表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/298

27-5 無自覚の愛

 K&Mアゲインのアジトの一室で、アザミとシクラメは今後の方針について話し合っていた。


「ねえねえアザミ、作戦の本格的な実行が明日では、遅いんじゃなあい?」

「ケッ、何でだよ?」

「ジャン・アンリが火をつけたことで、K&Mアゲインがまた動き出すって、貴族達に知られちゃって、向こうも素早く対策すると思うんだよねえ。そのいとまも与えずに畳かけていく方がよかったと、お兄ちゃんは思うんだあ」


 シクラメの提言を非常に今更と感じ、アザミは軽い苛立ちを覚える。明日に迫っているのに遅いと言われても、じゃあ今日すぐに動けるものでもない。


「その理屈もわからなくはねーが、民衆を温めるための猶予も必要だろう。一日おいて、ついでに油を注ぐくらいの按排がいい。一日の間にあれこれぶちこみすぎると、大火にならずに不発に終わっちまう可能性もあるぜ」

「拙速でも、敵につけいる隙を与えない方がいいと思うけどなあ。でも、僕もそれに気付いたのはさっきだし、お兄ちゃんもアザミに意見するの遅すぎたねえ」


 苦笑するシクラメに、アザミはふと既視感を覚えた。そしてすぐに昔のことを思い出した。


「前にそんなことなかったか? モミジとカキツバが言い争いしていた時に、喧嘩し終わってから、あの時はこーすればよかったとか何とか言いだしてよ」

「それさあ、アザミの記憶ちょっと間違ってる。モミジじゃなくてスノフレとカキツバだったよう」

「ああ、そうだったか」


 シクラメに指摘され、アザミは微笑を零す。


「懐かしいねえ。アザミが小さかった頃だあ」

「小さくは無かっただろ。馬鹿餓鬼だったけどさ。よく兄貴にもモミジにも説教されて……」


 遠い目になるアザミ。


「あの頃のあたしは幼なかったなあ。青臭かった。チンケだけどひたむきな夢を抱いて、その夢に向かって……夢は最低な形で打ち砕かれちゃった」


 夢どころでは無くなる出来事が起こった。その後ずっと、アザミは暗い想いを背負って生きている。


「時々今を忘れて、夢の中で昔に戻りやがるんだ」


 声のトーンを下げ、アザミは語る。


「夢の中であいつらが皆いるんだよ。夢の中であの時代が蘇っているんだ。でもよ……夢から覚める時、思い出しちまうんだ。こいつらはもういないんだって思って、泣けてくるんだ。夢から覚めたら糞みたいな現実が待っているって……馬鹿みてーに泣いているあたしがいる」

「あはは、夢の中で泣いてるアザミのこと、きっとモミジもカキツバもスノフレも見ているよう」

「はあ?」


 シクラメに笑われ、アザミは顔をしかめた。


「皆心配しているか笑っているよう。お兄ちゃんにはわかるんだあ」

「何だそりゃ。ったく……。つーかあたしもつまらねーこと言っちまったぜ。いよいよクライマックスだってのに、ちょっとセンチになっちまってね」

「追い込みになったからセンチメンタルになっちゃうんだよう。でも気を抜いたら駄目だからねえ」

「ケッ、わーってるよ」


 シクラメに笑顔で釘を刺され、アザミは気を引き締めた。


***


 旧鉱山区下層部黒騎士団詰め所。


「まーたK&Mアゲインかよ。嫌んなるね、ったく」


 区部長のランドが溜息をつき、出された茶に口をつける。


「お、こいつは新しい奴か。中々イケる」

「そーでしょ~。スィーニーのお友達の行商人が仕入れてくれたものなのよ~」


 ランドとは最近すっかり茶飲み友達になったブラッシーが、上機嫌に言う。


「また皆が怒って暴れるのかなあ」


 チャバックが憂い顔で言う。


「どんな御立派な理想があるのか知らねーし、知りたくもねーが、まず人様に迷惑かけるようなことすんなって話さ。てめーらの理想を押し通すために、俺達はどうなってもいいってか? ふざけんなよ」


