん? それとも間違えてるだけかしら」


 魔術師の攻撃を防いだブラッシーが、逃げていく貴族達の後ろ姿を見て言った。


 一方でK&Mアゲインの魔術師達は、ディーグルが刀を振るって、瞬く間に昏倒させていった。全て峰打ちだ。


「この人達は後で必要なのですよね?」

「そうよ~ん。貴重な魔術師だし、ひっとらえてエニャルギー結晶の精製や、人喰い絵本の攻略とかさせて、馬車馬のように働かせるって、ミヤ様が言ってたわーん」


 ディーグルが伸びているK&Mアゲインの魔術師達を見下ろして伺うと、ブラッシーが身をくねらせながら答える。


 ブラッシーの顔つきが険しくなり、背筋がぴんと伸びる。ディーグルも眉根を寄せる。二人同時に振り返る。

 巨大な気配を感じた。二人にとって覚えがある、禍々しい気配を感じた。


 家屋の合間から、小山のようなものが出現する。それはどんどん高くなっていき、やがて直立する人型となった。巨大な暗褐色のゴーレムだ。その材質はわからないが、鉱物であると思われる。

 ゴーレムの右腕には、巨大な壺が接着されている。その壺に、ブラッシーもディーグルも見覚えがある。二人が感じた気配はこれだ。


「対魔王軍用決戦兵器『バブル・アウト』。こんな場所で御目にかかるとは思いませんでした」

「対魔王軍用虐殺兵器と言った方がいいわん」


 ゴーレムに取り付けられていたバブル・アウトに視線を向けると、二人は駆け出した。


「バブル・アウトだけに気を取られないようにしてください。あのゴーレム、強大な魔力で満ち溢れています」

「わかっているわよ~ん。ディーグルは他人の行動や頭の中を心配しすぎよ」

「失礼。反管理局勢力を仕切っていた際、指示を出し続けていた癖が抜けていないようです」

「いーえ、魔王軍にいた頃からそんな風だったわよー」


 巨大ゴーレムに向かって疾走しながら、ディーグルとブラッシーは喋り続ける。


「うわあ、おっきいねえ。しかもエニャルギーでぱんぱんだよう。今にも破裂しちゃいそう」


 ゴーレムの足元で、シクラメがゴーレムを見上げて微笑む。


「兄貴が月のエニャルギーをたっぷり注いだからだろ。いろいろ詰め込みまくった分、こいつはちょっとやそっとじゃ潰せねーぜ」


 シクラメの隣にいるアザミも、ゴーレムを見上げて笑っている。


「そう言えばこの子に名前付け忘れてたねえ。どうしよう? 今からつけるぅ? お兄ちゃんがつけていいかなあ」

「却下。名前はもうあたしが考えてあるんだよ。ダイナモだ」


 シクラメが伺うと、アザミがふてぶてしい笑みをたたえて言った。


***


 ミヤとユーリ、ジャン・アンリとロゼッタが、それぞれ退治する。


「一つ質問いいかい?」


 ミヤがジャン・アンリに声をかける。


「どうぞと言っておく」

「お前は人喰い絵本の中にも何度も入ったと聞いたよ。イレギュラーの持ちだし方は、アルレンティスに教わったのか? それともフェイスオンか」

「図書館亀だと答えてしまっていいものなのか? 口止めはされていないし、良いという事でよろしいか?」

「ふん、イレギュラーを手にするわ、昇華の杯で魔法を会得するわ、やりたい放題だね」

「では、私は昇華の杯を使ってはいないと言っておこう。私が魔法を使っているのではない。新緑の魔女アデリーナに魔法を使わせている」


 ジャン・アンリの言葉に反応し、ユーリが巨大テントウムシに視線を向けた。


「おぞましいったらありゃしない……。人の命を道具扱いして……しかも虫の中に取り込むなんて」


 ミヤが吐き捨てる。ユーリも同様の気分だ。


「あくまで相対するというのなら、君達も虫の中に入れて、私のために役だってもらうことになるが?」


 淡々と告げるジャン・アンリのその台詞に、ユーリの中で怒りが噴き上がる。


「こんなこと聞くのも馬鹿馬鹿しいけど、良心の呵責は無いんですか?」


 ユーリが問う。ジャン・アンリは非道な行いをしているが、不思議と邪悪さを感じない。しかし悪意無く悪行を働くからこそ、ユーリにはジャン・アンリが一際恐ろしく感じられる。


「私は私の魂の中の光に従っているだけ――という表現ではどうだろう?」


 ユーリを真っすぐ見据えて、ジャン・アンリが答えた。


「私は自分の望みを叶える。願望を実現する。それだけの話なのだよ。犠牲を払ってでも、他者を食いつぶしてでも、それを実行せざるを得ない。してしまう。そういうタイプの人間も世の中にはいるのだ。それを悪と断ずるのもいいだろう。君にとってはきっと悪なのだろう。しかし私は私だ。変えられないし、変えるつもりもないし、止まらないし、止めるつもりもない。私は望んでしまった。走り出してしまった。それはきっと、私の魂の中にある、輝く光が私を動かしている」


 淡々と語っているようでありながら、ジャン・アンリの口調が奇妙な熱を帯びていた。いつもの彼には無い輝きが、瞳から放たれているかのように見えた。


「君の魂の中にも光がある。君が迷いなく動き、私を否定するのであれば、それが君の光と信じる。これは光と光のぶつかり合いだ。より大きな輝きが、片方の光を飲み込み、打ち消す」


 眼鏡に手をかけ、曇りなき眼で告げるジャン・アンリ。ユーリはその視線を受け止め、ジャン・アンリの自覚無き邪悪さへの嫌悪感が薄れていった。彼は悪でありながらも、確固たる信念の元に行動していると意識してしまった事で、嫌悪感が消え失せてしまった。


