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27-2 嬲り神に比べればマシらしい

 全く人気の無いスラム街の裏路地。

 薄汚れた壁と、デコボコの地面を見て、ノアは息を呑む。

 地面の至る所に、文字が描かれていた。同じ字が同じ色で四つ並んでいる。その四文字がそこら中に描かれている。


 道路一面に血で描かれた、夥しい数のXXXXの四文字。


 それはマミ・ムサシノダの自己顕示欲を満たす主張だ。十年間、殺人の後にずっと続けてきた行為だ。かつてノアはそれを冷めた目で見ていたが、もう見なくて済むと思い込んでいたのに、このような形で再び御目にかかったことで、ノアは頭の中が真っ黒く塗り潰されていくような感覚を味わった。


「母さん……側にいるの? 俺に見せるためにこれを描いたの?」


 裏路地の先の暗闇に向かって、ノアは声に出して問いかける。

 ノアの声に反応したかのように、路地の闇の中から、マミがゆっくりと姿を現した。


 凍り付くような眼差しで自分を見て、小気味よさそうにせせら笑うマミがいた。その手に持つのは、血塗れのユーリの生首だった。


「うわあああぁぁぁっ!」


 自分でも驚くほどの絶叫をあげ、ノアは飛び起きる。


「凄い声をあげたもんだねえ。母親に殺される夢でも見たのかい?」


 広間で昼寝をしていたノアに、ミヤが優しい声をかける。ミヤをマッサージしていたユーリも驚いてマッサージの手を止めて、ノアを見ていた。


「俺じゃないよ……。先輩が母さんに殺されていた」

「僕なのか」


 微苦笑を零すユーリ。


「こんな夢見るなんて……俺、母さんへの恐怖が、未だにたっぷりと心に沁みついているんだね」


 ノアがぞっとしない顔つきになって、自分の両肩を押さえる。


「そうか……母さんが復活したなら、俺より先輩とか、周囲の人が狙われる。俺への当てつけでさ。いや、母さんならそうしてきそうだ。だからこそこんな夢見たんだ」

「それ、使えるね」


 はっとして、注意を促そうとしたノアであったが、ユーリはぽんと手を叩いた。


「先輩、まさか……」


 ユーリの考えを即座に見抜くノア。


「逆手に取れる。僕が囮になって、ノアのお母さんを誘き寄せる」

「俺は反対だ。危険だよ」


 ユーリの提案に対し、ノアは硬い声で反対する。


「ノアや、ユーリを信じておやり――と言いたい所だが、儂もユーリの手は賛同し難い」

「どうしてですか?」


 ミヤが静かに告げると、ユーリが不思議そうな顔で尋ねる。


「ユーリ、お前たまに抜けているというか、馬鹿になることがあるね。マミという魚が釣り上がるまで、お前が釣り糸の先で餌を続けるつもりかい? そんな悠長な手使わなくてもいいだろうに」

「俺も師匠に同意」

「うーん……」


 ミヤの指摘に、ノアはうんうんと頷き、ユーリは渋い顔になって唸る。


「ただ、お前を狙ってくる可能性が高いとして備え、いざとなったら効果の高いカウンターを仕掛けるような手を考えておくのがいいさね」

「わかりました。考えておきます」


 ミヤの指導に、ユーリは気を引き締める。


 その時、ミヤにミカゼカからの念話が入った。


(ミヤ様、マミの件はもう知っているかナ? ノアの娘だヨ)

(ああ、丁度今、ノアの口から全部聞いた所さ。お前、一体どういうつもりであれを復活させたんだい?)

(マミは僕の昔の仲間なんだヨ。マミに対する借りもあるし、ノアに対する思慮もあるんだよネ。そして今僕もマミも、K&Mアゲインに身を寄せているんダ)


 ミカゼカの報告を聞いても、ミヤは別段驚かなかった。


(ノアにとっても、いい修行になるヨ? ミヤ様はそう思わなイ?)

(やりたいことはわかるけどね。少々過激な試練だ。でもマミを蘇らせれば、また殺人を繰り返すだろ)

(殺人を繰り返すって何のことかナ?)