 喋っているうちにランドは、前回の暴動を思い出して、本気でむかむかしてきた。


「あらあら、ランドちゃん珍しくぷんぷんねー」


 くすくす笑うブラッシー。


「ま、前回はひでー目にあったし。知り合いに命を落とした奴もいた。怪我した奴もな」

「オイラも巻き込まれたよう」

「私も前回巻き込まれたわ~ん。」


 三人が言ったその時、詰め所にスィーニーが姿を現した。


「何ここ、K&Mアゲイン被害者の会?」

「スィーニーお姉ちゃんもそうだよう」


 スィーニーが冗談めかすと、チャバックが言った。


「あいつらの中に、チャバックと似たような喋り方している白い魔法使いの子いたよね」

「ああ、シクラメだね。たまに会うよう。似ているけど微妙に違うもん。オイラはあんなに甘ったるいような喋り方しないしー」


 チャバックは否定するが、スィーニーにはいまいち違いがわからなかった。


***


 すっかり日が暮れた。

 ミヤ、ノア、ユーリは徒歩で帰路に就く。行きは黒騎士団の馬車に乗せてもらったが、帰る前に買い物をして回るので、待たせても悪いとして徒歩にした。


「会議長かったなー。空っぽな部分多かったけど。途中寝そうになった」

「いや、ノアは寝てたよ。会議の三分の二くらいは寝てたよ」


 欠伸をするノアに、ユーリが微笑みながら指摘する。


「儂が発言を辞めた途端、議論が堂々巡りで実り無い時間になってしまったの。まあ、儂が言いたいことは言ったから、それ以降はどうでもよかったわい」


 ミヤが本当にどうでもよさそうに言う。


 家の前まで辿り着いた所で、三人は足を止めた。家の扉の前に、ミカゼカが立っていた。

 ノアの顔色が変わる。ユーリも警戒して身構える。


「ミヤ様に泣きついたかナ?」


 ノアの反応を見て、ミカゼカは面白そうに、にかっと歯を見せて笑った。


「そんなことしてない」


 憮然とした顔で返すノア。


「正解はできない――だよネ? マミの魂をミクトラの中に封じて、苦痛を与え続け、その苦痛こそがミクトラの力の源だなんて、言えるわけないよネ?」


 意地悪のつもりで言ったミカゼカだが、ノアは鼻で笑った。


「それ、師匠の前でばらして、してやったりのつもり? もう俺の口から全部話したよ」

「ああ、やっぱり泣きついたんだネ」

「話したと言ったし、泣きついたになっていない。勝手にそう思いたければ、思っていればいいよ」


 なおもからかうミカゼカに、ノアが吐き捨てた。


「くだらないこと喋ってないで、さっさと用件を言いな、ミカゼカ」


 ミヤが促す。


「ミヤ様までいると思っていなかったから、ちょっと紹介しづらいナ。連れてきたんだヨ。本人が会いたいと言っていたからネ」


 ミカゼカが喋りながら背後を向くと、ミカゼカの後方の空間が歪んでいく。


 歪みから現れたマミを見て、ノアは生唾を飲んだ。


(動揺を……殺せないな)


