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27-7 月のエニャルギー

 ブラッシーとディーグルは、ソッスカー旧鉱山区下層部黒騎士団詰め所にて、シモン・ア・ハイを新たな王に据えて、ア・ハイに再び王制を戻すという宣言がなされたことを知った。伝えたのはランドだ。


「思い切ったことをしたもんさ。連盟議長ワグナーのごり押しらしい。当然、反発する貴族もいっぱいだけど、K&Mアゲインに目をつけられたくなくて、声を出しにくいんだとよ」


 ブラッシーとディーグルを前にして、ランドが語る。


「王制を排して貴族だけで回す国というのは珍しかったですが、上手く機能しなかったようですね」


 興味深そうに言うディーグル。


「三十年もたせただけで上出来だわ~ん。その間に何度も諍いが起きていたしね~。年月かけて不満が積もっていったのよーん。何より、王家に与していた魔術師の力を削いだせいで、エニャルギー不足が引き起こされちゃったのが決定的だったでしょー」


 ブラッシーは何度もア・ハイに訪れていたので、ア・ハイの歴史を直に見ている。


「反対する貴族達も内心わかっているから、反対しきれないってのもありそうだな。そして王制になったからといって、自分達の権限が全て失われるわけでもないと思っている。実際そんなことにもならんだろうしな。何より、反対する貴族達に、この流れに対して抗う力は無い。本気で抗おうとする気力も無いだろうよ」

「ランドちゃんも貴族だけあって、よくわかっているわね~」

「違えよ。貴族の端くれだからこそわかるんだよ。この端くれって所がポイントだ」


 感心するブラッシーに、ランドはにやりと笑う。


「貴族であるから、貴族達の心情も事情もわかる一方、端くれだからこそ、一歩退いた所から冷静に観察できるということですか」

「ま、そういうことだな」


 ディーグルが指摘すると、ランドは笑顔のまま肩をすくめてみせた。


「この前K&Mアゲインが大暴れしたせいで、世の中が落ち着いてくれればそれでいいと、そう思っている日和見主義者が、以前より増えているしな。反対する奴だって、リスクを冒しておおっぴらに抵抗することはねーだろ」

「なるほどねーん」


 それはわかる理屈だと、ブラッシーは思う。しかしその一方で大きな懸念も残っていた。


「貴族達が抵抗しなくても、K&Mアゲインは貴族達を見過ごすのーん? いえ、見逃してくれるのーん?」

「それは……」


 ブラッシーが疑問を口にすると、ランドは言葉を詰まらせた。


「K&Mアゲインは魔術師と魔法使い、そして王族の地位を取り戻すための組織なのでしょう? これで全ての目的を遂げたわけではないのですか?」

「ところがそれだけじゃないのよーん。貴族そのものにも恨み骨髄なのーん」


 あまり事情を知らないディーグルの疑問に、ブラッシーが答える。


「その恨みとやらを捨てた方が丸く収まりますが、恨みは中々捨てられるものではありませんね」


 憂い顔になって大きく息を吐くディーグル。自分とミヤのことを意識してしまう。


(ミヤ様は恨みを捨てました。私は捨てきれず、三百年もの間、西方大陸ア・ドウモで工作を続けました。その三百年であまり実りある成果は無く、三百年経ってようやく無為であったと悟りました。復讐に執着した愚者の末路ですね)


 ディーグルが一瞬自虐的な笑みを零す。ブラッシーはその瞬間を目撃し、その笑みの意味もわかっていたが、触れることは無かった。


***


 K&Mアゲインのアジトにて、構成員が全員集結していた。


「あたし達の目的はこれで二つ達成された。残すは、貴族の掃滅だけだ。正道派は抵抗しない限り見逃す。選民派は残らず潰す」


 全構成員達を前にして、アザミが演説を始める。


「待ってください」


 魔術師の一人が、恐々と手を上げて申し出た。


「貴族の殲滅までは……これ以上の流血は、反対です。いえ……少なくとも自分は加担したくありません」

「魔術学院も王制も復活したのであれば、我々の目的は叶ったも同然ではないですか?」

「このうえ貴族の掃討までして、無駄な血を流すのはどうかと思います」

「僕はもう目的は果たしたと見ている。ここまでだ」


 ある者は怯えた顔つきで、ある者は毅然たる表情で、ある者は不審を露わにした面持ちで、選民派貴族の殲滅に反対する。反対していない構成員は、反対する者が思いのほか多いことに、戸惑っている。


「そうか。わーったよ」


 アザミは小さく笑った。


「貴族殲滅に反対する奴等。お前達とはここで袂を分かつとしよう。今までサンキューな」


 笑顔で告げるアザミに、ますます戸惑う者もいれば、ほっと胸をなで下ろす者、まだ疑っている者や、後ろめたそうな顔をする者もいた。


「世話になったね。今後の武運を祈るよ」

「K&Mアゲインの設立と運営、そして二つの目的を達成したことに、心より敬服いたします」

「お誘いして頂きありがとうございます。そしてお世話になりました、また交われる日が来ることを願っています」

「楽しかったべー。ばいばいだべー」


 離脱する組が、アザミの方を向いて別れの言葉を口にする。


「何言ってんだ。あたしらだってお前等の世話になってんだし、同じ釜の飯食って、同じ理想のために頑張ってきた仲なんだからよォ、敬服も糞もねーぜ」


 離脱組に向かって、アザミは朗らかな笑顔で告げた。


「じゃ、達者でなー」


 去っていく離脱組に小さく手を振るアザミ。


(何なの、この女のこの甘さ。私がボスだったらこいつら裏切り者として皆殺しにしてるのに、笑って送り出すとか、馬鹿じゃないの?)