(そうか……。やっぱりお前は知らなかったんだね。マミはあの連続殺人鬼XXXXなんだよ。儂等で苦労して斃したんだ)

(そうだったノ……。それは知らなかったヨ。ノアがマミの魂を封じたことはわかっていたけど、その理由も知らなかったしサ)


 念話のミカゼカのトーンに、明らかな戸惑いが感じられる。


(あの女は殺人中毒だ。あんなのを蘇らせたら、要らん犠牲者が出る。さっさと隙を見てあの世に送っておきな)

(待ってヨ、ミヤ様。マミは僕達の仲間だったし、そういう意味でも助けたかったわけだしサ。苦労して助けたのに、すぐまた殺すってのは勘弁してヨ)


 心なしか慌てたような声を発するミカゼカ。


(ノアとマミの親子も、このままにしておくのはどうかと思うんだよネ)

(お前らしくもない配慮だね)

(僕はノアのこと、気に入っているからネ。小さい頃はよく抱っこしてあげたヨ。マミに世話を押し付けられてネ。そのノアが、どんな事情でマミを屠ったのかも興味あったし、蘇らせたマミとどんなケミストリーが生じるかも、楽しみだったんだヨ)

(いささか悪ふざけが過ぎるね。お前はマミを蘇らせた責任をとりなよ。絶対に殺人をさせるんじゃない。ちゃんと監視しておきな)

(わ、わかったヨ)


 有無を言わせぬ口調のミヤに、ミカゼカは緊張気味の声で応じる。


(で、お前がK&Mアゲインに身を寄せているということは、そういうことだと受け取っていいんだね?)

(もちろんだヨ。というか、そんななことわざわざ確認するなんて、ミヤ様、僕を疑っているノ? だとしたら悲しいネ)

(わかった。K&Mアゲインに関しては信じるし、任せるよ)

(任せられたヨ)


 念話が切れた。


「今。ミカゼカと念話で話したよ」

「何て?」


 ミヤの報告を聞いて、ノアは一気に険悪な顔になる。


「マミを蘇生したことは、色々考えがあってことだそうだ」

「考えって?」

「マミはアルレンティスと行動を共にしていたそうだし、わりと仲が良かったらしい。ノアがマミを殺した理由も気になっていたとか、ノアのことを昔世話していたとも言っておったの」

「ルーグも言ってた。アルレンティスの人格は皆、小さい頃の俺を知ってるんだな」


 そしてジャン・アンリとフェイスオンも、幼い自分と当時のマミ知っていることを意識し、ノアは複雑な気分になる。


「確かにミカゼカは厄介で、悪戯が過ぎるし、罪人には容赦もせんが、嬲り神に比べれば全然マシよ」

「うーん……そうなんですかねえ」

「どっちもどっち」


 ミヤはどういうわけかミカゼカの肩を持つが、正直ユーリとノアからすると、かなり印象が悪い。とても信じられない相手だ。特に今のノアからすれば、有害極まりない敵以外の何者でもないように思える。


***


 ソッスカーにある、K&Mアゲインのアジト。その会議室に、アザミ、ジャン・アンリ、シクラメ、ケープ、ロゼッタ、ミカゼカ、マミの七名が集結していた。


(この子……名前は忘れたけど、フェイスオンの所にいた子の一人じゃない。あれから少し成長してるみたいだけど)


 ロゼッタを見てマミは思う。


 ロゼッタはマミに対して、不信感たっぷりの視線を向けている。


「ケッ、面白い顔があるな」


 アザミがミカゼカを睨みつける。


「この前、あたしらの邪魔してくれたアルレンティスの別人格じゃねーかよ。どうしてここにいる」

「色々事情があってネ。しばらくは味方するヨ」


 アザミから不信感たっぷりの視線をぶつけられるも、ミカゼカは何食わぬ顔だ。


「アルレンティスは昔、私やここにいるマミと共に、人喰い絵本に入ってイレギュラーを探したり、人喰い絵本に隠された謎を解こうとしていたりした、同志であったと言っておくが、それで理解してもらえるか?」


 ジャン・アンリがミカゼカとマミを一瞥して告げた。


「そこにいる女も魔法使いか」


 アザミが斜視気味の目でマミをじろりと見る。


 マミは視線を受け止めつつも、平静を保つことに精一杯だった。


(流石はア・ハイで席次二位の魔法使い。見られているだけでプレッシャーを感じるわ)