 自身のメンタルの弱さを意識し、苛立ちを覚えるノア。


「会えて嬉しいわ。ノア。魔法使いの格好、似合ってるじゃない。余計な二人がいるようだけど」


 マミがノアを見て嬉しそうに微笑み、ミヤとノアを一瞥して微かに眉をひそめる。

 実はマミはソッスカー中を駆けずり回り、手当たり次第にノアのことを探していたが、ミカゼカにミヤの家の前で待っていた方がいいと言われ、待機していた。


「ミヤ様とユーリは、ちょっと遠慮して欲しいネ。親子水いらずの会話だヨ」

「ふん、聞けないね。ここで黙って見守っておくさ。話がしたいなら勝手に話せばいいさ」


 ミカゼカが退くよう促すが、ミヤは応じなかった。何かあったらすぐに手を出すつもりでいる。


「ミクトラの中はどんな気分だった?」


 ノアがマミに尋ねる。


「常に拷問されていたわけではないのよね。蓄積できる力が上限にいった時は、拷問が止まっていたし、退屈だったわ。むしろその退屈な時間の方が辛かったわ」


 正直に述べるマミ。強がっているわけではない。


「ノア、私は貴女に愛情なんて全く感じたことが無かったわ。私に従順だったことと、顔以外の全てが出来が悪いんですもの。愛情なんて感じようがない」


 マミが脈絡の無い話を切り出す。


「愛情って、子の出来不出来によって左右されるものなの?」

「当たり前でしょっ。そうでない親なんているの? いたらそいつはどうかしてるわっ」


 ユーリが口を出すと、マミはさも当然とばかりに笑い飛ばした。


「貴女、もしかして私の愛情が欲しかった? それで一生懸命へつらっていたの?」


 マミがノアを見据え、意地悪い口調で問う。


「お生憎様ねえ、へつらっただけで愛情が芽生えるとでも思ったの? あんなの、私の娘として当然の行いよ。義務よ。私が産んで、育ててあげたんですもの」

「ノアが赤ん坊の時は、マミはろくに子育てしてなかったヨ。ほとんどベビーシッター任せだったヨ。僕やフェイオンやジャン・アンリが見かねて、子守りしてた時もあったヨ」

「ミカゼカ、余計な口出ししないで」


 ミカゼカの口出しにカチンときて、マミはとげとげしい声を発する。


「ノア、私に頭を撫でられて、いい子いい子してほしかったの? 今でもしてほしいの?」

「いらないよ」


 マミのしつこさに辟易としながら、嘲笑するノア。


「で、今はいらなくても、昔はしてほしかったの? だから私の前で土下座して、自分は屑です馬鹿です無能です、どうか捨てないでくださいと、へりくだっていたの?」

「マミ……それをミヤ様達の前で言うのはどうかと思うヨ」


 珍しくミカゼカが真顔になって、咎めるかのような口振りで言う。


「口出しはやめてと言ったはずよ。さてノア。貴女は私のどんな折檻よりも、言葉で嬲られるのが嫌だったと言ったわね。つまりあれって、自分が認められなかったことが辛かったんじゃないの? 私に認めて欲しかったんじゃないの? ミクトラの中での退屈な時間、私はずーっと考えていたのよ。ねえ? 私に愛されたかったの? それで必死に私の前で土下座して、自分を貶めるみじめな言葉を口にして、私の靴を舐めて媚へつらばっ!」


 気持ちよさそうにしゃべっていたマミであったが、その顔面に拳がめりこみ、中断させられた。


 一同呆気に取られる。ミヤですら、その魔法の発動の早さに反応しきれなかった。凄まじい怒気と共に瞬時に魔法が発動し、空間の歪みも瞬間的に発生して、転移の気配すら気付かせずに転移が行われていた。

 ユーリがマミの目の前に転移するなり、マミを力いっぱい殴りつけていた。ミヤもノアもミカゼカも、気が付いたらその光景を目の当たりにしていた。


「いい加減にしろよ。それ以上ノアを嬲るな」


 ドス黒い瞋恚のオーラを放ち、低い声で告げるユーリ。マミは仰向けに倒れている。


「プラマイゼロ。正直すかっとしたけど、またこの子は暴走して……」


 ミヤが呟く。しかしその感情を爆発させたユーリの力に、ミヤは舌を巻いていた。


(ユーリ、熱いのはいいけど、君が横から水差すのはどうかと思うヨ)