 そんなアザミに対し、マミは侮蔑の視線を向けていた。


「マミ、お望みの月のエニャルギー、前払いで少しあげるねえ」


 シクラメに声をかけられ、マミははっとする。


「何? 前払い?」

「僕が月のエニャルギーの保持者だからねえ。これは人に分けてあげられる力なんだあ」


 そう言って、魔法を発動させるシクラメ。


 マミの周囲に、ファンシーな顔のついた三日月が幾つも現れ、飛び回る。

 見た目は可愛らしいが、それらの顔つき三日月が強力な魔力を秘めていることは、その場にいるK&Mアゲインの構成員全員が感じ取った。


 飛び回っていた三日月達が、一斉にマミに向かって飛び込んでいく。三日月達がマミに吸い込まれるようにして消える。


 月のエニャルギーによって力が漲るのを感じた直後、また感覚が一瞬喪失するマミ。そして自分の中に大きな亀裂が走るような音を感じる。

 マミは眩暈を起こし、ふらつくのを堪えて、額に手をやる。


 強大な魔力を得て喜ぶ場面――ではなかった。確かに強い力を得た。しかし体には悪影響が出ている。常人であればそのような影響は出なかったかもしれない。


(やっぱりこれって……そういうことなのね)


 諦念と共に、マミは溜息をつく。不思議なことに、自身の運命に、一切の悲観を感じなかった。以前の自分なら、ヒステリックに喚いたことだろうが、そうはならなかった。


(体が違っているから、精神にも影響が出て、落ち着いちゃってるのかしら? あるいは他の理由? 随分と私、気持ちが静かなのよね……)


 冷静に自己分析するマミ。


「はーい、他に月のエニャルギーでパワーアップしたい人いるかなあ? 月のエニャルギー欲しい人は手上げて~。わぁい、結構いるねー。じゃあ欲しい子達は僕の前に一列に並んでねえ」


 シクラメが呼びかけると、K&Mアゲインの構成員達が一列に並ぶ。その中にはケープもいた。


(これだけでは足りない。このままじゃ届かない)


 月のエニャルギーを授かったケープは、確かな強大な力を注がれながらも、何かが欠けている感覚があった。


(ここまでやって、望みの大半も叶って、まだ何が足りないと? でも、足りない)


 魔術師から魔法使いになって、月のエニャルギーも授かり、しかしケープは強い不足感と不安と渇望を抱いていた。


「よし、残った奴等で最後の戦いに行くとしようぜ。今まで散々好き勝手やってくれて、民衆を苦しめてその上でふんぞり返っていやがった貴族共に、報いを食らわせてやるぞ」

「貴族達の家にのりこめーっ」

『おーっ!』


 アザミとシクラメが呼びかけ、K&Mアゲインの残ったメンバー達は、アジトを出た。


***


 ミヤの家の広間。ミヤは祭壇の前で祈りを捧げ、ノアとユーリは会話を交わしている。


「母さん、少し様子がおかしかったな……。長いこと離れていたから錯覚? いや、絶対おかしい。何か違和感あった。俺に対する視線が何かおかしい。見る目が違った」

「嬉しそうに見ていた感あったね」


 不思議そうに話すノア。ユーリもノアと同じ印象を受ける一方、気になる事もあった。


「以前はどんな風に見ていたの?」


 聞いては行けないことかもしれないと思いつつも、興味を持って聞いてみるユーリ。


「俺のこと、常に見下した目で見ていた。怒った目で見ていたこともあった。それと……お気に入りのアクセサリーを見る目?」


 話しながら、自虐的な笑みを零すノア。


「俺のこと、自分のオプションみたいな認識で、人格なんて認めてくれなかったからね。ただ、たまに……優しくしてくれたと、感じた時もあったんだよね。優しさだか厳しさだかわからない、変なことされた時もあったけど」

「どういうこと?」

「俺がお腹壊した時、俺のお腹に向かって、治療と折檻兼ねた乱れ太鼓された時とかさ」

「何それ?」


 笑ってはいけないことだと思いつつも、思わず笑ってしまうユーリ。


「縛られて寝かされて腹だけ出されて、俺の腹を太鼓に見立てて拳でどんどん叩き続けるの。腹を壊した俺が悪いって叱り続けてね。鳩尾に何発もパンチされまくった。その折檻の合間に、癒しの魔法も同時にかけられて……」

「なるほど……折檻と治療の一体化か……」


 ユーリの笑みが消える。マミにはマミなりの愛情があったのかもしれないと、ユーリは思う。ただしそれは、独りよがりで一方的で、相手の気持ちなど斟酌しない、非常に歪な愛情だ。


「いつもそんなことばっかりだったよ」

「ノアの母さんを一発殴ってよかったって思えてきた」

「そうだね。俺はあの時どういうわけか悲しかったけど、嬉しいとも同時に感じた。変な話」


 ノアが微笑む。


「普通の親みたいなこともしたんだよ。説教もよくした。ちゃんと頭を使って先を見ろとか、食べ物は粗末にするなとか」

「確かに普通の親っぽいね。食べ物を粗末にするなっていうことは、子供の頃に貧しかったとか?」

「母さんに理由聞いた。師匠の魔法使いの家を飛び出た後、しばらくひもじい思いをしたって。それで俺に、食い物は大事にしろとうるさかった」


 二人が会話をしていると、いつの間にかミヤが祈りを辞め、帽子とマントを装着した姿で、側に来ていた。


「ゴートから念話が入った。K&Mアゲインの奴等が、貴族達の住居を手あたり次第に攻撃しているとさ。行くよ」


 ミヤに促され、ユーリとノアは立ち上がった。

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