 側にいるだけで、魔法使いとしての実力が如実に感じられる。しかしミヤには劣ると、マミは感じた。


「その女性はかなりろくでもない人れすよ。本気で仲間にするつもりれすか?」


 ロゼッタがマミを睨んだまま言う。


「何かあったのぉ?」

「以前あたちはこの人と敵対しているのれす。そしてこの人は、K&Mアゲインと何度も戦ったノア・ムサシノダの母親なのれす」


 シクラメが問うと、ロゼッタが事情を述べた。


「生憎だけどね、ロゼッタ。もうフェイスオンとは和解したわ。私を助けてくれたのはフェイスオンなのよ。知らなかったの?」

「夢見る病める同志フェイスオンが、貴女を助けたれすって?」


 マミの話を聞いて、ロゼッタは目を丸くする。


「私とフェイスオンの諍いはちょっとした行き違いから生じたものだし、水に流して欲しいわ」

「うーん……釈然としないけどわかりましたれす」


 小さく息を吐き、ロゼッタはこれ以上の追及はしないでおくことにした。


「味方は多いことにこしたことないよう。ジャン・アンリの知り合いだし、魔法使いなんだから、歓迎しようねえ」

「まあ、いいけどよ」


 シクラメが笑顔で告げ、アザミは猜疑心に満ちた目でマミとミカゼカを交互ら見る。


(どうにも信用できねーぜ。この女から、嫌な奴の臭いがぷんぷん漂ってきやがるんだよ。ミカゼカ――アルレンティスもだ。兄貴だってそれはわかっていそうなもんだけど、わかっていてあえて受け入れろってか?)


 大事な局面で足を引っ張ってくれるような真似をするのではないかと、アザミは疑っていた。


「ケッ、じゃあ本題に入るとしようか」

「うむ。これより我々K&Mアゲインは、ア・ハイ群島から貴族撲滅の最終ミッションを開始するとして、作戦の概要を改めて伝えてもよろしいか?」


 アザミが促し、ジャン・アンリが伺う。


(私も貴族は嫌いだし、本気でそんなこと考えているとしたら、面白いわね)


 そう思いながらマミは、テーブルに出されたカップを取ろうとする。

 マミが唐突にテーブルを叩く。室内に音が響き、全員がマミに注目する。


「え……?」


 自分の行動に、異変に、マミは驚いていた。カップを取って茶を飲もうとしたのに、急に感覚が消失して、気が付いたらテーブルを叩いていた。


「蚊でもいたのかイ?」

「あ……そ、そうじゃなくて……力が……」


 ミカゼカが尋ね、マミはしどろもどろになる。動作の最中に、感覚が急に吹っ飛んだので、力加減が効かなくなって、テーブルを殴ってしまった次第である。


(この体に魂が上手く馴染んでないってことかしらね……)


 フェイスオンが作ってくれた体に、マミの魂が入っている状態だが、完全に人間の体とは言い難いし、違和感も常に覚えている。


「貴族の正道派は生かす。選民派は完全に滅ぼす。選民派の思想そのものを悪として根絶するがよいか? そのための準備は整ったとしておく。ありとあらゆる醜聞を集めて、溜め込んであると知って頂きたい」

「いいや、正道派も全部血祭りだ。貴族は生かしておかない」


 ジャン・アンリの方針を、硬質な声で否定するアザミ。


「それでは民の信頼が得られん。アザミ、君の復讐のために存在する組織ではないと言っておこう」

「私も正道派まで殺すのは反対です」

「わかったよ。選民派だけにしておくわ」


 ジャン・アンリとケープの二人がかりで反対され、アザミはあっさりと折れた。


「今ジャン・アンリが言った醜聞を、世に出していくぞ」


 アザミが告げる。


「反貴族の秘密組織を複数作ってある。反貴族の気運が高まったら、そいつらにまた火をつけて、暴動を起こさせる。この前みたいな見境無い奴じゃねーぞ。あれはうちらからしてみても、予期せぬ事態だったから、上手いことコントロールできなかった」

「あの過労で果てた少年の張り紙の件も蒸し返すつもりだが、どうか? 彼の魂の光は未だ輝いていると私は信じる。その光を再び世に照らすということにしておこう」

「ああ、利用してやった方が本人も喜ぶだろうぜ」


 ジャン・アンリの提案を聞き、アザミは伏し目がちになって言った。


「前回とやることは大体同じですね」


 と、ケープ。


「まあな。この革命を成就させるためには、民衆の支持を無視できねーし、貴族の阿呆共が搾取しまくったおかげで、支持も得やすい。温めて、火をつける流れに変わりはねー。奇抜な方法や小細工はいらねーよ」

(小細工はいらない? やってることは全部小細工のように、私には思えるんだけど)


 アザミの台詞を聞いて、マミは侮蔑の念を抱く。


「問題は、その火を消そうしてしてくる奴等だぜ。同じ魔法使いや魔術師でありながらよう。助けてくれなかったどころか、邪魔までしてきやがった」

(助けてくれなかった?)


 アザミが口にしたその台詞が、マミには引っかかった。


「そいつらを徹底的にぶちのめすぞ。それが出来るか否かが、この革命の鍵となる」


 獰猛な笑みを広げ、アザミは力強く宣言した。

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