 そう思ったミカゼカであったが、口にはしないでおいた。


 ユーリがマミを殴った光景を見て、ノアは頭が真っ白になって固まっていたが、やがて変化が起こる。


「あ……何これ……」


 ノアは自分が涙を流していることに気付いた。何かがとても悲しかった。何かがとても嬉しかった。どちらも泣くほどに激しい気持ちだった。


 泣いているノアを見て、ユーリははっとする。怒りが覚める。


「ノア、ごめん……」


 ばつの悪さを感じながら謝罪するユーリ。


「すまんこって言おう。どうしてなのかな。先輩が母さん殴った時、物凄く悲しくなって、嬉しくなって、自然と涙が出た。人前で泣くなんて、格好悪い」

「ノアはもう何度も人前で泣いてるじゃない」

「は? 嘘つかないで。これが初めてだよ」


 ユーリの指摘を断固として認めないノアだった。


「野蛮なお友達を作ったものね……ノア」


 マミが起き上がり、せせら笑う。


「マミもしつこすぎるんだヨ。今のはマミが言いすぎだネ」


 嘆息するミカゼカ。


「話を戻すわね。言いたいことは――ノア、私は初めて貴女に愛情を感じたのよ」


 マミがこれまでとは違う、うっとりとした表情になって語りだす。


「貴女がジャン・アンリの絵を壊して、わざわざXXXXの字を並べて切り裂いて、私を意識して挑発してみせたあの光景。あれを見て初めて私、貴女を可愛いと思えたの。魔法で記録の掘り返しもすることを見越したうえで、あんなことをするなんてね。残念なのは、私が魔法で記憶を掘り起こしたわけじゃなくて、ミカゼカがやって、私に見せてくれたことなんだけど。私自身があれをしたら、もっとインパクトあったでしょうにね」

「あっそう……」


 上機嫌でまくしたてるマミに、ノアは涙をぬぐいながら呆れていた。自分の挑発に反応してくれたのは嬉しいが、それを愛情にこぎつけるマミの神経は、マミをよく知るノアからしてみても、度し難いものだった。


「じゃ、伝えたいことは伝えたから。今日は挨拶だけにして退散するわ。次は――わかっているわよね?」

「せっかく蘇ったのに、俺に殺されにくるんだよね」


 互いに不敵に笑い合うマミとノア。


 正直ノアは、恐怖も感じている。マミの存在そのものが、ノアの心に恐怖となって沁みついている。一度勝利しただけでは、それは拭いきれない。


 踵を返し、立ち去ろうとしたらマミが、突然足を滑らせて盛大に転んだ。


「は……?」

「マミ……?」


 尻もちをついて呆然とするマミ。間近で転倒するマミを見て、目を大きく見開くミカゼカ。ノア、ユーリ、ミヤもマミの転倒に気を取られたが、深くは考えなかった。


「いや……今、感覚が無くなって……ふわっと……」


 いそいそと立ち上がり、歩き出すマミ。


(魂が肉体と上手く適合出来ていないのかナ?)


 マミの後を追いつつ、ミカゼカは思う。


「ノアに親しい友人は他にいないのかしら。そいつらを殺して、ノアがどんな顔するか見てみたいわ」


 歩きながらマミが言う。


「マミがそうすることも見越して、対策済みじゃないかナ?」

「それもそうね……」

「そしてK&Mアゲインに身を寄せているうちは、無益な殺人は控えた方がいいヨ」


 ミヤから、マミに殺人をさせるなと厳命されているミカゼカは、マミを監視し続けるつもりであったが、口頭でも注意しておいた。


「マミってやっばり、ノアといる時が活き活きしているネ。昔からそうだったヨ」

「ええ……?」


 ミカゼカに言われ、マミは何か言い返そうとしたが、ミカゼカが嘘をついて自分をからかっているわけではないので、実際それは事実なのだろうと受け止める。


「ノアに対して愛情が無いなんて言ってたけど、そんなことはないんじゃないかナ? ちゃんと愛情あったんだヨ。自覚無さそうだけどサ」


 ミカゼカに指摘され、マミは押し黙る。ここでまた何か言い返しても、決まりが悪いような気がして。そしてミカゼカの指摘も、そう外れてはいないとも感じたし、まんざらでもない気分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