「君の表情が変化したな。私の言葉のおかげなのか? そうなのだろうな」

「同調したわけじゃない。ちょっとは理解できた程度かな」


 ジャン・アンリが指摘すると、ユーリは穏やかな口調で返す。


「ジャン・アンリは他人の表情チェックが凄いのれす。絵描きだかられすかねえ」

「私は表情が乏しいから――感情を上手く外に出せないから、他人の表情というものに憧れてやまない。美しく見える。魂の光野輝きそのものの表れであると映る」


 ロゼッタが指摘すると、ジャン・アンリは淡々とした口調に戻って返す。


「ふん、お喋りはこれくらいにしておこうかね」


 ミヤが言い、闘気を膨らませる。


「そうだな。君達との会話はとても有意義であるはずだが、お互いに時間が無いはずだとしておこう」


 ジャン・アンリが言うや否や、ルリモンハナバチ、オオスカシバ、モルフォチョウが一斉に呪文の詠唱を開始した。テントウムシは何もしようとしない。


 ユーリはアデリーナを取り込んだ巨大テントウムシを狙って魔法を放つ。魔法を使うこの個体が、最も厄介だと見なした。

 魔力を凝縮した不可視の針が三本飛来する。刺さった瞬間、凝縮した魔力が爆発する仕組みだ。衝撃を受けても爆破するので、三発の連鎖爆発が見込まれる。


 針がアデリーナの手前で爆発する。アデリーナは針の飛来を見切って、魔力の防護壁を作っていた。


 三本分の爆発を至近距離で受けても、アデリーナにダメージは見受けられない。完全に防ぎきっていた。


(当たり前だけど、アデリーナさんの方が僕より強い。でも、絶対的な差は無いんじゃないか?)


 展開された魔力の防護壁を素早く解析し、ユーリは自分とアデリーナの大体の実力差を見てとった。少なくとも魔力の出力や総量では、ユーリもノアも修行によって相当に引き上げられ、一人前の魔法使いと呼べる域に達している。


 オオスカシバとルリハナモンバチとモルフォチョウが呪文の詠唱を終え、魔術を発動させる。ミヤは無視して、ユーリ一人に狙いを定め、若草色の炎の濁流が吹き荒れ、複数の瑠璃色の光の槍が放物線を描いて飛来し、ターコイズブルーに輝く電撃の網が降り注ぐ。


 ユーリは魔力の障壁でガードしようとしたが、すぐに諦めた。三匹分の巨大昆虫の魔術に加え、ジャン・アンリ自身も巨大な光球を放ってきた。四つの攻撃魔術はとても防ぎきれないと知り、転移して逃れる。


 昆虫の攻撃魔術は空振りに終わったが、ジャン・アンリの放った光球はユーリが消えた時点で軌道を変え、ミヤへと襲いかかる。


「ふんっ」


 ミヤが片足で素早く猫パンチを繰り出す。その所作だけで、光球は弾け飛んだ。直に叩いたわけではない。猫バンチのモーションに合わせて魔法が発動し、ジャン・アンリの攻撃を無効化した。


 ロゼッタが白衣のポケットから試験管を取り出し、転移した先にいるユーリめがけて放り投げる。


 ユーリが魔力を飛ばして試験管を割る。


 割られた試験管の中から、極小の魔力の粒子が拡散されていく。ユーリは目を凝らして解析し、その流れを負う。


 ユーリはノアから聞いて、ロゼッタの手を知っている。魔力が宿ったウイルスだか細菌を使うと。そしてそれらは、幻覚や幻影の魔法を行使すると。

 幻覚はすでに発動している。隠れている細菌が横から上から回ってくることを見抜き、ユーリは魔力の薄い膜を自分の周囲に展開すると、膜を渦巻き状に高速回転させる。接近してきたウイルスは膜にふれる。膜に触れたウイルスは即座に消滅する。


「ノアからあたちのことは聞いていたれすか」


 あっさり自分の手を打ち破ったユーリを見て、ロゼッタは溜息混じりに言う。


(最初からそれは想定しておくべきだろうに)


 ロゼッタの台詞を聞いて、ユーリは思う。てっきり何かギミックがあるのかとも思ったが、その気配も無い。


「儂がジャン・アンリをやる。お前はあの白衣の娘の相手をしな」


 ミヤが告げた。実力的に近い者同士で戦った方がいいという、定石に沿った判断であったが――


「いえ、逆にしましょう」


 ジャン・アンリに視線を向けて、ユーリは言った。


「敵の数をさっさと減らして、二対一にもちこみましょう。ジャン・アンリを僕が引き付けている間に、師匠が速攻でロゼッタを倒してください」

「ふん、わかったよ。そっちでいこう」


 ユーリが口にした、アンバランスな組み合わせにする提案を、ミヤは即座に受け入れる。


(ポイントプラスはまだお預けとして、大したもんさ。戦い方を教えたのは儂だが、この子は独自に戦闘センスを磨いておる。もし……儂とユーリの魔法使いとしての実力が同等程度なら、儂はこの子に勝てないかもしれないね)


 そんなことを考えて、頼もしくも嬉しくも感じて、自然と笑みが零れるミヤだった。


「どうやらにゃんこはあたち狙いれす。上等れすよ。三味線にしてやるのれす」


 ロゼッタが丸眼鏡に手をかけてうそぶき、ミヤを睨む。


「ふむ。そして私はあの表情豊かで可憐な少年が相手か。強い方と弱い方という意外な組み合わせ、その狙いは明白だと断言してよろしいか。しかし諸刃であるともしておこう」


 ジャン・アンリも眼鏡に手をかけて喋りながら、ユーリに視線を向けている。

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